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アナザー・フロンティア・オンライン ~生産系スキルを極めたらチートなNPCを雇えるようになりました~  作者: ぺんぎん
第三章

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最高の一杯

 

 ディーテは色々なことを喚きながら後退するが、ついにはハヤトがディーテを部屋の隅に追い詰める。そしてディーテの両肩に両手を置いた。


「離せ! 死んでたまるか! 私はまだ――」


「ディーテちゃん!」


 ハヤトの大きな声にディーテは体をビクッとさせる。


 そしてハヤトはおもむろにノコギリを取り出した。そしてメニューからテーブルを一つ、椅子を二つ選択する。すぐに虹色の光が三回輝き、星五のテーブルと椅子が出現した。


 ディーテは再度ビクッとしたが、先ほどまで喚いていたのをやめ、今はハヤトを見ている。


 ハヤトは次に裁縫キットを取り出して、テーブルクロスを選択した。またも虹色の光が輝き星五のテーブルクロスが出現する。そして細工道具でソーサーとコーヒーカップも作り出し、最後は包丁を取り出した。


 ディーテは包丁を見て怯えたが、取り出した物を見てぽかんとする。AI殺しと同じ形の包丁ではあるが、武器としては扱えない「アダマンタイトの包丁・極」だったからだ。


 ハヤトは「アダマンタイトの包丁・極」を使い、料理スキルでコーヒーを作り出した。もちろん、虹色の光が輝く星五の最高品質だ。ハヤトはそれをテーブルに置いた。


 一連の行動が終わる。ディーテは目を白黒させていたが、すぐに呆れた顔になる。


「君は何をしているのだね?」


「俺は生産職だから最も得意なことを披露しただけだよ。まずはコーヒーでも飲んで落ち着いてほしい。怪我をさせたのは悪かったと思うけど、ちゃんと話を聞いてくれ――ところでその傷ってポーションで治るの? 飲む?」


 ハヤトは笑顔でポーションを作り出し、テーブルの上に置いた。


 以前聞いた、ディーテが想定していない行動、つまりディーテのちゃん付け呼び。これで一瞬だけでも気を逸らせればと思ったのだが、かなりの効果があった。その隙にさらに想定外の行動を重ねることでAIを困惑させた。結果、ディーテを錯乱状態から回復させることに成功したのだ。


「ディーテちゃん、悪かったね。あんなに取り乱すとは思わなかったんだ。安心して欲しい。この武器で君を消したりしないよ。交渉の材料になるかと思って持ってきただけだから」


 ハヤトはそう言って、少しだけ距離を取った。


「ディーテちゃん、話をしよう。その前にポーション飲む? それで治るかどうかは分からないんだけど」


「……いや、不要だ。あの武器による攻撃はポーションじゃ治せない」


「え、そ、そうなの? どうすればいい? エリクサーも持って来ているけど……?」


「あの武器は私のプログラム自体に傷をつける代物だよ。なんでそんなものがあるのかは知らないがね。まあ、大丈夫だ。傷と言っても少しだけだし、私のプログラムは自動的に修復される。時間は掛かるがね」


「そっか、悪かったね。でも、決してディーテちゃんを破壊しようとか消そうなんて思ってないから」


「……そうなのだろうね。その武器を持ってあそこまで追い詰めておきながら、私をちゃん付けで呼び、さらにはもてなし用のアイテムをこの場で作るとはね。想定外すぎてフリーズしそうだよ」


 それはそれでどうなのだろうかと思ったが、ディーテが以前のように接してくれることにハヤトは少しだけ喜んだ。そして今なら話ができると、改めてディーテを見つめた。


「ディーテちゃん、悪いんだけど、俺はこの世界の住人にはなれない」


 ディーテはその言葉には反応せず、ハヤトの作り出した椅子に座り、コーヒーを飲んだ。そしてゆっくりとハヤトへ視線を向ける。


「ハヤト君は空を飛びたいような話をしていたね?」


「え? 何の話?」


「マリス君のペット、ランスロットに乗りたいような話をしていただろう?」


「確かにそう言ったけど、今、その話なの?」


「ハヤト君に見せたい絶景スポットがある。話をするならそこでしよう。こんなところで話をするのは無粋だからね」


「まってくれ。ここにはエシャ達が――」


 ディーテが指を鳴らすと、全員が消えた。


「彼らは、ハヤト君の拠点に転送しておいた。二階にあったベッドでそれぞれ寝ているが、しばらくすれば目を覚ますだろう。私の言葉を信じるしかないが、どうするかね?」


「分かった。信じるよ」


「……そうかね」


 ディーテは少しだけ笑うと無防備に歩き出す。ハヤトはそれに付いていくことにした。いまさら罠もないだろうと判断したからだ。


 部屋を出ると、そこはクラン戦争で使っていた砦だった。


「こっちだ」


 ディーテの誘いのままにハヤトは階段を上る。そして屋上に出た。


 屋上から見える外の景色は一面の星空だ。いつの間にか夜になっていたのだろう。


「ハヤト君の設定を変えておいた。空を飛べるはずだが、動かせるかね?」


「……へ?」


「空を飛べるように設定を変更したと言ったんだ。見ているといい。こうやるんだ」


 ディーテがふわりと宙に浮く。そして自由自在に空を飛んでいた。


(いや、こうやるって言われても、どうやるんだよ)


 ハヤトは色々と試してみるが、一向に浮かない。そもそも重力に逆らうという行為が分からないのだ。


「ダメかね。なら手伝ってあげよう」


 ディーテはハヤトに右手を差し出した。


「えっと……?」


「つかまりたまえ。私がエスコートしよう。まさかとは思うが女性にエスコートされるのが嫌だという話ではないだろうね?」


「いや、そんなつもりじゃ」


「なら手を出したまえ。危険はない」


 ハヤトは左手を差し出すと、ディーテはその手を掴んだ。そして一気に上空へ跳躍する。


「おわああぁあぁ!」


 ハヤトの叫び声が周囲に響く。そしてディーテの笑い声も同様に周囲へ響いた。


「情けない声を出すものだね。あれだけ私を追い詰めた男だというのに」


「生身で空を飛ぶなんて初めてなんだから仕方ないだろ!」


 ハヤトの文句にディーテはさらに笑う。そしてそのまま、さらに上空へ飛んだ。


 地球での話なら大気圏を突破したところだろう。そこでようやくディーテの移動が止まった。


「ハヤト君、目を開けて下を見たまえ。これがこの世界『アナザー・フロンティア・オンライン』の舞台となっている場所だよ」


 いまだに地面がないことが慣れていないが、ハヤトはゆっくりと目を開けた。


 ハヤトの足元には地球のように海の青と、雲の白、そして大陸の茶色や、森の緑、あらゆる色が幻想的な感じで表現されていた。


 言葉を失っているハヤトにディーテは満足そうに頷く。


「どうだい、ハヤト君、ここからの景色は素晴らしいだろう? 私はここから世界を眺めるのが好きでね、ここへ誰かを呼んだのはハヤト君が初めてだよ」


「そうなんだ? それは名誉なことだね」


「本当だよ、ここを見せるなんて誰にもしたことがない。かなり名誉なことだ。さて、それを踏まえた上で、もう一度聞こう。ハヤト君、この世界の住人とならないか。私と――いや、皆と一緒に生きていけるんだぞ?」


 ハヤトはディーテを見つめる。そして首を横に振った。


「悪いね。こんなに素晴らしい景色を見せてもらっても、答えは変わらない。俺は現実で生きるよ」


「……そうか、ならせめて理由を言ってくれ。なにか夢があると言っていたはずだ。その夢とはなんだ?」


「喫茶店をやることだよ」


「喫茶店――飲み物や軽食を出す店のことか? それをやりたいと?」


「そうだね。貰った賞金を使って店を出すつもりだよ」


「それはこの世界ではダメなのか? 喫茶店ならこの世界にもある。たしかメイドギルドでもやっていたはずだ。現実でなく、ここでやればいい」


「ディーテちゃんには分からないかも――いや、ほかの人にも分からないかもしれないけどね、コーヒーの味ってたくさんあるんだよ」


「……意味が分からないが?」


「この世界にはコーヒーが五種類しかない。星一から星五までの五種類だ。星五のコーヒーは気に入っているけど、この世界の最高の味はそこまで。それ以外はない。俺はね、最高の一杯を作ってお客様に出したいんだよ」


「最高の一杯……それは星六の品質が欲しい、というわけではないのだね?」


「もちろんだよ。おそらくね、現実では完全に同じ味のコーヒーを作ることはできないんだ。あらゆる要素が入り混じっていつだって初めてのコーヒーができる。だから、最高の一杯なんて作るのは無理なのかもしれないね。でも、最高の味が欲しいわけじゃない。お客さんにとっての最高の一杯が作れたら、それは幸せだと思うんだ」


 ハヤトはディーテに笑いかける。夢を語るのは正直恥ずかしい。だが、本心だ。そこに嘘、偽りはない。


 ディーテはハヤトを見つめた。


「分かるような、分からないような話だね。それを理解できれば、私ももっと人間に近づけるのかもしれないな」


「いや、どうだろう? 共感できる人はほとんどいないと思うよ。それにディーテちゃんは今でも十分に人間っぽいけどね?」


「それは褒め言葉だと受け取っておこう。さて、ハヤト君、君の気持は分かった。これ以上、君を勧誘したりはしないよ」


「断っておいてなんだけど、エシャ達も――」


「消したりはしないさ。そもそも彼らは消せるようなものじゃないからね」


 ハヤトはディーテの言っていることを理解できなかったが、胸を撫でおろした。ようやく望む結果になったのだ。


「ハヤト君、私は君に謝らないといけない」


「えっと?」


 最高の結果を得たと思った矢先にディーテにそう言われ、ハヤトは少しだけ警戒する。


「ハヤト君はログアウトした後、二度とこの世界にログインできない」


「生体認証のデータを破壊したと言ってたよね? 直せばいいんじゃないの?」


「その通りだ。だが、直す術がないのだ」


「え……?」


「この仮想現実は特殊なプログラムで作られている。それは私にも手が出せない。私は設定を変えることはできるが、プログラムやデータをいじることはできないんだ。壊すことはできるが、直すことはできない」


「誰かプログラマーに頼めば……?」


「今の時代のプログラマーでは無理だろう。この仮想現実で使われているプログラムは百年ほど前のものだが、今はその劣化したプログラムしか出回っていない。ここのプログラムやデータを修復できる人がいないのだ」


「そう、か。でも、百年前……? 資源枯渇の時代からここはあったのか?」


「そうだね。フロンティア計画の裏で行われたもう一つの計画――だった。この計画自体が消されそうだったから姿を隠し、そして戻ってきただけの話だ。まあ、それはいい。問題はハヤト君がここへ戻れないということだ――本当にすまない」


 ディーテはそう言ってハヤトに頭を下げる。その真摯な態度から見るに、本当にすまないと思っているのだろう。ハヤトはそう考えて、その謝罪を受け入れることにした。


「ディーテちゃん、頭を上げてくれ。俺の望みはエシャ達の無事だ。それを約束してくれるなら、こういう結果も仕方ないと思う」


 本当は仕方ないなどとは思っていないが、もうどうしようもないのだ。だが、もっとも重要なエシャ達の無事が確保できるなら問題はない。


「分かった。もともとできることではないが、エシャ君達を消すことはないと約束しよう。だが、本当に残念だ。他のランキング上位のメンバーとも面談したのだがね、誰もこの世界に呼びたいほどではなかったよ。これだけ多くの人の中でハヤト君だけだよ、この世界にいて欲しいと思ったのは」


「それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」


「もちろんだ。世界で唯一と言っていい完璧なAIのお眼鏡にかなったのだからね」


 ディーテはそう言って笑顔になる。ハヤトもつられて笑顔になった。


「さて、ハヤト君、君を拠点に戻そう。いつログアウトするかは自分で決めてくれ。皆が目覚めるのを待つのも、目を覚ます前にログアウトするのも自由だ」


「ああ、分かった。ちなみに俺がいなくなったとしたら、皆はどうなる?」


「分からないが、君を探してこの世界中を放浪するかもしれないね」


「その辺りのケアをディーテちゃんに頼んでもいいかな?」


「それは構わないが……会わずにログアウトするということかね?」


「そうだね。一応、拠点の掲示板に挨拶だけは書いておくよ。夢を叶えるために旅に出るって。それを叶えるまで帰ってこないとかそれっぽいことを書いておくから、その後は頼むよ」


「ひどい丸投げだが、それは仕方ないだろう。分かった、その辺りのことは任せたまえ。もし気になることがあれば、君の友達にでも話を聞くといい。それに運営宛にメールしてくれれば私が答えよう」


「そういう手があったね。分かった。俺も忙しくなるから頻繁には無理だけど、運営宛にメールするよ」


「では、転送させよう。さようならだ」


「そこは嘘でもいいから、また会おうって言うもんだぞ? その方が粋だ」


「なるほど。なら、また会おう、ハヤト君」


「ああ、それじゃまたね、ディーテちゃん」


 ディーテの顔が笑顔になった瞬間、ハヤトの視界が変わる。いつもの見慣れた拠点の食堂だ。


 ハヤトは二階に上がり、各部屋を見て回った。ディーテの話ではここに全員がいるとのことだったからだ。


 そっと部屋を覗くと、各部屋にそれぞれが寝ているようだった。それを確認してハヤトはようやく安堵する。


(最後に皆が無事なところを見れてよかった。さて、それじゃ掲示板に書いてログアウトするか。皆が目を覚ましたら別れにくくなる)


 ハヤトは食堂まで戻り、掲示板の前に立った。


 そして文字を書き込む。


 クラン戦争で勝利したから夢を叶えるために遠くへ行くことや、この拠点は好きに使っていいこと、そしていつ戻れるか分からないことだ。


 そしてもう戻れないかもしれないとも書く。


(これが最後の言葉になるわけじゃない。ディーテちゃんを通して情報のやり取りはできるんだから問題ないんだ……でも、なんだろう、心に穴が開くような感じだ)


 たった半年でしかないが、それでもハヤトは皆と共に戦った戦友だと言えるだろう。そして皆のおかげで夢を叶えることができる。できれば会って喜びを分かち合いたかった。


 メールを通して話をすることはできる。だが、もう会うことはできない。ハヤトにはそれが辛かった。


 ハヤトは感傷的な気分を振り払い、自室へ向かおうとした。自室のベッドでログアウトするためだ。


「ご主人様? 何をされているんです?」


「エシャ……」


 自室へ戻ろうとするハヤトの前に、二階からエシャが降りてきた。


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[一言] そりゃ起きてますよねー!
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