表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もみじの黄泉路  作者: 荒々繁
序章
1/11

ゆめ

 小さい頃から、同じ夢を繰り返し見てきた。

 歳を重ねるごとに、その夢を見る回数は徐々に減っていったが、忘れることはなかった。


 夢の内容は、いつも決まって同じだ。

 いやに現実味のある夢だが、彼女はそれが夢だと、夢の中で理解している。


 最初に映るのは、見たこともない景色。


 中世の日本を思わせる街並み。緑が多く、広く広がる田圃は、農業の盛んさを物語っている。


 街の中心には都があり、高い囲いに守られたその内側は、外の家々とは造りも規模もまるで違った。ひと目見ただけで、雲泥の差があると分かる。

 

 だが、その街はここから何里も離れた場所にあるはずだった。

 彼女は高山の中腹に立ち、眼下には幾重にも重なる山々と、はるか彼方の平野が広がっている。

 それでも、何里もの距離を隔てた都の細部まではっきりと見えた。城門を行き交う人影、外堀にきらめく水面、囲いの内側で翻る旗の色さえも。

 

 まるで、山そのものが彼女の目と化し、世界の果てまでを覗き込んでいるようだった。


「──あそこに、行きたいかい?」


 隣から声がする。

 振り向くと、灰色の着物を纏った男が立っていた。顔は影になり、輪郭すらはっきりしない。


 都へ行きたい。村へ降りてみたい。人の集まる場所を見てみたい。

 だが、彼女は自分がそこへ行けないことを知っていた。


 静かに首を横に振ると、男の大きな手がそっと頭を撫でた。

 その温もりは嫌いではない。むしろ、懐かしい安らぎを感じる。


 ──もうすぐ、ここで終わるはずだ。


 この夢は、いつもこの場面で途切れ、意識が浮上する。

 だが、今回は違った。


 目覚めることなく、景色が暗転する。


 松明の灯が複数、夜の山道を照らしていた。

 日が落ち、闇に包まれたはずの山の中に、点々と橙色の光が浮かぶ。

 多くの人間が山に入り、何かを探している。手には農具や武器が握られていた。


 ──見つかったら、殺される。


 焦燥が胸を灼く。

 必死に逃げる。だが、人間の手は深い奥まで追ってくる。

 ついに見つかり、腕を掴まれた。

 脚が竦み、息が詰まる。

 周囲を取り囲む人間たちは、無言で凶器の切先をこちらに向け、じりじりと迫ってくる。


 そこで、また場面が変わった。


 深く、暗い闇の中。

 冷たい地面に横たわる彼女の傍らで、誰かが身体を支えている。

 夢に必ず現れる、あの男だ。


 ぽたり、ぽたり──頬を濡らす雫。

 それが男の涙だと、すぐに分かった。

 けれど、やはり顔は影に覆われ、表情は見えない。


「……すまない。私が居なかったばかりに」


 絞り出すような声が、胸を締め付ける。

 彼を一人にしたくない。

 けれど、一緒にはいられないことを、理解していた。


 どうか──ヒトを憎まないで。

 世の中に絶望しないで。

 どうか、嘆くだけの日々を過ごさないで。


「……君は、私を置いて一人にさせるのに……酷なことを言うんだね」


 男の声は掠れ、かすかに震えていた。


「時代や世界が変わったとしても──君との約束を果たしに行くよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ