生産系スキルを極めたら
ハヤトが「アナザー・フロンティア・オンライン」にログインできなくなって半年が過ぎた。
その半年の間にハヤトは夢だった喫茶店を開く。
何世代も前のレトロな喫茶店はそれ自体がアンティークと言ってもいい。ハヤトがこだわりぬいた結果だ。それが珍しいということもあり、客足はそこそこだ。
地球ではなく、コロニーで開く喫茶店は珍しい。よほどの道楽でなければ無理であろう。ただ、ハヤトにはお金がある。それはゲームの賞金としてディーテから貰ったお金だ。
お金さえあれば喫茶店を開けるというわけではない。開店まではその準備で忙しく、ハヤトは色々なところを駆けずり回ってようやく開いた喫茶店なのだ。
ハヤトはどんなに忙しくてもゲームのことを忘れたことはない。
あの頃の皆が今頃何をしているのか。自分はもうあのゲームに関わることはできない。それは分かっていてもどうしても気になるのだ。
たまにゲームのことをディーテやネイに聞いている。そもそもネイ達黒龍のメンバーは、ここでオフ会をすることが多いのだ。気軽に立ち寄っては、簡単なものを頼み、話をしていく。
それが喫茶店の主な収入源になっているのが悲しいところだが、始めたばかりの喫茶店の売り上げなどそういうものだろう。
そして今日もまた、ネイがやって来た。
「いらっしゃい」
「うむ、いらっしゃった! 今日もいつものを頼む! 皆もこれから来るそうだからな!」
「またチョコパフェか? たまにはコーヒーを頼んでくれよ」
「……あれは大人の味だからな。もう少し大きくならんと味が分からん。まあ、そのうち頼む」
(お前はもう二十歳を超えているだろうが。というか毎日チョコパフェは太るぞ?)
そんな風に思いつつも、ハヤトは頼まれたスイーツを作るのだった。
午後六時頃、ネイ達は帰っていった。
ネイ達が飲み食いしたテーブルの食器を片付けて、洗い物を始める。
(もう少し売り上げを何とかしないとな。ネイ達のおかげで定期的な売り上げはあるんだけど、いつまでもそれに甘える訳にはいかない。コーヒーの豆とか変えたほうがいいのかな? それとも何かもう少し店の売りがないとダメか?)
色々と考えるがあまり奇をてらう感じにしては意味がない。
さてどうしたものかと色々考えていたら、結構な時間が経っていた。
客も来ないし、そろそろ店を閉めるか、そう思った時だった。
カランカランと、ドアベルが鳴る。
入口から女性が入って来たのだ。
オフショルダーの白いシャツに薄い黒のジーパンという恰好で、こんな時間にも拘らずサングラスをしていた。
コロニー内の気温は一定に保たれており、その格好でも特に寒いということはない。だが、あまりにも無防備というか、女性らしさが感じられない。服なんて着れればいい、その程度の格好なのだ。
サングラスをしているのでよく分からないが、顔の輪郭や背中の半ばまで伸びている髪を見ると、ハヤトはどこかで会ったような気がした。だが、どこで会ったのかを思い出せない。
(いけね、せっかく来てくれたお客さんなんだから、ちゃんと対応しないと)
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
ハヤトは笑顔でそう言った。
ハヤトの偏見ではあるが、女性なので窓際のテーブル席に座るかと思いきや、その女性はカウンターの席に座った。そしてハヤトの方を見て少しだけ口元をほころばせる。
(その顔、やっぱりどこかで……?)
ハヤトはそう思った直後、水もメニューも出していないことを思い出し、慌てて用意する。
「お待たせしました。こちらを――」
ハヤトは水の入ったコップを女性の前に置き、メニューを渡そうとした。
女性はメニューを右手で制止するようにして、受け取らなかった。
客じゃないのか、と思った直後、女性が口を開いた。
「マンガ肉とバケツプリンと超エクレアを星五でお願いします」
ハヤトは女性の言葉が一瞬理解できなかった。でも、それは本当に一瞬だけだ。すぐにそのメニューが何なのかを思い出す。
忘れるわけがない。彼女を仲間にするときに用意した食べ物だ。
「エ、エシャ……?」
かすれる声でハヤトは女性にそう問いかけた。
女性は笑顔になり、サングラスを外す。そこにはゲームの中でよく見たエシャのニヤニヤ顔があった。
「お久しぶりですね、ご主人様。でも、気づくのが遅いんじゃないですか? 店に入って来た時点で気づいてくれるかと思ったんですが、ここまで言わないと分からないとは――まあ、ご主人様の驚いた顔が見れたので別にいいですけどね」
「え、あ、いや、どうして――というか、なんで……?」
エシャはそもそもゲームの住人だ。現実にエシャがいるわけがない。
なぜエシャがここにいるのか、ハヤトには全く理解できなかった。
だが、混乱しているハヤトをよそに、エシャは満面の笑みだ。
「ご主人様がいつまで経っても戻ってこないので迎えに来ました。メイドギルドからも探してこいと言われているので、ここまで来たんですよ。半年かかっちゃいましたけど」
「そ、そうなんだ……?」
根本的な問題はそこではないのだが、ハヤトは混乱しているために、思考がまとまらない。そう返すのがやっとだった。
「感動の再会だというのにその程度ですか? もっとこう、大喜びしてくれるかと思ったんですが。ちょっぴり不機嫌だと言わせてもらいます」
「い、いや、驚きすぎて何がなんだか……嬉しいよ、嬉しいんだけど、頭が付いてこないというか、整理できないんだよ。あれ、さっき迎えに来たって言った?」
「ええ、言いましたよ。メイドとして雇ってもらわないと、ギルドから刺客が送られてくるので私が危険なんです。とっとと仮想現実に戻って、また私を雇ってください」
「あのさ、エシャに言って通じるのかどうか分からないんだけど、俺ってもうあのゲームにログインできないんだよ。ディーテちゃんが俺の生体認証のデータを破壊しちゃったみたいで」
「それなら直しておきました。それに時間が掛かって来るのが遅くなったんですけどね」
「ええ? でも、ディーテちゃんの話だと直せる人はこの時代にいないって――」
「私はこの時代の人間ではありませんので。というか、プログラムの一部は私が作ってますから、それくらいできますよ」
「そうなんだ……というか、エシャは人間なの?」
「そこからですか。それじゃ、その辺りの話はこれからしましょうか。私がどうしてあんなに可愛い美少女メイドになったのか、それをゆっくり説明してあげますよ」
ハヤトは、ああ、エシャだ、と自然に頬が緩んだ。仮想現実でもエシャとのやり取りはこんな感じだった。ここは現実ではなく、仮想現実なんじゃないかと、錯覚するほどだ。
「それでは何か頂けますか? おごってくれますよね?」
「もちろんだよ。今、コーヒーを入れるからちょっと待って」
「いえ、そこはチョコパフェで。本物を食べてみたいですから」
ハヤトはエシャの要望に応えて、チョコパフェを作る。もちろんコーヒーも一緒だ。
エシャは出来たチョコパフェを数秒掲げると、スプーンを使って食べ始めた。左手を頬に当てて、美味しそうにパフェを食べる姿は、普通の女の子だと言えるだろう。
ハヤトは少しずつ、この現実を受け入れることができた。
「さて、それじゃ食べながら説明しますね」
エシャがこれまでのことを話し始めた。
チョコレートパフェが食べ終わる頃、エシャはハヤトにすべてを話した。
「つまり、エシャ達は百年前の人間だってことなんだね? AIはディーテちゃんだけでNPCは全員人間なのか」
「そうなりますね」
ハヤトはエシャからすべての話を聞く。宇宙船アフロディテのこと、AIのこと、そしてエシャ達NPCはコールドスリープで寝ていた百年前の人間であること、そのすべてを聞いた。
「でも、どうしてエシャは現実に来れたの? 現実での記憶はなくなっていたんでしょ?」
「実はしばらく前から戻っていましたよ。ご主人様にお姫様抱っこされた頃ですね」
AI保護と言われているのは、NPC達が現実のことを思い出さないようにするための対策だった。だが、エシャの場合は別の形で記憶を取り戻す。最終アップデートの前と後で大幅な記憶の改変があったエシャだからこそだろう。
「ああ、あの時の痛みっていうのは記憶が戻った時の痛みだったんだ――ああ、そっか。だからディーテちゃんから逃げるとき、ログアウトしろって言えたんだね。それにAI殺しの作り方を知っていたのはプログラマーだったから? それに俺の生体認証のデータを修復できたのもその関係? 色々と驚きだね」
「ログインできるようになったんですから、お礼にいくらでもチョコパフェを食べてって言ってくれてもいいんですよ?」
「いや、口が裂けてもそんなことは言わないかな。ちなみにゲーム内の話でも言わないからね?」
ハヤトは久しぶりのやり取りに少しだけ泣きそうになる。もう二度と会えないと思っていたのだ。まさか現実で会えるとは思っていなかった。
それにゲームにログインできるということは、アッシュ達にもまた会えるということ。エシャには感謝してもしきれないほどだ。
気持ち的にはいくらでも食べて欲しいところだが、ここは現実。色々とお金が掛かるのだ。
「それにしても、この喫茶店、お客さんがいないですね?」
「言わないで。開店したばかりだし、これからだよ、これから」
「もしかしてご主人様の夢ってこれなんですか?」
「そうだね、ゲームの中じゃ現実の話はできないから言わなかったけど、喫茶店をやるのが俺の夢だったんだ。それは叶ったから、あとは一人でも多くのお客さんをもてなすのが今後の夢というか、課題かな……売り上げをしっかり出さないとつぶれるからね」
現実的な話にハヤトは少しだけ悲しくなる。
そんなハヤトの前で、エシャが思案顔になっていた。
「えっと、どうかした?」
「ご主人様に提案があります」
「それはいいんだけど、ご主人様って止めてもらっていい? 現実でそんなこと言われていたらかなり危ない人だから」
「それならハヤト様ですか?」
「……悪寒がした」
「ゲーム内だったらベルゼーブを取り出して撃ってましたね」
「ハヤトでいいよ。様とかはいらないから」
「分かりました。それではハヤト。提案があります」
呼び捨てもそれはそれで少しむず痒い。だが、顔には出さないように注意した。現実ではできるだけからかわれたくない。ゲームとは違って赤面する可能性が高いからだ。
「えっと、提案って?」
「この喫茶店に住み込みで働きます。看板娘としてウェイトレスをしますのでよろしくお願いしますね」
「住み込みって――提案じゃなくて決定事項になってない?」
「それは嫌ってことですか? こんな時間に住む場所もないか弱い女性を一人、外へ放りだすと?」
「そう言われたら泊めないわけにはいかないけど、俺って一応男なんだけど?」
「自分で一応って言うところがヘタレですね。大丈夫です。ハヤトはこの喫茶店で寝て、私は二階にあるベッドで寝ますので」
「なんで間取りを知ってるの。まあ、泊めるとしたらそうするから別にいいけど、ウェイトレスの話も本気?」
「ええ、本気です。それとも働かずにご飯だけ貰っていてもいいんですか? 私としてはそれが最高ですが」
「働け」
「なら決まりですね。それにしてもハヤトは運がいいですよ? こんな可愛さチート級のウェイトレスを雇えるようになるなんて」
「自分のことを可愛いというのは相変わらずだね。まあ、新規のお客さんを確保するためにも、そういうので変化をつけるのはいいかもしれないな。それじゃ現実でもよろしく頼むよ」
「ええ、大船に乗ったつもりでいてください。代わりと言ってはなんですが――」
「え? なにかあるの?」
「はい、実は今、ゲーム内で問題が発生してるんですよね。ハヤトの生産系スキルが必要になるので手伝ってください」
「はい?」
「今、強硬派のドラゴン達がドラゴンソウルの秘宝を求めて各国で暴れているんですよ。いわゆるスタンピードってやつです。アッシュ様達がそれを止めようとしているんですが、なかなか上手くいっていないようでして」
「なんでそんなことになってるの? というか、ゲームのイベントなら別にそのままでもいいんじゃない? 最終的には負けないでしょ?」
「実は色々問題がありまして、強硬派のドラゴンが勝つと仮想現実が終わる可能性があるんです」
「なんでそんなことに……」
「それじゃ明日からお願いしますね。もうログインはできますけど、今日は私をもてなしてください」
「えぇ? 俺、明日も仕事があるんだけど」
「言いにくいのですけどね、このコーヒー、味が星二です。客なんて来ませんよ」
「言ってはならんことを……!」
そんなことはハヤトが一番よく知っている。この店で一番売れていないのがコーヒーだ。
「これで客を呼ぼうということに戦慄しますよ。チョコパフェはあんなに美味しいのに。もうチョコパフェ屋にしたらどうですか?」
「俺はコーヒーで勝負したいの!」
「まあ、いいですけどね。でも、それなら頑張ってくださいよ。このお店の名前にかけて、ねぇ?」
エシャはそう言うとニヤニヤしだした。一瞬、何を言っているのか分からなかったが、ハヤトは一気に血の気が引いた。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったので、店の名前のことを今の今まで忘れていたのだ。
「喫茶店クラウン……ハヤトは私のことを好きすぎじゃないですか? 名前じゃなくて苗字であることは少し不満とだけ言っておきます」
夢を叶えることに一番貢献してくれたと思う人から名前を取った。それは純粋な感謝からだったのだが、こうなると気恥ずかしい。とはいえ、ここまで来たのならちゃんと言葉にしておこうとハヤトは思った。
「エシャ、君には感謝してるよ。こうやって喫茶店を始められたのはアッシュ達のおかげでもあるけど、それでも一番はエシャのおかげだと思う。だから店の名前に付けさせてもらったよ。本当にありがとう」
ハヤトの言葉にエシャは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「どういたしまして。私も感謝してますよ……記憶を取り戻しても恐怖を感じなかったのはハヤトのおかげですから」
「えっと、最後の方が良く聞こえなかったんだけど……?」
「なんでもありませんよ。さて、それじゃ店に私の名前もついていることですし、ここを世界一の喫茶店にしましょう。やるからには一番を目指さないと」
「それは難しいと思うけどねぇ」
ハヤトはそう言いつつも、エシャと一緒ならそれも無理じゃないのかもしれない、そう思えたのだった。
ここまでで第一部「クラン戦争編」が終わりです。
次からは第二部「スタンピード編」が始まります。引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




