最後のクラン戦争
最後のクラン戦争まで一週間を切った。
ハヤトは自室でクラン戦争の準備をしていたが、少しだけ休憩しようとコーヒーを飲み始める。味、匂い、最高の物だとは思っているが、これ以上はないのかな、と最近は少しだけ不満に似た欲求がある。
そこまで求めるのは強欲か、とハヤトは考えを切り替えることにした。
今回はアナウンスがあった通り、対戦相手は当日まで分からないのでその発表はない。対戦相手の情報を調べてくれるメイド長に今回は不要と伝えたが、レリックに会いたいがためにやってきた。
当然情報がないのですぐに帰ることになるのだが、一つだけ気になることを言っていた。
最近、各地で色々な動きがあるらしいとのことだ。明確に何がおかしい、とは言えず、普段を知っているからこそ違和感がある、という程度の情報だった。
実はハヤトもそれを感じている。
まずはアッシュ達。ドラゴンの動きが怪しいという話があって、最近は傭兵団の仕事が忙しいらしい。
レリックは盗賊ギルドへ足を運ぶことが多くなったが、そこでも違和感があったと言い、ミストやルナリアも魔国で少し魔物達がより活発になったと言っていた。
マリスはそういうことに疎そうではあるが、テイマーギルドも少し活発になっているような気がするとのことだった。
(どういう状況なのかは分からないけど、クラン戦争のイベントが終わるから次のイベントの準備に入っているのか?)
これまでもゲーム内でイベントがあるときは、その予兆的なものがあった、とハヤトは聞いている。基本的に拠点でアイテム作成をしていたハヤトは、外の状況は買い物の時くらいで良くは知らないのだ。ほとんどがネイからの情報になる。
その予兆についてディーテに聞けば分かることなのだろうが、ハヤトはそれをしなかった。すでに取り返しがつかないほど優遇されているが、可能な限り他のプレイヤーと条件は同じにしたいのだ。それにネタバレは面白くない。
また、ハヤトの目的は賞金を得ること。それが実現すれば、現実の方が忙しくなる。ゲームをやる頻度も下がる可能性が高い。次のイベントをしっかりやれる保証はないのだ。
いままではほぼ一日中ゲームの中にいるが、もし喫茶店をやるとすれば何日かに一回ログインできるくらいになるだろうと思っている。
このゲームは世界標準時間をベースに同じ時間で進む。ゲームだからと言って現実の一時間がゲーム内の一日、というような形にはなっていない。
ハヤトの住んでいる場所はその世界標準時間なので、現実の時間がそのままゲームの時間に反映されるのだ。
(もしかしたら夜しかログインできないってことになるかもな。クラン戦争が始まる前はそんな感じだったけど、NPCであるエシャ達は基本的に昼間の活動だ。中々会えなくなる可能性もあるんだな)
ハヤトは少しだけ寂しさを感じながらコーヒーを飲み干し、次のクラン戦争のための準備を再開するのだった。
クラン戦争当日。
メンバー全員が食堂に集まっていた。
これが最後の戦いなので全員の意気込みが大変なことになっていた。ランキング一位で終わるために必ず勝つ、というような意気込みだ。
アッシュがハヤトの方を見た。
「これが最後の戦いなんだ。ハヤトの方から一言欲しいな」
「そういう無茶振りは止めて欲しいんだけど」
だが、メンバー全員が期待をした目でハヤトを見ている。何かを言わないとダメだな、と諦めた。
「生産しかできない俺がここまで来れたのは皆のおかげだ。最後の戦いも俺に力を貸してほしい」
そう言ってハヤトは頭を下げた。
無難だろう。下手に上手いことを言ってすべるよりも遥かにいい、それがハヤトの評価――なのだが、皆にはかなり良い言葉だったらしい。テンションがかなり上がっているようだった。
「仕方ないですね。何もできないご主人様のためにしっかり戦ってみせますよ。祝勝会は最高の甘味をよろしくお願いしますね」
エシャがそう言うと、女性陣の視線がハヤトに集まる。そして自分の食べたいスイーツを言い始めた。
「それじゃ一応メモしておくから――」
ハヤトがそう言いかけた瞬間、視界が変わった。クラン戦争の砦に転送されたのだ。
(今日は早いな。確かにクラン戦争は朝十時から開始されるけど、一番ってことか?)
とりあえず屋上へでてバトルフィールドを確認しよう。ハヤトはそう思って皆をつれて階段を上がった。
屋上から見えるフィールドはまたも草原だった。何のギミックもない、普通の草原。ただ、少しだけ違和感がある。
一部だけガラスのようなものでフィールドが区切られているように見えるのだ。目を凝らすと、それは三×三の九マスでフィールドが区切られている。
フィールド全体は自陣、敵陣合わせて一キロ四方なので、大まかに三百メートル四方の空間が九つあるということになる。
「なんだこれ?」
ハヤトのつぶやきに答えられる人はいない。皆も不思議そうにそのフィールドを眺めているだけだった。
だが、一人だけ事情を知っていそうな人を思い出した。ハヤトはディーテを見た。
ディーテはハヤトの視線に気づいたが、何も言わず、うっすらと口元に笑みを浮かべただけだ。
(何を考えているんだ?)
ハヤトが小声でディーテに話を聞こうとした瞬間、カウントダウンが始まる。
(なんだ? 早すぎるだろう? まだ皆配置についてないぞ)
そのことにハヤト以外も慌てたが、もっと慌てる事態になる。カウントがゼロになったと同時に、砦の屋上からハヤトとディーテ以外が消えたのだ。
「え?」
ハヤトは慌てたが、すぐに胸を撫でおろす。いつの間にかフィールド上にエシャ達がいたのだ。消えたのではなく、フィールドに転移させられたのだ。それはこのフィールドのギミックなのだろうとハヤトは推測した。
安心するのもつかの間、よく考えたらこれはまずいと思いなおした。
フィールド上は九つに分かれている。その一つの空間には二人だけしかいないのだ。そしてこちらのメンバーと相手のメンバーが一人ずついるようだった。つまり一対一での戦いが強要されるのだ。
(エシャ達が負けるとは思わないけど、相手は――なんだ? メイド長? それに勇者? 何が起きてる?)
エシャの相手はメイド長だった。そして魔王ルナリアの相手は勇者イヴァン。
他のメンバーが対峙している相手をハヤトは知らないが、お互いが知っているようだった。
「親父……! なぜここに!」
「神のご意思というものだろ。まあ、そんなことはどうでもいい。どれくらい強くなったのか見てやる。掛かってこい」
(相手の声まで聞こえる――アッシュの相手は親父さんか? スーツをだらしなく着ているみたいだが、あれもドラゴン?)
「アグレス!」
「よう、レン、久しぶりだな。相変わらずブラコンか?」
(レンちゃんの相手は――アグレスって、もしかして暴龍アグレスベリオン?)
「私の相手は貴方ですか。なぜこれに参加を?」
「なーに、ちょっとした好奇心さ。それにチェス以外で勝負するのも悪くないだろう? 本気で来なよ? 顔の傷がもう一本増えたら嫌だろう?」
(初めて見るけど、チェスってことは盗賊ギルドのギルドマスターか? 女性だったのか)
「あの穴倉からよく貴方を連れ出せたものですね?」
「対価があればなんにでも応えるよ。それにミストの力がどんなものになったか知っておきたいからね。さあ、久しぶりに遊ぼうか?」
(ミストさんの相手は子供? 顔色が悪そうだからミストさんと同じように吸血鬼か?)
「あの時の悪徳テイマー! ここであったが百年目です!」
「動物が好きだからこそ心を鬼にして鍛えてあげてるのよ。それにペットはペット。対等ではないの――あなたも調教してあげるわ」
(マリスの相手、格好はピエロなんだけどテイマーなのか? それにランスロットの相手はドラゴン? あのピエロがテイムしたドラゴンみたいだ)
メンバーがそれぞれ因縁のありそうな相手と一対一で戦う。ガラスで区切られた空間は全部で九。真ん中以外の空間にそれぞれが配置された。そして真ん中の空間にはなぜかクランストーンが一つだけ存在している。
「どうだね、面白い趣向だろう?」
ディーテが心底楽しそうな声でハヤトに問いかけた。
「……あれは運営がやったのかな?」
「その通りだよ。まあ、相手は誰でも良かったんだが、因縁があった相手との方が楽しいだろうと思ったからね。皆は一対一で戦い、より多く勝利した方がクラン戦争で勝ちとなる。真ん中に無色のクランストーンが見えるだろう? お互いが相手を倒すたびに青か赤に染まっていくという仕掛けだ。ハヤト君の場合は青だね。あれが半分以上青に染まれば勝ちだよ。つまり五人以上勝てばクラン戦争で勝利したということになる」
「なんでそんな真似を?」
ギミックとして面白いかどうかは別として、こんなことをする意味が分からない。そもそも、ハヤトとディーテはあの場にいない。相手も同数しかおらず、二人が余っているのだ。
「会わせたいAIがいると言ったろう? 皆が強かったとしてもあの相手ではそう簡単には勝てない。簡単に言えば時間稼ぎと言ったところかな?」
「時間稼ぎ?」
「そう。これから会わせる人にはハヤト君一人で会って貰いたい。誰かに邪魔をされたくないのだよ。ああ、そうそう。今は音声チャットもできないようになっているから応援もできないよ。さて、ハヤト君、私についてきたまえ」
ディーテはそういうと、砦の屋上から階段を下りていった。
ハヤトは一度だけ、フィールドを見る。すでに戦いが始まっているようだが、なぜかエシャと目が合った気がした。フィールド上からこちらを見ていたのだ。
だが、直後にメイド長の攻撃があり、それを躱した。もうこちらに構っている余裕はなさそうだった。
(何が起きているのか分からないけど、このままにしていても意味がない。まずは会わせたいAIとやらに会うしかないな)
ハヤトは一度だけ心の中で皆に応援をしてから、階段を下りたのだった。




