取引
ハヤトは食堂の扉を開けて店舗側へと移動した。
そこには昨日スタンピードで見たセシルがそのままの姿で立っていた。背中に両手剣を二本、腰の両脇には片手剣をそれぞれ一本ずつ、そして腰の背中側には刀が一本。仮想現実なので、それがどこかにぶつかって移動を妨げるということはないが、見た目は動きにくそうだ、というのがハヤトの感想だ。
セシルは、そんな感想を持つハヤトを見て笑顔になる。
「お! もしかして店長のハヤトか?」
「ええ、ハヤトですけど。そちらはセシルさんで間違いないですかね?」
「なんだよ、俺のことを知ってんのか。なら話は早いな。エクスカリバー・レプリカを作ってくれ。星五で!」
「10億Gで作りますけど」
「毎月1万Gの分割払いで頼む」
「帰れ」
ハヤトは即座に計算できなかったが、どう考えても数年程度で支払いは終わらない。つまり踏み倒す気なのだ。材料を持ち込みならまだわかるが、それすらもないなら甘い顔をするわけにはいかない。
とはいえ、昨日のセシルの戦い方を見て、支援すれば炎龍エディ・オウル戦でかなり有利に戦えると思ってはいる。
ディーテからもドラゴンソウルの秘宝を奪われないように手伝って欲しいと言われているし、セシルを支援するのもやぶさかではない。
どうしたものかと考えていたら、アッシュ達が店舗の方へやってきた。
「おー、アッシュじゃん。ドラゴンイーターを譲ってくれよ。金は払うから。分割で」
「嫌だと言っているだろ。あとハヤトに迷惑をかけるな。お金がないならせめて材料を持ってこい」
「あれって、レプリカだけどアダマンタイトだろ? 俺が掘れるわけないじゃん」
アダマンタイトならハヤトは掘れる。それに鉱石知識スキルが向上する装備を身に付ければ、たとえスキルが0でも低確率で掘れる。そこまで行くのに手間はかかるのだが、やれないことはない。
だが、今のハヤトは忙しい。王都もそうだが、昨日のスタンピードで帝都も復旧させる必要があるのだ。それを考えるとハヤト自らが掘りに行くのは時間的に難しい。
ただ、セシルには恩を売ってスタンピードで活躍してもらいたいという気持ちもある。
今の時点でも強硬派のドラゴンが一体だけなら秘宝のかけらは奪われない。だが、五体揃うとほぼ負けて秘宝のかけらを奪われる。どんな条件になると五体で攻め込んでくるのかが分からない以上、可能な限り一体を早めに倒しておきたい。
そう考えているハヤトは
「えっと、セシルさん」
「セシルでいいぞ。さん、なんかいらねぇ」
「ならセシル。エクスカリバー・レプリカを作ってもいいよ。ただし条件がある」
「条件?」
「そう。炎龍エディ・オウルを倒したら無料で用意する。とはいっても、もっと先の話だね。半年後とか、一年後とか」
スタンピードのイベントがどうなったら終わりなのかはハヤトもディーテから聞いていない。だが、ずっと続くというイベントではないと考えて、その頃なら落ち着いているだろうという考えだった。
その条件を聞いて、セシルは両手を握りこんで「よっしゃあ!」と叫んだ。
「言ったぞ? 言ったからな!? あれはなしっていうのはダメだぞ!」
「言わないよ」
喜ぶセシルのそばで少しだけ険しい顔をしているのがアッシュだ。
「いいのか、そんな約束をして」
「別に構わないよ。そもそも俺はスタンピードでは戦えないからね。俺のスキルで強い人のモチベーションを上げることができるなら問題ないかな。アッシュ達も戦いが楽になるだろうし」
「……そうか、ありがとうな」
アッシュは照れ臭そうにそう言ってから、セシルの方を見る。
「セシル、今度帝都で炎龍が出たら、俺達と一緒に戦え。アイツに勝つならバラバラじゃ駄目だ。せめて俺達だけでも協力しよう」
「いいぞ。なら、炎龍に勝てたらドラゴンイーターをくれ」
「なんでそうなる。大体これは俺専用の武器だからお前には装備できない。そもそも渡すつもりはないけどな」
アッシュがそう言うと、セシルは笑い出した。
なぜ笑ったのか、セシル以外には誰も分からない。ハヤト、アッシュ、レンの三人は首を傾げた。
「俺にはそういう装備制限がないんだよ。誰専用の装備だろうと装備できるって言うのが、神からの褒美ってやつでね。とはいえ、そういう装備は性能を引き出せないから、あくまでもコレクションという位置付けなんだけどな。でも、装備したら格好良くね? 今の装備もいい感じだけど、もっといい組み合わせがあると思うんだよなぁ」
(そりゃすごいな。装備制限がないって。性能を引き出せないというのは、ドラゴンイーターの場合だと、ドラゴンに対するダメージが五倍とか、ブラッドウェポンが使えないってことか……よく考えたら、微妙に意味がなさそうだな)
ドラゴンイーターのスキルが使えないということは、アダマンタイト製の両手剣とそれほど変わらない。装備品に強さを求めているわけではなく、単純にコーディネイトとしてしか考えていないセシルにしかあまり意味がないことだろう。
「だからさ、どちらかといえば、誰でも装備できるレプリカが欲しいんだよね。ハヤトはドラゴンイーター・レプリカとか作れねぇの?」
「いや、作れないね。というか、そういう武器があるかどうか知らないし」
そうは言ったが、昨日のエシャの話を思い返すと、アッシュがそういう製造方法を知っている――つまり、製造方法が書かれた紙を書けるということになる。
ハヤトはアッシュの方を見る。
アッシュは少し考えた後、首を縦に振った。
「団員のためにドラゴンイーター・レプリカの製造方法をハヤトに渡しておこうと思っていたんだ。セシル、お前にもハヤトが作ったものを渡すから、次の炎龍戦ではちゃんと活躍しろよ」
「うお、マジで? ただでくれんの? いやぁ、言ってみるもんだな! 任せろ、次の戦いでは炎龍を完膚なきまでに叩きのめすぜ!」
アッシュは喜ぶセシルを放ってハヤトへ視線を戻した。
「ハヤト、そういうわけだから受け取ってくれ。あとできれば、うちの傭兵団以外でもレプリカが使えるように市場に流してほしい。材料に関しては安心してくれ。俺達が集めるから」
「製造方法が書かれた紙を市場に流したほうが全体的な戦力の向上になると思うんだけどね」
鍛冶スキルを持っているプレイヤーは多い。製造方法を渡したほうがハヤトが作ったものを市場に流すよりも効果的だ。
ハヤトの言葉にアッシュが口角を吊り上げる。どうみても悪人の笑みだ。
「いつかはそうしてもいいが、しばらくは独占しよう。まずは俺達が稼いでからだろ?」
「ああ、そういうこと。アッシュも半年経ったら悪い奴になったな?」
「前からこんなもんさ。なあ、レン――さっきから大人しいと思ったら、五寸釘とワラ人形を取り出して何してるんだ?」
「セシルさんが欲しがると思ったんだけど全然興味がなさそう。剣じゃないから駄目なのかな? 五寸釘とかワラ人形ならハヤトさんがいくらでも作ってくれるのに」
「レンちゃん、ショックなことを言うかもしれないけど、本当はどっちも作りたくないんだ。最初は星五になるまで頑張ったけどね……なんか呪われそう」
呪われてはいないが、どちらも呪いに関する装備だ。正直、棺桶と同じくらい作りたくはない。
「呪われるなんて素敵じゃないですか!」
「それはレンちゃんだけだからね?」
「お、呪いの装備の話か? そろそろ俺も呪い系の剣に手を出そうと思ってたところなんだよ。性能はともかく見た目は格好いいんだよなぁ」
「一目見たときからセシルさんとはコレクターとしてのシンパシーを感じてました……! かわいいですよね!」
微妙に違う価値観のようだが、レンとセシルのコレクター談議が始まったので、ハヤトとアッシュはそっと店舗から場所を移すことにした。




