ゆめ
小さい頃から、同じ夢を繰り返し見てきた。
歳を重ねるごとに、その夢を見る回数は徐々に減っていったが、忘れることはなかった。
夢の内容は、いつも決まって同じだ。
いやに現実味のある夢だが、彼女はそれが夢だと、夢の中で理解している。
最初に映るのは、見たこともない景色。
中世の日本を思わせる街並み。緑が多く、広く広がる田圃は、農業の盛んさを物語っている。
街の中心には都があり、高い囲いに守られたその内側は、外の家々とは造りも規模もまるで違った。ひと目見ただけで、雲泥の差があると分かる。
だが、その街はここから何里も離れた場所にあるはずだった。
彼女は高山の中腹に立ち、眼下には幾重にも重なる山々と、はるか彼方の平野が広がっている。
それでも、何里もの距離を隔てた都の細部まではっきりと見えた。城門を行き交う人影、外堀にきらめく水面、囲いの内側で翻る旗の色さえも。
まるで、山そのものが彼女の目と化し、世界の果てまでを覗き込んでいるようだった。
「──あそこに、行きたいかい?」
隣から声がする。
振り向くと、灰色の着物を纏った男が立っていた。顔は影になり、輪郭すらはっきりしない。
都へ行きたい。村へ降りてみたい。人の集まる場所を見てみたい。
だが、彼女は自分がそこへ行けないことを知っていた。
静かに首を横に振ると、男の大きな手がそっと頭を撫でた。
その温もりは嫌いではない。むしろ、懐かしい安らぎを感じる。
──もうすぐ、ここで終わるはずだ。
この夢は、いつもこの場面で途切れ、意識が浮上する。
だが、今回は違った。
目覚めることなく、景色が暗転する。
松明の灯が複数、夜の山道を照らしていた。
日が落ち、闇に包まれたはずの山の中に、点々と橙色の光が浮かぶ。
多くの人間が山に入り、何かを探している。手には農具や武器が握られていた。
──見つかったら、殺される。
焦燥が胸を灼く。
必死に逃げる。だが、人間の手は深い奥まで追ってくる。
ついに見つかり、腕を掴まれた。
脚が竦み、息が詰まる。
周囲を取り囲む人間たちは、無言で凶器の切先をこちらに向け、じりじりと迫ってくる。
そこで、また場面が変わった。
深く、暗い闇の中。
冷たい地面に横たわる彼女の傍らで、誰かが身体を支えている。
夢に必ず現れる、あの男だ。
ぽたり、ぽたり──頬を濡らす雫。
それが男の涙だと、すぐに分かった。
けれど、やはり顔は影に覆われ、表情は見えない。
「……すまない。私が居なかったばかりに」
絞り出すような声が、胸を締め付ける。
彼を一人にしたくない。
けれど、一緒にはいられないことを、理解していた。
どうか──ヒトを憎まないで。
世の中に絶望しないで。
どうか、嘆くだけの日々を過ごさないで。
「……君は、私を置いて一人にさせるのに……酷なことを言うんだね」
男の声は掠れ、かすかに震えていた。
「時代や世界が変わったとしても──君との約束を果たしに行くよ」




