秘宝のストーリー
帝都でスタンピードがあった翌日、ハヤトは朝から拠点の自室で作る物を考えていた。
王都での復興支援も必要だが、帝都でも同様に支援が必要だろう。さらにはアッシュ達やネイ達の戦力強化もしなくてはならない。
たかがゲームとは言っても、住人であるNPCは人間であり、その世界がドラゴンに支配されるという可能性がある以上、それは阻止しなければどんな状況になるか分からないのだ。
ディーテの話では五体が同時に襲ってくるくらいでなければ秘宝のかけらを奪われることはないだろうとのことだが安心はできない。
ハヤトに戦う力はないが、生産系スキルを駆使して支援をすることはできる。そんな思いから、朝早くから起きて準備を始めようとしていた。ちなみにエシャは現実のハヤトの部屋でぐっすりと睡眠中だ。
さて準備をするかと、ベッドから立ち上がる。
(とりあえず、ノックバック無効かスタン無効のスキルが付いた指輪とかかな。アッシュは武器と鎧一式を取り換えることはできないみたいだから、指輪か腕輪で何とかしないとな)
ハヤトはそんなことを考えながら、細工キットを使って指輪を作り始めた。
三時間後の午前十時、ハヤトは大量の指輪を作り出していた。
その数、500。だが、ノックバック無効やスタン無効のスキルが付いたものは10程度だ。
(思っていたよりも出来なかった。材料として一番性能が悪いと言われているアイアンだからかもしれない。アダマンタイトならもっとスキルが付いたかもしれないけど、さすがに材料がないんだよな。またアッシュ達と鉱石を掘りにいくか)
仮想現実で疲れることはないが、なんとなく同じ体勢でいるのが嫌になり、ぐっと体をのけぞらして伸びをする。
「ハヤト、いるか?」
食堂の方からアッシュの声が聞こえた。
スタンピードが終わった後、アッシュに拠点に来てくれと伝えた。ハヤトはちょうどできた指輪を持って食堂へ向かう。
食堂にはアッシュとレンがいた。
三人で挨拶を交わし、食堂の椅子に座る。
「昨日のスタンピードは惜しかった――のかな?」
「いや、惜しくはないな。いつもあの状態で逃げられる。あの状態を炎化と言うんだが、あれになると物理攻撃が効かないんだ。属性攻撃や魔法だけでは少し火力が足りなくてな。俺のドラゴンブレスも効かない。倒せば一ヵ月くらい襲ってこなくなるんだが、この調子だと一週間以内にはもう一度襲ってくるだろうな」
アッシュの言葉にレンが何度も頷く。
(昨日は五体で襲ってこなかった。ということは向こうにも色々な縛りがあるのかね。五体そろったら負けるわけだから、可能な限り一体でも多く倒しておきたいな)
ハヤトの真剣な顔にアッシュは笑顔になる。
「ずいぶんと真剣に悩んでくれるんだな?」
「まあね、クラン戦争ではアッシュ達に世話になったから今回は可能な限り力になりたいなと思ってね。そうそう、これを渡しておくよ」
ハヤトはテーブルの上に指輪を十個置く。
「これは?」
「ノックバックやスタン攻撃が無効になる指輪。アッシュやレンちゃんもこれなら装備できるでしょ。ドラゴンとの戦いでは必須かなと思ったから作っておいたよ。残念ながらまだ人数分はないからもう少し待って欲しいんだけど」
アッシュとレンは理解が追い付かないという顔で指輪を見つめた。
「昨日の今日だぞ? よくもまあ、こんな性能の指輪をこんなに作れたな」
「大量につくったからね。遠慮なく受け取っておいて。それはいいとして、二人に伝言があるんだ」
「伝言? 誰から?」
「アッシュ達のお父さんだよ。一昨日に王都で会ったんだけど、その時に伝言を頼まれてね。昨日は伝える暇がなかったから遅くなったんだけど」
ハヤトがそう言うと、アッシュの眉間にしわがよる。レンはそうでもないのだが、明らかにアッシュは嫌悪を感じている顔だ。
「えっと、聞きたくないなら言わないけど、どうする?」
「いや、教えてくれ。どんな伝言だった?」
「ドラゴンソウルの秘宝を求めるな、だったよ」
「断る」
「まあ、そうだよね。決めるのはアッシュだから、と言っておいたから、それでいいと思うよ。ただ、教えて欲しいんだけど、どうしてアッシュ達は秘宝を求めているのかな?」
幾度となくアッシュが語ろうとしていた内容をハヤトは聞くことにした。特に聞かなくとも、スタンピードのイベントに影響はないが、アッシュがどういう設定でそれを求めているのか理由が気になったからだ。
アッシュは少しだけ息を吐きだすと、そのことについて語りだした。
アッシュ達の母親、キルカ・ブランドルは創世龍の一体だったが、同じ創世龍のヴェル・ブランドルとつがいになり、アッシュとレンを生んだ。だが、その後、キルカは病気になり亡くなってしまう。
ヴェルはキルカの死を認めたくないために、ドラゴンの願いを叶えるという秘宝にキルカの蘇生を願った。
だが、願いを叶える秘宝というのは、欲を持ちすぎると身を滅ぼすという戒めの秘宝であり、蘇生の願いは別の形で成就される。
秘宝そのものにキルカの魂が宿り、未来永劫、魂の輪廻から外れるという罰を受ける。それがドラゴンソウルの秘宝となった。
ヴェルはキルカの魂を解放しようと秘宝を破壊するのだが、それは叶わずに秘宝はかけらとなって四つに飛び散った。
元々ドラゴン達は人間を支配しようとする強硬派と、あくまでも共存をするべきだと考える穏健派がある。
強硬派は人間を襲って秘宝のかけらを取り戻すべきだと考えているが、穏健派は今回のことを戒めとして秘宝のかけらはこのままドラゴン以外の手で管理するべきだと考えている。そもそもかけらを集めたところで元の秘宝に戻るかどうかは分からないためだ。
「そんなわけで千年近く争ってる。簡単に言うと、大体親父のせいだ」
「そうだね。話を聞いた限り、ヴェルさんには全くいいところがなかったよ。やり方はともかく、かけらを全部集めて元に戻したら、キルカさんの魂を解放できると思っているのかな?」
「それを聞いたことはないが、そう思っているはずだ。そうでなきゃ、集めようと思うわけがない。なぜ最近になってやたらと活発になったのかは分からないけどな」
(それはゲームのイベントだからだろうな。とはいえ、ヴェルさんもエシャと同じように人間だ。ディーテちゃんはイベントの設定ができないのに、どうして活発になったんだろう?)
不思議なことはあるが、元々用意されていたイベントや設定なのだろうと結論付け、別のことを確認することにした。
「アッシュ達がかけらを集めようとしているのはどうして? 集めてもどうなるかは分からないんだよね」
「秘宝のかけらを持っていることでスタンピードが発生しているんだ。かけらを持っているのがどこかの国ではなくドラゴンなら、戦いはドラゴンだけで済む。人を巻き込みたくないというのが本音だな」
「兄さんは穏健派でも超が付くほど穏健派なんですよね。実は私もハヤトさんのバケツプリンを食べて穏健派にかなり傾いたんですよ!」
「バケツプリンで決めていいの? それはいいとして、大体の事情は分かったよ」
(知ったところでイベントに影響はないんだけど、このストーリーって他のプレイヤーは知らないんだよな? とくに理由もなくスタンピードが始まったとしても問題はないのかね。もしかしたら、魔物図鑑にこういう情報が載るのかもしれないな。ネイにドラゴンソウルの話を聞けたのも、魔物図鑑に書かれていたことだし、強硬派のドラゴンを全部倒せば事情が分かる仕組みなのかも)
魔物を倒すと、その魔物の情報が魔物図鑑に書かれる。それはスタンピード中も変わらない。直接とどめをささなくとも、ダメージを与えておけば、討伐に貢献したとみなされるのだ。よって、図鑑にも書かれる。
(討伐できそうなときは俺も参加しておいた方がいいのかな……?)
ハヤトはそのことを考えるが、レンの言葉で我に返る。
「あの、ハヤトさん、私への伝言もあるんですよね? なんて言ってました?」
「兄妹仲良くって言ってたね」
「え? それだけですか? そっけないなぁ」
確かにそれだけでは少し寂しい気がする。対立しているとはいえ親子だ。もう少し何か伝えてもいいだろう。
ハヤトはそう思い、ヴェルが言いかけたことを伝えようとする。
「実はまだあるんだ。忘れてくれとは言われたけど、別に問題ないと思うから伝えるね」
「本当ですか? なんて言ってました?」
「母さんに似て美人に、って言ってたよ。たぶん、美人になった、だろうね」
「それは嬉しいです! 母さんのことは映像でしか知りませんけど、すっごく美人だったんですよ! とうとう私の時代が来たということですね!」
「それはどうかと思うけど――アッシュどうかした?」
アッシュの眉間にさっき以上のしわが寄っている。だが、ハヤトに声を掛けられたことに反応したのか、すぐに普通の顔に戻った。
「ああ、いや。ちょっと不思議に思っただけだから気にしないでくれ。そうそう、俺からもハヤトに伝言があるんだが」
「え、俺に? 誰から?」
「セシル・アーヴェンって知ってるか?」
「昨日、スタンピードを見たから知ってるよ――もしかしてその人からの伝言?」
「そうなんだが、もう来ると思うぞ。本人から聞いた方が早い」
「え?」
ハヤトがそう言うと、店舗側の入口が開くような音が聞こえた。かなりの勢いで開けた音だ。
「エクスカリバー・レプリカを作ってくれ! ……誰もいねぇじゃねぇか!」
そんな声が聞こえてきたら、アッシュは椅子から立ち上がった。
「それじゃ、俺達は帰るから」
「見捨てないでくれ。あのテンションに付いていけそうにない」
何とかアッシュ達を引き留めてから、ハヤトは食堂から店舗の方へ移動した。




