おっさん、疑問に包まれる
「な、なんだったんだよあいつ……」
ぽつんと呟くフラム。
ルイスもアリシアもなにも言えなかった。
再び現れた謎の黒装束。
大統領による挑発的な伝言。
正直に言って、余計にわからないことが増えたと思う。どこかで頭を整理しなければ、近いうちにこんがらがりそうだ。
だが、ひとつだけわかったことがある。
「やはり思った通りだ。神聖共和国党の裏で手を引いていた者は必ずいる」
最後に生き残った党員が、死に際に何事かを言いかけたのをルイスは覚えている。
――お、おまえたちは騙されている! あのユーラスの大統領にッ!――
――そうだ! だって、俺たちは――
奴が死んでしまった以上、その言葉の先は知る由もない。しかしここは、なんらかの陰謀が潜んでいると見るのが自然だろう。
「な、なあ、おい」
ふいに声をかけてくる者がいた。
さきほどまで党員と戦っていた冒険者だ。
また、ルイスが単身で古代魔獣と戦うのを心配してくれた男でもある。
「なんだったんだよあの連中は……悪いことはしてなかったけど、めっちゃ悪そうな連中だったぞ」
「……知るかよ。俺が知りたいくらいだ」
「…………」
男は周囲の冒険者を見渡した。彼らはみな帝国人たるルイスを相変わらず毛嫌いしているようで、こちらに近寄ろうともしない。
男はふうとため息をつくと、表情を改めて言った。
「よくわからないが、すくなくとも俺はあんたらに感謝してる。あの化けモンを退治できるのはあんたらしかいなかった。……助かったよ」
「そいつは光栄だ。まさか共和国の人に誉められるとはな」
男はそこで微妙な表情になる。
「俺が言えたことじゃないが、きっとあんたらは悪い人じゃないと思う。個人的に応援してるから、頑張ってくれ」
そう言ってなんと右手を差し出してくるではないか。隣のフラムが、「へえ……」と言ってにやけていた。
ルイスはちょっと背中が痒くなるのを我慢しながら、その手を取った。
「あ、ああ……。そう言ってもらえると非常に嬉しい。ありがとな」
辿々しく言うルイスに、男はぎこちなくも笑みを浮かべた。
やたらと差別意識の強い共和国の住民だが、人間性はなんてことない、普通の人だ。それはフラムやナールを見てもわかる。
もし、両国の関係が改善し、二つの国民が歩み寄れたらどんなに素晴らしい世界になるだろう。
無意識のうちにそんな夢想をしてしまうルイスだった。
握手を終えたあと、男はある方向を見やった。さきほど、党員の生き残りが命を絶った場所だ。
「さっきの話をちらっと聞いたが……あんたらは神聖共和国の情報を集めてるのか?」
「ああ。そうだが……」
「なら、さっき他の党員が言いこぼしてたことがある。参考になるかはわからないが……」
「ほう。ぜひ聞かせてくれ」
「《我が国に魔獣がまったくいないことを思い出せ! すこしは不審に思わないのか!》……だそうだ。俺には意味がわからなかったが」
「…………?」
ルイスもすぐには意味が掴めなかった。
魔獣がまったくいない……? そんなことがありうるのだろうか? たしかに、さっき街道を歩いたときは魔獣と一回も遭遇しなかった。
……いや、よくよく思い出せば、ファイ村に向かうときすら一度も遭遇していない。一時間も歩いていたのに、たしかにこれは妙だ。
「な、なあフラム」
ルイスは隣のSランク冒険者に問いかける。
「共和国には魔獣がいないのか?」
「ん? なにを言ってる。魔獣なんてそうそう現れるもんじゃないだろ。たまに突発的に出現することはあるが……。私ら冒険者は、主に盗賊とか山賊とか、そんな奴らを相手にしてるのさ」
「マ、マジかよ……」
たしかにこれは妙だ。帝国ではわんさか魔獣が湧いていたというのに。
「だからどうした? なにかおかしいのか?」
問いかけてくるフラムに、ルイスはしばらくなにも言い返すことができなかった。




