相棒、準最強の力に目覚める
「ウギッ……?」
ギュスペンス・ドンナが呻き声を発する。
《無条件勝利》を使用したルイス・アルゼイド。
彼の通常ありえない強さに気づいたとでもいうように、ギュスペンス・ドンナが数歩後ずさっていく。
実際にも、ルイスから溢れ出る熱気により、彼の周囲だけ激しいオーラが立ち上っている。触れたらどんな物でも溶かしてしまいそうな――そんな果てしない熱エネルギー。
「……その人間たちを、返せ」
動揺する太古の魔獣に向けて、ルイスは一歩、また一歩と踏み出していく。
「グ……」
対するギュスペンス・ドンナたちは、ルイスに近寄られるたびに、すこしずつ後退していく。まるで見えない圧力に押されているかのように。歴然たる力の差を見せつけられているかのように。
「ガアアアアアアッ!!」
緊張に耐えかねたか、一体のギュスペンス・ドンナが両腕を広げ、奇妙な叫び声をあげる。
――うるせェな。
ルイスは思わず顔をしかめた。
古代の魔獣ともあろう者が取り乱してしまったようだ。
ギュスペンス・ドンナは右腕を前方に突き出すと、その掌から闇色の可視放射を放つ。すさまじい速度でこちらに迫ってくるが、現在のルイスには正直スローモーションに見える。
「…………」
この技をルイスは知っていた。
――ギュスペンス・ダークホース。
高威力の魔法攻撃であると同時に、耐性のある者でも、石化・睡眠・毒――すべての状態異常にかかるという恐ろしい術だ。普通の者が直撃すれば、それすなわち死を意味する。
だが。
「…………ハッ!」
ルイスは短い発声とともに太刀を横に振り払う。
たったそれだけの動作で、即死級の可視放射はあっけなく弾かれることとなった。
「グギ……?」
闇色の光線が無惨に空中に溶けていくさまを、ギュスペンス・ドンナがぽかんと眺めていた。
「悪いがあまり時間がないんでな。速攻で勝たせてもらうぞ」
そしてルイスが再び太刀を構えた――その瞬間。
「ギャアアアアアアアオォ!」
ギュスペンス・ドンナは再び奇声をあげると、今度は両腕を前方にかざした。
奴の全身が濃紺の霊気に包まれる。あちこちで、小さな魔法陣が浮かび上がっていく。
次の瞬間、ルイスは思わず目を見開いた。
なぜならば――さっきまでギュスペンス・ドンナの体内に浮かんでいた人間たちが、それらの魔法陣の上に出現したからだ。
「…………!?」
ルイスは息を呑む。
彼らを解放した……わけではない。
人間たちは全身をだらしなく弛緩させ、両腕をぶらんと垂らしている。意思も意識も感じ取れない。
また彼らの身体には、黒ずんだ靄がまとわりついていた。
「ギャアアアアアォ!」
ギュスペンス・ドンナは口元をぐにゃりと歪めると、鎌の切っ先をルイスに向け、何事かを叫んだ。
それが号令だったのかもしれない。
召還された人間たちが、遅々たる速度でルイスに詰め寄ってくる。全員が、殺意のこもった瞳でルイスを睨んできていた。
「あの……クソ野郎が……!」
思わず悪態をついてしまう。
あいつ、普通に戦っては勝てないと踏んで、人間たちを盾にしてきやがった……!
古の文献に書いてあった通りだ。
残忍にして狡猾なる魔女。それがギュスペンス・ドンナである。
「くそ……」
燃えさからんばかりの怒りとともに、ルイスは顔をしかめる。
これで自分は《無条件勝利》を使えない。
人間たちを殺してしまう恐れがあるからだ。それだけは絶対に回避せねばならない。
だが、このスキルを解除してしまえば、ルイスはまともな戦闘さえできなくなる。
――いったいどうすればいい……!
そのときだ。
「――あああああああっ!」
背後で、甲高い悲鳴が響き渡った。
この声。まさか……!
慌てて振り向き、ルイスはまたも目を剥いた。
背後で戦いを見守っていたはずのアリシア・カーフェイが、苦悶の表情で地面にうつ伏せている。なにかに抵抗するかのように全身を震わせており、彼女の額からは見るに耐えない大量の汗が吹き出してきていた。
「こ、これは……!」
文献で読んだことがあった。
ギュスペンス・ドンナは人間の魂を乗っ取り、自身の魔力として転換することができる。そしてその術にかかった者は、魂を食いちぎられるような痛みに襲われることになる……
まさに想像を絶する激痛だという。その痛みから逃れるため、人間はすぐに屈服してしまうのだと。
だが、いまのアリシアは必死に耐えていた。魔女に魂を明け渡すことなく、絶叫を引きながらも痛みにこらえている。
「クズどもが……! アリシアを――アリシアを返しやがれ!」
憤怒の形相で、ルイスはギュスペンス・ドンナを睨みつける。
「ココココ……ヒョヒョヒョ!」
ギュスペンス・ドンナは奇妙な笑い声とともに、またも両手を振り下ろした。それが合図だったのか、精神を乗っ取られた人間たちが猛スピードでルイスに突進してくる。
「くそっ……!!」
《無条件勝利》を発動することもできず、ルイスは太刀を鞘におさめ、防御に徹する構えを取った。
★
――自分でもひどい人生だったと思う。
アリシア・カーフェイは冷たい諦観とともにそう思った。
現在、アリシアの心臓部はかつてない激痛に襲われている。苦しみのあまり、絶叫をあげ、悶えることしかできない。
だがそれすらどうでもよくなるほどに、アリシアは《諦め》の境地に達していた。
そう。本当にひどい人生だった。
自分のわがままで弟を外に連れだし――そして彼が魔獣に食われていくさまを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
私はお姉ちゃんなのに。
本来は私が彼を守ってあげないといけなかったのに。
罰せられるのは私であるべきだったのに。
――それからは償いのために必死で修行した。
将来ギルドに就職して、すこしでも多くの人々を助けるために。私が弟にしてしまった過ちを、すこしでも償うために。
でも、やっぱり私は駄目な女だった。
ギルドではランク《圏外》を突きつけられた。
下級魔法さえろくに扱うことができず、ギルドの面々には遠回しに退職を勧められた。それでもめげずに頑張って、がむしゃらに簡単な依頼をこなしてきたけれど……でも、いまだにレベルが上がらない。
私は本当に駄目な人間だ。
誰も助けることができない。
それどころか、多くの人に迷惑をかけっぱなしだ。
私なんか、生まれてこなきゃ良かったんだ……
――アリシア! アリシア!――
そんななか、ひとりの男の声が聞こえてきた。
――心配するな。おまえは必ず強くなれる。だから諦めるな。一緒に頑張ろう――
うそ……?
強くなれる……?
こんな私が……?
「アリシアに指一本でも触れてみろ! 俺が許さねえぞ!!」
え……?
男の叫声が聞こえて、アリシアの意識は無理やり呼び戻された。
★
目の前に、ルイス・アルゼイドの背中があった。
人間たちに殴られながらも、土にまみれながらも、それでもルイスは、アリシアの前から一歩もどかなかった。
彼の身体はすでにボロボロで、全身から血が垂れてきているし、髪もボサボサだ。それでもルイスは戦い続けていた。
《無条件勝利》を使わず、これまで素の力で人間たちと戦っていたのだろう。そこかしこで、人間たちが倒れているのが見て取れる。
「おおおおおおおっ!」
ルイスが大声を張り上げ、最後に残った人間を殴打する。
あまりに泥臭い一撃だった。
だが、精神を乗っ取られた人間はそこまで強くないらしい。それだけで人間は地面に伏せ、動かなくなった。
「ル、ルイスさん……」
アリシアはかすれる声を発した。
――守ってくれていたのか。こんななにもできない私を、ボロボロになるまで……
ルイスはちらっとこちらを振り返ると、一瞬だけ優しげな笑みを浮かべ――再びギュスペンス・ドンナと対峙した。
「許さねえぞ、てめえら!!」
ルイスが《無条件勝利》を発動する。
「ギ……ギギ……!?」
ギュスペンス・ドンナが追いつめられたかのように怯むが、もうルイスに容赦はなかった。目にも止まらぬ速度で魔女との距離を詰めると、渾身の一振りを見舞う。
「ガアアアッ!!」
さすがは《無条件勝利》というべきか、たったそれだけの攻撃でギュスペンス・ドンナはその場に崩れ落ちた。聞くに耐えない悲鳴をあげ、呆気なく倒れていく。
残りあと一体。
ルイスはくるりと振り向くと、残った魔女に向け、駆け出していく。
――が。
「うがっ……!」
疾駆の途中で、ルイスは苦しそうに顔を歪めた。
無理もない。
《霧の大森林》に到着するまでの道程も踏まえれば、ここまでずっと連戦が続いていたのだ。計り知れない疲労が溜まっていることは想像に難くない。
「くうっ……!」
とうとう我慢できなくなったようだ。苦悶の表情とともに、ルイスが片膝をつく。
「ヒョ……?」
そして狡猾なる魔女が、この絶好のタイミングに気づかないわけがなかった。
ギュスペンス・ドンナはぐにゃりと口の端を吊り上げると、片腕を空に掲げた。魔法を発動する構えだ。
まずい……!
「ル、ルイスさん! ああっ!」
アリシアは慌てて駆け出そうとするが、足がもつれて転んでしまう。大ダメージを負ったのはこちらも一緒だった。
――情けない、本当に!
これまでずっと守ってもらってきたのに!
なのに、私は……!
悔しさのあまり、アリシアが地面を殴ろうとした、その瞬間のことだった。
《 レベルが上がりました。
筋力……15
魔力……37
体力……21
敏捷度……41
スキル《古代魔法》を取得しました。
使用しますか? 》




