最後のもてなし
ハヤトは掲示板の前に立っている。
エシャは訝し気にハヤトを見た後、掲示板へ視線を移した。
エシャの表情は変わらないが、ハヤトとしては声を掛けづらかった。そう思っていたが、エシャが笑顔でハヤトの方を見た。
「どうやら夢を叶えられるようですね。でも、なんで寂しそうな顔をしているんですか?」
「……しばらく皆とは会えないからね。もしかしたらもうずっと会えない可能性もあるんだ。それを思うとちょっとね」
可能性ではない。直接会えるのは今日が最後。それを思うとハヤトはさらに胸が痛くなった。
(こうならないために会わずにログアウトするつもりだったんだけどな……)
「そうですか、ならチョコレートパフェを作ってください。もちろん、星五で」
「あのさ、そこは俺との別れを惜しむところじゃないの?」
「チョコレートパフェとの別れを惜しむことは間違っていません」
ハヤトは、なんだよ、と思いつつも、変な別れ方をするよりもこっちの方がいいかと、さっそく作ることにした。
「じゃあ、そこの椅子に座ってて。すぐに作るから」
ハヤトは倉庫から必要な材料をアイテムバッグにしまって料理を開始した。
残念ながら星四だ。ハヤトは改めて挑戦する。
「そういえば、私はなんでこの拠点で寝てたんですかね? たしかご主人様と一緒にディーテから逃げていたと思うんですが」
「エシャには感謝しているよ。それに最後に渡してくれたAI殺しの作り方メモ。あれのおかげでディーテちゃんと交渉できた。でもさ、あんなメモを渡しておいてログアウトしろは矛盾してない? 拠点に戻ったとき、笑っちゃったよ」
「ディーテと交渉できたのなら何よりですね。私が無事なのもそのおかげですか。ご主人様には感謝しないといけませんね。でも、最後に何が矛盾だと言いました? 良く聞こえなかったのですが」
ハヤトはエシャの言葉を不思議に思う。というよりも色々なことに疑問を持ち始めた。
(ログアウトという言葉がAI保護なのだろう。だからエシャには聞こえなかった。でも、あの時のエシャは間違いなくログアウトしろと言ってくれたはずだ。もしかしてエシャもこの世界が仮想現実だと知っている? そもそもなんでエシャはディーテを倒せるほどの武器の作り方を知っているんだ? あれは汎用武器ではなく、俺専用の武器になっていた。つまり、あれはエシャが俺のために用意したものだ。なんでそんなことができる?)
「あの、ご主人様、どうかしましたか? さっきから黙ってますけど。早くチョコレートパフェを渡してくれとだけ言わせていただきます」
「え、ああ、ごめん。いつの間にか出来てたよ。はい、これ」
ハヤトは星五のチョコレートパフェをエシャに渡した。
エシャはそれを数秒間、両手で掲げてから、美味しそうに食べ始めた。
「エシャ、食べながらでいいんだけど、ちょっと教えて欲しいことが――」
「私のおやつタイムを邪魔する奴は誰であろうとデストロイですよ? 例外はありません」
「……悪かったよ」
エシャに、獲物を狙う狩人のような鋭い目で見られて、ハヤトは聞くのを諦めた。
(色々と疑問はあるけど、エシャはエシャだ。聞いたところで俺の好奇心を満たすだけ。それを根掘り葉掘り聞くのは無粋かな。それに邪魔したらなんか危なそう)
ハヤトは、エシャが食べている姿を見て、ふと気づく。そして料理スキルでコーヒーを作った。いつものように飲んでいた星五のコーヒーだ。この三日間は全く飲んでいない。それを思い出したのだ。
(このコーヒーともお別れか。気に入っていたんだけどな……)
なにか悩んでいた時にはいつも飲んでいたコーヒーだ。それが楽しめなくなるのはかなり寂しい。最後だと思い、味や香り、それに舌ざわりまでずっと覚えておこうとゆっくりとコーヒーを味わった。
ハヤトはコーヒーを飲みながら、エシャがチョコレートパフェを食べ終わるのを待つ。
ハヤトとエシャの間にはなんの言葉もない。ただ、ゆっくりと時間が流れる。
それは時間にして数分だっただろう。だが、ハヤトにはそれが長いような短すぎるような不思議で心地よい時間だった。
エシャが食べ終わったのを見て、ハヤトは尋ねる。
「味はどうだった?」
「いつも通り最高ですよ。幸せな味です」
「そっか」
たったそれだけの会話でハヤトは心が温かくなる。自分の作った物が誰かを幸せにする。それほど嬉しいことはない。
だが、これ以上、この場に留まれば、本当に現実へ戻れなくなる。後ろ髪を引かれる感じではあるが、ハヤトは深呼吸をしてから立ち上がった。
「それじゃもう行くよ。クランにあるお金は皆で分けて。あれだけあればエシャもしばらくは大丈夫だと思うから」
「……そうですか。ならそのお金で自分を雇いますかね。そうすれば、メイドギルドで食っちゃ寝できますから」
「追い出されると思うけどね。ああ、そうだ、クランリーダーをエシャに譲るよ。解散しちゃうとお金やアイテムを分けられないからね。色々なことが終わったら解散してくれていいから」
エシャが首を傾げる。
「ご主人様はここにお戻りになるんですよね?」
「……そのつもりではいるよ。でも、戻れない可能性が高いかな」
本当は戻れない。戻って来るという可能性を残すのは、この世界で生きるエシャ達に対して残酷なのかもしれない。でも、絶対に戻れないとは言えなかった。それにハヤトは、もしかしたら、という希望を捨てたくはない。
「なら、待ちますよ」
「え?」
「ここでご主人様の帰りを待ちます。皆さんはどうなのか分かりませんが、私だけはここでご主人様の帰りを待ちますよ。貰えるお金はご主人様が私を長期雇用したということにしておきます」
「エシャ……」
「お土産を期待してます。もちろん食べ物で」
ハヤトは涙が出そうになる。
仮想現実だと頭では分かっている。とはいえ、これほど絆を結べた人が現実にいるだろうか。自分の一方的な想いの可能性はあるだろう。エシャにとっては単なる便利な雇用主という程度の考えなのかもしれない。
たとえそうだとしてもハヤトには嬉しかった。
「エシャには現実で会いたかったよ」
ハヤトの口から本音が漏れた。言うつもりはなかったが、感極まって言ってしまったのだ。
ハヤトは慌てるが、エシャは首を傾げた。
「何で会いたかったといいました?」
「ああ、いや、何でもないよ。メイドギルドからエシャが来てくれてよかったって――チョコレートパフェを見て涎を垂らしていたのにね」
「どこかへ行く前にデストロイを食らっておきますか? いい経験になると思いますが」
いつものふざけた感じの会話。事情を知っているのはハヤトだけだが、こんな感じの別れの方が自分達には合っている。
ハヤトはそう思って笑顔になった。
「デストロイを食らいたくはないから、もう行くよ」
「はい、行ってらっしゃいませ、ご主人様。とっとと帰って来てくださいよ。チョコパフェがないと力が出ないので」
「善処するよ」
ハヤトはそう言って拠点を出た。
さすがに別れた後で自室に戻るのは格好が悪い。ログアウトは王都の宿で行おうと、王都へ向かって移動するのだった。
ログアウト後、現実のハヤトが目を覚ます。あれから王都の宿で何度も葛藤したが、最終的にはログアウトした。
そしてゆっくりとヘッドギアを外した。そして周囲を見る。
(ここは病院か? ネイが手配してくれたんだろうな。助かったけど、三日近く横になってたから体が痛い――いや、そんなことより確認しないと)
少しだけ痛みがある体を動かしながら、ハヤトはまたヘッドギアを身に着けた。そしてゲーム「アナザー・フロンティア・オンライン」を起動する。
目の前に現れたログインの文字。
ハヤトはログインを選択するが、すぐに認証エラーとなった。
(やっぱりダメか。分かってはいたけど、実際にダメなのを確認すると結構辛いな)
ハヤトは改めてヘッドギアを外し、ベッドに仰向けになった。
(喫茶店をやれる足がかりは得られたけど、もう皆には会えないんだな……)
ハヤトはそう考えながら、ベッドに備え付けてあるモニターからナースコールを選択するのだった。




