神の使い
ランキング一位とのクラン戦争が終わった翌日、ハヤトは拠点で何度もポイント計算をしていた。
一位のクランに勝ったことで大量のポイントが手に入り、現在はランキング一位なのだ。とはいえ、クラン戦争はあと一回残っている。ハヤトとしては一位である必要はない。賞金の貰える五位以内であればいいのだ。
ハヤトは現在のポイントと、二位以下のポイント、そして次のクラン戦争でどれくらいの変動がありそうかを予測しながらポイントを計算している。
そして絶対ではないが、ある程度は状況が判明した。
それは次のクラン戦争に負けたとしても五位よりも下に行くことはないということだ。つまり今の時点で賞金を得られる可能性が高い。得られない可能性があるとすれば、ランキングの低いクランと戦い、ジャイアントキリングのルールでポイントをそっくり交換されてしまうことだけだろう。
その事実にハヤトは大きく息を吐いた後、喜びをかみしめた。
この時点でランキングの低いクランと戦う理由はない。ランダムマッチは同ランクとの戦いしかマッチングされないので、その心配もないのだ。
(黒龍を追い出されたときはどうなるかと思ったけど、まさか本当に賞金を得られるとはね)
ハヤトは自分の夢のために賞金を目指していた。それは仕事を辞めてまでだ。普通ならそんな真似はしないだろう。だが、自分の生き方に疑問を持っていたハヤトは、ある程度の生活費だけでこのゲームに賭けたのだ。
本当に賞金を得られるかどうかは運でしかない。だが、ハヤトはそれを見事につかみ取った。そしてそれを実現できたのは間違いなくNPC達や黒龍のメンバーのおかげだろう。
(エシャ達にも、それにネイ達にも感謝しないとな)
ハヤトはそう考えて、今夜の祝勝会の準備を開始するのだった。
その日、珍しく運営からのアナウンスがあった。
次のクラン戦争では全クランが同ランクとのランダムマッチとなり、対戦相手も対戦するまで分からないという内容だ。一部のプレイヤーからは反感もあったようだが、ハヤトとしては問題のない内容と言ってもいいだろう。
むしろ、ランキング一位は他のクランから戦って欲しいと言われる可能性があるので、ありがたいルールだと言ってもいい。
(ジャイアントキリングによる八百長防止のためね? 五位以内のクランがわざと低ランクのクランに負けるとは思わないけど、賞金が賞金だ。現実世界で脅されて仕方なく、ということもあるだろうし)
ブラッドナイツの時のような脅しの経験もあるのでハヤトはそう判断した。
(とはいえ、俺としては助かった。最後の戦いの前にランキング一位なんて運が良すぎる――というか、運が良すぎないか?)
あまりにもハヤトの都合のいいようになっていると言ってもいいだろう。運営がハヤトのために介入していると言ってもいいほどなのだ。とくに前々回と前回の戦いでランキング一位と三位がマッチングするというのはあまりにも偶然がすぎる。
ただ、マッチングはともかく、戦いに関して八百長はない。NPCがクランのメンバーであるが、相手チームもこちらを全力で倒しにきていた。そこには何も介入できなかったはずだとハヤトは思っている。
(もし介入していたとして、それがバレたらどうなるのかね。賞金も取り消しか……それは困るんだけどな)
運営が一部のプレイヤーを優遇していた。それは炎上案件だろう。それだけではなく、このゲームでは賞金が出るのだ。ハヤトは詳しくないが、不正があれば何らかの法律を犯している可能性もある。
(勘でしかないんだけど、今日、ディーテちゃんと話してみるか。運営とつながりがあるならディーテちゃんだと思う)
ハヤトにはその確信があった。初めて会った時の違和感がようやく分かったのだ。祝勝会が終わったらディーテと二人きりで話をしてみようと決意するのだった。
祝勝会は大いに盛り上がっている。ランキング一位を倒したことが影響しているのだろう。誰もが料理や歓談を楽しんでいた。
「レン様、バケツプリンをアイテムバッグに入れるのはルール違反です。テーブルの上に戻してください。一人一個ですよ」
「そういうエシャさんだってケーキをホールごとアイテムバッグに入れてたじゃないですか!」
「まあまあ、二人ともうちのジークフリート達を見て落ち着いてください――あの、ルナリアさん、うちの子をアイテムバッグに入れようとしてません?」
「……気のせい。でも、魔王はお姫様をさらうのが定番。なにがあってもそれは自然の摂理」
「君達を見ていると本当に面白いね。なかなか興味深いよ」
「最近、ドラゴン達の動向がおかしいって話をよく聞くんだが、レリックやミストは何か知らないか?」
「バトラーギルドや盗賊ギルドでそういう話を聞いてはおりますが、具体的なことは何も分かっていないようですね」
「魔国ではそういう話を聞いていませんね。魔国にいるのは冥龍くらいですが、大人しいものですよ」
歓談以外にも色々と話をしているようだが、概ね好評のようだ。
そんな中、ディーテがハヤトへ近づいた。
「ハヤト君、私になにか用かな? 先ほどから視線を感じるのだが」
「女性に対して失礼だったね。実は少し話したいことがあるんだ。祝勝会が終わったらちょっとだけ時間をくれないかな?」
「まさか愛の告白とかではないだろうね?」
「エシャじゃあるまいし、そういうことは言わないで――もしかしたら察しがついているんじゃないの?」
ディーテの顔が悪だくみをしているような顔になる。
「そうかね。それは楽しみだ。もちろん構わないよ。ハヤト君のためならいくらでも時間を割こうじゃないか」
「だからそういうことを言わないで――ほら、レンちゃんがこっちを狩人みたいな目で見てるから」
エシャ、レン、マリス、ルナリアの四人が、ケーキを食べながらハヤト達を見ていた。
「あのお二人は怪しいと思いますが、エシャさんはどう思いますか!?」
「ご主人様の隣にアッシュ様がいればお似合いだと思います」
「ハヤトさんにはヤギとかロバが似合いそうですよね!」
「このケーキ美味しい」
(聞こえてるぞ、お前ら)
ハヤトはそう思いながら、食べつくされつつある料理を新たに用意するのだった。
祝勝会が終わり、食堂にはハヤトとディーテが残った。
ハヤトはディーテに椅子へ座るように促し、目の前にはコーヒーを置く。
「ありがとう。それで話とは何かな?」
どう切り出すか迷ったが、ハヤトは遠回しなことはやめて、ストレートに聞くことにした。
「ディーテちゃんはこのゲームの運営と繋がっているのかい?」
おそらく「ゲームの運営」という言葉はAI保護でNPCには聞こえない可能性が高い。本当に聞こえないのか、それとも聞こえない振りをするのか、それを見極めるためにハヤトはディーテを注視した。
だが、そんなことは必要なかった。ディーテは笑顔で白状したのだ。
「ばれていたようだね。その通りだよ。私はこのゲームの運営、つまり神と繋がっている」
それの何が悪いのか、そんな態度でディーテはコーヒーをゆっくりと飲んだ。その後、ハヤトを見つめる。
「ところで、どこでそれに気づいたのかな? ずいぶんと確信を持って聞いたようだが」
「初めて会った時に、ディーテちゃんは五位以内を目指してほしいと言っていた。あれは現実で得られる賞金のランキングだ。ゲームの住人ならそんなことは言えない。適当に言ったのかもしれないけど、それが引っかかってた。気づいたのは最近だけど」
「なるほど、うっかりしていたよ。確かにその通りだね。五位以内は現実で賞金が得られるランキングのことだった。現実を知らなければ言えないことだったね」
「ディーテちゃんはNPC、つまりAIなのか? それとも誰かが操作している?」
「私はAIだよ。それは間違いない。質問はそれだけかな?」
「気になっていることがある。運営と繋がっているNPCが特定のプレイヤーに肩入れしてもいいのかい? バレたら大変なことになると思うけど?」
「大変なこととは?」
「最悪の状況はネットでそれを晒されて炎上、そしてサービスの終了に追い込まれる、かな」
ハヤトとしてはその上で賞金が得られないということも大変なことではあるが、サービスが終了してエシャ達に会えなくなることの方がより大変なことだと思っている。
二度と会えない、それは死と同じだからだ。
ハヤトの心配をよそに、ディーテは余裕の笑みだ。
「安心したまえ、その程度でサービスの終了はない。それにバレるようなこともないよ。ハヤト君がネットに投稿したとしても、それを信じる人がいるかね? それに問題のある情報はすぐに消す。だいたい、その程度のことでこの世界を非難するならやらなくていい。はっきり言ってそういうプレイヤーはこちらからお断りだ」
「ずいぶんと強気だね。でも、プレイヤーが減ったらゲームを維持するのが難しいんじゃないの? どれくらいの人が関わっているかは知らないけど、その人達のお給料やサーバーの維持費が必要だと思うけど」
サーバーとは簡単に言うとゲームを提供している側のコンピュータだ。プレイヤーはこのサーバーにネットを通じて接続してゲームを遊んでいることになる。
五感をリアルに再現して、多くの高性能AIを扱っているサーバーともなれば、相当な性能のサーバーが必要になるだろう。それも現存するコンピュータの性能ではサーバーが一つでは無理だ。何百台ものサーバーを使用して実現している可能性が高い。それに比例して、サーバーを維持するお金もかかる。
プレイヤーがいなくなればお金を得ることができず、運営に関わる人の給料やサーバー維持費を払えなくなり、最終的にはサービスを終了しなくてはいけなくなるのだ。
「そんなことはないよ。このゲームはプレイヤーの課金で成り立っているわけではないからね」
「……え?」
「聞こえなかったかな? このゲームはプレイヤーの課金で成り立っているわけではない。仮にプレイヤーがいなくなっても、サービスが終了することはないよ」
「そんな馬鹿な」
ハヤトは思ったことをそのまま口に出してしまった。どういう形で成り立っているか考えてみるが思いつかない。何かの研究のために作られた、もしくはどこかの国家プロジェクト、つまり税金で成り立っているのだろうかと思った程度だ。
「さて、ハヤト君、こちらからも言いたいことがあるんだが」
「え、ああ、なに?」
「ハヤト君に会わせたい人がいる。いや、人というよりもAIだね。次のクラン戦争でそのAIに会わせるつもりだ。今はまだ準備が整っていないから無理だがね」
「……会って何を?」
「話をするだけだよ。ハヤト君、君は次のクラン戦争で負けたとしてもランキングは五位以内になる。それは私が保証しよう。つまり、君は資格を得た」
「資格を得た?」
「正しい答えを出せれば、君には素晴らしい世界が待っている。楽しみにしておいてくれたまえ」
「何を言って――」
「ずいぶんと長居してしまったようだ。今日はこの辺で帰らせてもらおう。コーヒー、美味しかったよ」
ディーテはそう言って、拠点を出て行った。
引き留めるべきだったのかもしれないが、ハヤトはそれをしなかった。詳しく聞いたとしても答えないと思ったからだ。
ハヤトは椅子の背もたれに体を預ける。そしてもう一杯コーヒーを飲もうとした。
「ようやくお帰りになりましたか」
「エシャ!?」
いきなり外からエシャが食堂へ入ってきた。ハヤトはそれに驚く。
「えっと、どうかしたの?」
「ええ、また星四の料理を頂こうかと思いまして待っておりました。ディーテ様がなかなか帰らないのでベルゼーブを持って突撃しようと思っていたところです。ディーテ様は命拾いしましたね」
「銃を持っているのはそういう理由なんだ? 待ってて、星四の料理を持ってくるから」
「星五でもいいですよ?」
「それはエシャ達が全部食べたでしょ? でも、残っていたらそれも持ってくるよ」
ハヤトは、ディーテの言葉に漠然とした不安を感じていたが、いつも通りのエシャに少しだけ救われた気がしている。そのお礼ではないが、できるだけ星五の料理も渡してあげようと思うのだった。




