アフロディテ
ディーテが運営と繋がっているNPCだと告白してから一週間が過ぎた。
ハヤトはディーテが距離を取るような行為をするかと思っていたのだが、そんなことはなかった。翌日からも普通に拠点へとやってきたのだ。
そしてディーテはまたも絶景スポットへ連れて行って欲しいと依頼してきた。ディーテからすると前回までに行った場所では全く足りないようで、引き続きハヤトを連れて色々な場所を巡ったのだ。
この一週間、アッシュ達を護衛にして色々な場所へ向かったが、ディーテに不審な行動はない。むしろ普通でいることがハヤトの気持ちを不安にさせていたが、ディーテの方は全く気にしていないようだった。
そして今日もディーテがやってきた。
「さて、ハヤト君、今日はどこへ向かおうか? この中から選んでくれたまえ」
ディーテは地図を広げた。ところどころに赤い丸が付いているので、そこが絶景スポットなのだろう。
楽しそうにしているディーテに、何を企んでいる、とは聞けない。結局は次のクラン戦争のときに会わせたいというAIに会うしかないと、ハヤトは色々と諦めた。そもそもこの一週間、ずっと警戒していたので疲れてしまったのだ。
「えっと、この中でアダマンタイトが掘れそうな場所ってあるかな?」
「なぜだね?」
「ルナリアさんが勇者のエクスカリバーを折ったことは話したよね? その剣が折れたままみたいだからルナリアさんが直してあげたいって言ってるんだ。その材料集めだね。この中にないなら前行った場所へ行くしかないんだけど」
「そういうことか。となると――ここだな。《暗黒洞》と呼ばれる一切の光が届かない場所だ。魔国にある広大な森の中心にあるので移動するのに時間は掛かるが、間違いなくアダマンタイトが掘れる」
「そんな場所があるんだ? そこが何で絶景スポットなのかは知らないけど行ってみよう――そうだ、今回アッシュ達は行けない。本業のドラゴン狩りが滞っているみたいでね、それに強硬派のドラゴン達の動きが怪しいらしいんだ」
「つまり護衛はマリス君とランスロットだけかね? さすがにそれは厳しいと思うのだが」
「今回はルナリアさんが護衛をしてくれることになってるよ。もともとルナリアさんの依頼だし、行く場所も魔国の領地らしいしちょうどよかったかもね」
「魔王が護衛とはずいぶんと贅沢な話だね」
ディーテはそう言って笑う。ハヤトにはそのディーテがどこにでもいるような普通の女性に見えた。
(運営と繋がっているNPC……なんだけど、普段の行動に関してはどこにでもいる普通のNPCだ。そもそも俺の方からクランに入って欲しいと頼んだわけだが、どういう考えで入ってくれたんだろう? それにこのゲームの世界をどう思っているんだろうか?)
ここが仮想現実と知っているNPCがいる。そして運営と繋がっている。なのに制限もなくゲーム内のNPCとして存在している。AI保護という仕組みがあるゲームだが、ディーテはそれに関して全く関係ないと言わんばかりなのだ。
ハヤトには、ディーテがどういう設定で存在しているのか分からなかった。ディーテを見ていると普通にこの仮想現実を楽しんでいるだけのように見える。
(そもそもAIで動いているということ自体が嘘なのかもしれないな……)
ハヤトはそう考えながら、準備を進めるのだった。
広大な森の中でハヤト、マリス、ディーテ、ルナリア、そしてランスロットは休憩をしていた。
仮想現実で疲れるということはない。襲ってくるモンスターを倒しながら「暗黒洞」を目指していたが、少々精神的な問題があったので休むことにしたのだ。
理由は簡単。巨大なクモが現れてハヤトの気分が悪くなってしまったのだ。だが、それは仕方がなかったかもしれない。小さなクモならともかく、リアルな上に巨大すぎて血の気が引いたのだ。
情けないとは思いつつも、まったく平気そうにしている三人には逆に呆れる。
「君らは平気なの?」
「可愛いと思うんですけどね?」
「マリスは目が悪いのかな?」
「足が八本なら許容範囲。この魔剣アロンダイトのサビにする。でも、巨大ムカデがでたら逃げる。あれは魔王」
「まあ、俺もムカデとかは苦手だけど――というか魔王は君だよね?」
たとえ仮想現実だとしてもリアルすぎて怖い。巨大なムカデだったらおそらく失神していた可能性が高いだろう。
ふと、ハヤトはディーテが気になった。基本的にディーテが驚くようなことはない。ほかのAIに比べてよりAIらしいと言えるので逆に興味がわいた。
「ディーテちゃんは何か苦手な物があるのかな?」
「苦手? いや、特にはないね。クモだろうがムカデだろうが特に何とも思わない。マリス君のように可愛いとも思わないが」
「怖い物とか嫌いな物とかそういう物もないの?」
なぜかルナリアが勢いよく右手を上げる。
「私はお化けが怖い」
「俺の記憶が正しければ、ルナリアさんは魔王だったよね?」
「うん、年中無休で魔王をやってる。あ、そうだ、サインいる? 皆に言われてすごく練習したから得意」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないから。魔王のくせにお化けが怖いのかよって皮肉で――いや、いらないからサイン色紙を押し付けないで」
(捨てられないアイテムを押し付けられた……)
対人恐怖症の設定が迷子になっている感じではあるが、一度気を許すと平気なタイプなのだろう。よく話すようになったのは良い傾向ではあるのだが、口を開くたびに魔王の残念度が上がっていく。すでに今日はストップ高だ。
その雰囲気を感じたわけではないだろうが、状況を打破するようにディーテが口を開いた。
「物とは違うが想定外のことが嫌いというか苦手といえるかな。少しだけ思考が止まってしまうのだよ。ハヤト君にディーテちゃんと言われたときとか、すこし動きが止まってしまったね」
「へぇ、そんなことで」
(想定外、か。それもAIっぽいね)
「ハヤトさん! 私のことをマリスちゃんと呼んでもいいんですよ!」
「マリスは店に来たとき、マリスでいいって言ったでしょ?」
「私はルナリアちゃんを推奨。むしろ必須」
「やったのは勇者だけど、拠点であれだけ迷惑を掛けておいてちゃん付けされると思わないで――さてそろそろ大丈夫かな、それじゃ行こうか」
ハヤト達はすこしだけ肩を落としたマリスとルナリアを先頭にして暗黒洞へ向かうのだった。
「それでアダマンタイトは掘れたんですか?」
「そうだね、無事に必要な量を掘り出せたよ。あれはルナリアさんが責任を持って勇者に渡すって言ってたからそのままお願いしたよ」
ハヤトは拠点であるレンガの砦に戻ってきた。そしてエシャに色々と説明をしているところだ。
暗黒洞での採掘に関しては、ハヤトとディーテでそれなりの時間を掛けてアダマンタイトを掘り出すことができた。
(今回の採掘でディーテちゃんがチートと言うか、かなり問題のあるキャラであることが分かった。スキルをその場で調整できるってなんだよ。プレイヤーを馬鹿にしてるのかっていうほどの能力だよな。まあ、運営のキャラと言ってもいいわけだから当然と言えば当然なんだけど)
ディーテはスキルを好きに変更できるということが分かった。スキル合計の制限が1000であるのは他と同じだが、全てのスキルの数値を自由に変更できるとのことだ。
鉱石知識スキルが100であったり、格闘スキルが100であったりしたのも、その場で数値をいじっただけだという。当然、STRやDEXなどのステータスも変更できるとのことだった。
(問題は俺がそういうNPCをクランに入れたってことなんだよな。ディーテちゃんは俺が言わない限り絶対にバレないとか言ってたけど本当かね)
ハヤトはこのゲーム「アナザー・フロンティア・オンライン」には一万人規模の人が関わっていると睨んでいる。それは開発や保守、運用などを含めての人数だ。
それだけ多くの人が関わっていてどこからも情報が漏れないと言うことはあり得るのだろうか。罪の意識、情報のリーク、人為的なミス――情報が漏れる可能性は絶対にある。それなのにディーテは絶対にないと言った。
それはハヤトにとってあり得ないという感想なのだ。
(ただ、このゲームが公開されたとき、他の開発会社やゲーム運営会社もあり得ないって言ったらしい。噂だけどあらゆる国がゲームの開発会社を探したとかいう話もあった。いまだに情報を求めているニュースを見る限り、それは分かっていないはずだ。そもそも運営会社である「アフロディテ」すら、どこにあるのか分かっていないという話もある。今更だけど謎だらけのゲームなんだよな)
この「アナザー・フロンティア・オンライン」は、現在の水準から考えても何世代か先を行っている技術なのだ。当然、正攻法以外の方法でその技術を盗もうとしていたところがある。
だが、その方法を取った相手は逆に情報を晒されてしまい、手痛いしっぺ返しを食らうのだ。ゲーム開始当初はそういうニュースが世間を賑わせていた。
また、ゲームをするためのヘッドギアに関しては解析が不可能。解析しようものなら、全ての情報を削除するという徹底ぶりだった。
(ゲームの技術からセキュリティまで完璧と言えるほどのものが、どこに会社があるのか分からないって言うのも不思議な話だな。そこで働いているって人の話も聞かない。いくら守秘義務があったとしても完全に隠すのは無理だと思うんだけど)
ハヤトがそこまで考えたところで、急にエシャが顔を覗き込んできた。
「うお! な、なに?」
「なに、じゃありませんよ。邪魔ですから自室にお戻りください。なんでここで考え込んでいるんですか。サボれないじゃないですか」
「雇い主の前でサボるとか言わないでくれない?」
「正直なことが私の良いところですので」
「……見ていないところでサボるのは悪いところだよ?」
「ならプラマイゼロですね」
口では敵わない。ハヤトは少しだけ溜息をついてから、自室に戻るのだった。




