コレクター
ハヤト達は椅子に座りモニターを見る。
すでに帝都には多数のドラゴンが入り込んでおり、プレイヤーやNPC達が戦っていた。プレイヤーが多いのは、昼間は仕事をしているからだろう。労働階級のプレイヤーにとってはこの時間からが本番なのだ。
ハヤトの偏見ではあるが、仕事が終わった後の社会人はテンションが高い。ストレスを発散するという意味もあり、ドラゴン達に対して激しい攻撃を仕掛けていた。
そんなプレイヤー達を眺めていると、モニターからネイの声が聞こえてきた。
王都にある転送装置を使ったのだろう。
「まずは施設を狙うドラゴンから倒そう! 今回は炎龍エディ・オウルが率いているドラゴンだから、炎耐性の防具と氷や水属性の攻撃で戦うぞ!」
スタンピードでは、いわゆるボスモンスターとその配下のモンスターと戦うことになる。配下のモンスターはボスモンスターの性質に影響されるため、攻撃属性や弱点が似たような形になる。
炎龍エディ・オウルは名前の通り炎の龍。つまり氷や水系の攻撃に弱い。そして攻撃は炎系なので、炎の耐性があればダメージが低くなる。ネイの発言はそれを見越してのことだ。
スタンピードの仕組みとして、ボスモンスターが最初からいるわけではない。ある程度、配下のモンスターを倒すと出てくるという仕組みになっている。
基本的にスタンピードは一時間で行われる。その一時間以内にボスモンスターを倒せば防衛成功。倒せなければ防衛失敗。それが今までのルールだ。
ただ、そのルールとは別に今回は施設が破壊されるというギミックがある。また、スタンピードが発生している場所の施設がすべて破壊された上に防衛に失敗すると秘宝のかけらが奪われるという仕組みもある。
当然、穏健派のドラゴンにも似たようなルールがあり、すべての施設を守った上で、防衛に成功すると穏健派が秘宝のかけらを手に入れることになる。
そんな事情をディーテから説明された。
その会話が終わったのを見計らったのか、エシャがハヤトの方を見た。
「ネイ様達はどういうタイプのパーティなのですか?」
黒龍はクラン戦争の時も動画にピックアップされないので、どういう戦い方をするのかを知っている者はここではハヤトかディーテくらいのものだろう。
エシャの質問には全員が興味をもっているようだった。
「半年前の話なら、バランス型だったね。前衛、中衛、後衛がそれぞれ三人ずつ。前に戦ったバンディットのクランみたいな感じかな。ただ、全員がそれぞれに特化した形だから、バンディットみたいに誰もが色々なことをやれるってわけじゃないよ。今は知らないんだけどね」
ハヤトの言葉に全員が興味深そうにモニターを見た。実際にどういう戦い方をするのか楽しみなのだ。
そしてエシャもチョコレートパフェを食べながらモニターを見る。
「なるほど、それはお手並み拝見ですね」
「上から目線だね……まあ、クラン戦争でランキング一位になったわけだし、それでもいいんだけど」
「最終的には四位でしたけどね。最後のクラン戦争で負けましたから」
「え、そうなんだ? てっきり最後のクラン戦争でも勝ったのかと。そもそもエシャが助けに来たよね?」
ハヤトは小さな声でエシャにそう言った。周囲には皆がいる。どこまで言っていい内容なのか分からなかったためだ。
エシャ以外はディーテがこの世界の神――管理しているAIだとは知らないし、ディーテに捕まっていたことも知らない。あえて言う必要はないというのが、ハヤト、エシャ、ディーテの共通認識だ。
エシャは少しだけハヤトに顔を寄せて小さな声で答えた。
「あのとき、ご主人様がディーテに連れ去られるのが分かったので、勝敗よりもそれを助けに行くべきだとあの場で皆さんに進言しました。すぐに追いかけるには最速でクラン戦争を終わらせる必要があったので、わざと負けてもらったんです。私は勝ったというよりは、メイド長に見逃してもらった感じですね」
エシャだけがなぜ勝ったのか。それはクラン戦争で倒されると、別の場所で待機することになるからだ。
ハヤトは拠点の屋上から神であるディーテと共にいなくなった。全員が倒されて別の場所で待機することになると、ハヤトを追いかけられないかもしれない。そう思ってエシャだけはメイド長に頼み込んで勝たせてもらった。
最後のクラン戦争で敗北したが、勝敗が決まると同時に空間を分けていたガラス状の仕切りがなくなった。エシャは急いで拠点へ向かい、床に隠し階段があるのを見つけ、ハヤトの後を追ったのだ。
「レリックやミスト様はともかく、アッシュ様達がわざと負けるのは抵抗があったと思いますよ」
「そうだね、アッシュは父親を嫌っているみたいだから、俺のためとはいえ、わざと負けるのは辛かっただろうな」
「クラン戦争の借りはスタンピードで返せばいいんですよ」
「責任重大だね。あまり時間を取れないんだけどなぁ」
スタンピードのイベントは決して十数人だけが強くても防衛に成功するようなイベントではない。とはいえ、少しでも戦力を強化することは防衛の成功に繋がる。
ハヤトはそう考えてモニターを真剣に見つめた。だが、モニターにはネイ達の姿だけでアッシュ達は見えない。
「アッシュ達の状況は見れないのかな?」
その言葉が聞こえたのか、ディーテが少しだけ溜息をつく。
「すまないね。その設定も上手くいかないんだ。ネイ君達がアッシュ君達に合流するのを待ってくれたまえ」
それなら仕方がないと、ハヤトはネイ達の周辺を見る。
ハヤトは帝都へあまり行ったことがない。以前は買い物をするために行くこともあったが、買い物をレリックに任せてからは全く行くことはなかった。
そして今は夜で全体的にモニターの視界が暗い。なので絶対とは言えないが、ネイ達は教会の施設を守っているように見えた。
「ネイ達は教会を守るのかな?」
ハヤトの言葉にエシャが頷いた。
「それが最善でしょうね。教会や神殿は復活場所として登録できますから」
プレイヤーやNPC達は復活の場合、教会や神殿、それに拠点まで戻される。その場での復活、つまり仲間から神聖魔法による蘇生が可能なら問題はないが、そうでなければ登録場所に戻るしかない。
教会や神殿が破壊されるとそれができなくなる。帝都周辺に拠点を持っているならともかく、王都周辺まで戻されるようならかなり時間をロスするだろう。王都に転送装置があるとはいえ、帝都で復活できる状況と比べたらかなりのロスだ。それは一時的だが防衛戦力の低下につながる。
なので、スタンピードで教会や神殿の施設を優先的に守るのは正しい戦略として知られている。
「なるほどね。でも、教会の周辺にいるドラゴンが異様に多くない?」
教会の周辺にはかなりの数のドラゴンが徘徊している。そしてプレイヤー達には目もくれず、施設を狙っていた。
ネイ達はなんとかドラゴンの気を引くようにヘイト値を上げる行為を続けているが、あまり効果がないようだ。
ディーテがモニターからハヤトへ視線を移した。
「ハヤト君、強硬派のドラゴン達は本気でドラゴンソウルの秘宝を求めていると言ったろう? 相手も重要拠点から破壊しようとしてくるのは当然だよ」
基本的にモンスター達はそれほど性能がいいAIを使っていない。負けるのが分かっていても特攻してくるようなAIであり、ほとんどは決められた行動を繰り返すだけだ。
だが、創世龍と呼ばれるドラゴン達はAIではなく人間。そしてドラゴン達にテイマーのように命令を下せる。邪魔な施設を狙わせるのは当然の戦略だろう。
「それはまた難易度が高いね。でも、それだと危ないんじゃないかな? 帝都も防衛失敗な上に秘宝のかけらまで取られたらまずいよね?」
「それはそうだが、帝都ならまだ大丈夫かもしれないな。慢心は良くないがね」
「えっと、どういう意味?」
「その理由はエシャ君の方が知っていると思う。聞いてみたらどうかな」
ディーテにそう言われて、ハヤトはエシャの方を見る。
なぜかエシャは少しだけ眉間にしわを寄せていた。
「どうかしたの? 何か問題? ディーテちゃんの言っていた意味を言いたくないってこと?」
「いえ、特に問題ではないですよ。単に帝都には知り合いが二人ほどいまして、そのことが帝都なら大丈夫という意味だと思います」
エシャの知り合いということであれば、元のクランメンバーという可能性が高い。
エシャやレリックは勇者イヴァンがいたクランのメンバー。そのクランは三年前にあったというクラン戦争の優勝クランだ。そのメンバーもかなりの強さなのだろう。
そう思ったのも束の間、ネイ達が気を引こうとしていたドラゴンが何者かに攻撃されて倒された。
スタンピードの戦闘では、モンスターに対する攻撃占有権は存在しないため、誰もが攻撃できる。そして貢献ポイントはダメージ量で決定されるため、とどめを刺したかどうかはあまり関係がない。横取りという行為ではあるが、スタンピード中はアイテムのドロップもないので、それほど問題にならない行為となっている。
ネイ達も気にしてはいないようだが、ハヤトは別のことで気になった。
そのドラゴンを倒した相手はNPCなのだ。赤い髪をショートカットにした二十代前半くらいのスレンダーな女性。だが、その姿はかなり異様だ。
姿形が異様というのではなく、その装備が異様だった。服は茶色の革製パンツルック、上半身は白い長袖シャツの上に茶色の革製ベストを付けているだけの軽装なのだが、武器は違う。
まず、両手にそれぞれ剣を持っているという点がおかしい。さらには背中に巨大な剣をクロスさせて二本背負い、腰あたりには刀らしきものを一本だけ横にして装備している。つまり、剣や刀を全部で五本装備しているのだ。
基本的に武器はメインウェポンとサブウェポンの二つしか装備できない。しかもサブウェポンとは言っても、それは盾であったり、弓に対する矢であったりと、二刀流ができる設定ではない。
そのあたりの事情から、そのNPCがハヤトの目には異様に見えた。
明らかに規格外のNPCを説明してもらおうとディーテの方を見ようとするが、その前にエシャが目に入る。
どう見てもエシャは嫌そうな顔をしていた。
「どうかした?」
「簡単に言うとあれが私の知り合いです。名前はセシル・アーヴェン。魔剣とか聖剣をコレクションするのが好きでして、『コレクター』って呼ばれてました」
「コレクター?」
「ただ、クラン内では『借金女王』って言われてましたね。稼いだお金を全部武器に替えるのでいつもお金がなく、メンバーに食事代を借りてましたから。私は1Gたりとも貸したことはありませんけど」
「……えっと、強いのかな?」
「イヴァンの次くらいには強いですよ。一応、前のクランでは副リーダーをしてましたし。まあ、私のデストロイで一撃ですが」
「それは自分の方が強いって言ってる?」
その言葉にドヤ顔しているエシャを放っておいて、改めてモニターを見ることにした。




