呪いの装備
相手クランで残っているのは、蛮族、遠距離攻撃系が三人、支援系が二人、回復役が一人、そして黒装束が一人だ。
黒装束は敵陣でレリックが相手をしている。そして近くにはマリスを倒した蛮族がいる。危険な位置と言っていいだろう。だが、二人でレリックを倒そうとはしなかった。蛮族の男はすぐに拠点の方へ戻ったのだ。
マリスがランスロットにクランストーンの破壊を命じたからだ。放っておけばクランストーンを破壊されてクラン戦争に負ける。マリスがそれを狙ったかどうかは不明だが、少なくともレリックが二対一の戦いになることはなかった。
前衛を二人倒したことで、相手の中衛と後衛が手薄だ。ミストが拠点まで戻ってしまったが、アッシュ、ルナリアの二人がフリーとなっている。
アッシュ達はすぐに中衛の三人に襲い掛かった。
「では私も行ってきましょうか。今がチャンスのようですからね」
「よろしくお願いします」
ミストはハヤトにニヤリと笑うと、大きなコウモリに変身して砦から飛び立った。
到着まで時間が掛かるだろうが、アッシュ、ルナリアと合流すればかなりの戦力になるだろう。
中衛の三人は後退をしながらアッシュ達に弓や魔法で攻撃をしている。攻撃というよりも足止めだ。
矢で相手の影を撃ち抜き一時的に動けなくする「シャドウバインド」や、薔薇のつるが相手に絡みつく「ローズソーン」などを使いながら距離を取っているのだ。
だが、その足止めはあまり効果がない。ディーテが神聖魔法ですぐに解除してしまうからだ。
意味がないと悟ったのか、あるいはミストが合流してくるのを見て危険だと感じたのか、中衛三人のうち二人は攻撃を放棄して砦の方へ走った。いつの間にか装備が全て変わっており、移動速度が上がっている。
そして残った一人は禍々しい黒い鎧に装備が変わり、地面に黒い円状のものが広がった。それに触れたアッシュとルナリアは急に動きが鈍くなる。
「え? あれ何?」
「良くは分かりませんが、移動速度を下げる何かが展開されているようですね。一人を犠牲にして二人を逃がしましたか」
エシャの回答にハヤトが、なるほど、と感心する。その直後、レンがかなり興奮した声を出した。
「の、呪いの鎧ですよ! 自分は動けなくなりますけど、周囲に移動速度を下げるフィールドを展開するんです! ものすごくレア装備! 欲しい!」
「呪いのレア装備なんてあるのか」
「ハヤトさん、奪いましょう! ドラゴンカースを当てれば装備が外れるかもしれません! レリックさんに盗んでもらいましょう!」
「……いや、レリックさんにはそんな余裕がなさそうだから諦めて」
呪いの装備は鍛冶スキルで作れない。確かにレア装備を奪うというのも作戦としてはありだが、そこまでの余裕はないだろう。
そもそも中衛二人と、後衛三人が後退してレリックと黒装束が戦っている場所に近づいているのだ。
「いえ、それは良い案かもしれません。私ではこの黒装束相手に勝つのは厳しいようです。呪いの装備をしている方へ縮地を使って退避します。ついでに奪いましょう」
(そっか、縮地は逃げるときにも使えるんだな。万能すぎて怖いね)
「ええと、そういうことならお願いします」
「やった! 貰いますよ! うひひひ……!」
レンはそう言って移動速度の落ちる黒いフィールドに足を踏み入れた。ドラゴンカースの有効範囲外であったため、届く範囲まで移動しようとしたのだ。
「待ちたまえ」
ディーテは中に入ったレンの首元を鷲掴みにして黒いフィールドの外へ放りだした。そしてすぐにアッシュとルナリアに回復魔法をかける。
「え、えっと?」
「余計な欲は出すものじゃない」
直後にレリックが呪いの鎧を着た相手の前に瞬間移動してくる。レリックは装備を盗む準備が整っていないことに不思議そうな顔をするが、何かに気づいたのか、後退しようとした。
ディーテはそのレリックにダメージを10%カットする魔法「プロテクション」と回復魔法を放った。
「ギリギリ耐えられるはずだ」
ディーテがそう言った直後、相手を中心に爆発があった。移動速度を低下させるフィールドと同じだけの範囲でダメージを与えたのだ。
(自爆か!?)
ハヤトも使ったことがある自爆してダメージを与えるアイテム。相手の防御力に影響されるが、自分のHPとほぼ同じダメージを与えることができるほどの威力だ。
レリック、アッシュ、ルナリアの三人が巻き込まれたが、三人ともHPや装備、ディーテの魔法により倒されることはなかった。ただ、防御力が低いレリックだけは瀕死だ。ギリギリ耐えた、と言ったところだろう。
もし、レンが巻き込まれていたら助からなかった。レンはディーテのおかげで助かったのだ。それに気づいたのか、レンはしりもちをついて驚いている。
「あわわわ……」
「レン君、気を抜くな。ランスロットも倒れたようだから、あの蛮族が来ると思ったほうがいい。アッシュ君達はポーションを飲んでおきたまえ。私の回復では間に合わん」
ディーテはアッシュ達に回復魔法をかけながらそう伝える。
そしてハヤトは敵のクランストーン付近に目を向ける。ディーテが言った通り、ランスロットがちょうど黒い粒子となっていることを確認した。相手のクランストーンにもHP設定があるが、それが半分ほど減っているようだった。
その直後、ディーテの予測通りにレンの前に蛮族の男が現れた。そして斧を振りかぶる。
「ひゃ!」
「一瞬しか止められんぞ」
ディーテが素手の状態になり、ウェポンスキルの「ローキック」を放った。その攻撃で蛮族の動きを止める。
「レン様、ディーテ様、自陣まで後退してください。援護します。ミスト様はレン様の護衛を」
エシャが砦の屋上でベルゼーブのスコープを覗きながらそう言った。
「分かった。一旦引こう。行くぞ、レン君」
「私が時間を稼ぎますのでその間に」
そして前線に到着したミストがコウモリの姿のまま蛮族男に襲い掛かる。
目まぐるしく動く状況にハヤトは少し混乱していた。
相手の戦術もそうだが装備の切り替えや攻撃の仕方、そのすべてが洗練されているのだ。それはリーダーの蛮族男だけではなく、全員が似たような形で対応している。
(まさか自爆まで使ってくるとはね。でも、あれって、縮地、呪い装備、自爆のコンボでほぼ後衛を倒せるんじゃないか? そもそも呪いのレアアイテムや自爆アイテムを簡単には用意できないんだけど、それができるならえげつないぞ)
呪いの装備に関しては不明だが、自爆アイテムのことならよく知っている。あれはそう簡単に用意できる物ではない。かなりのレアアイテムを使わないと作れないのだ。
(自爆アイテムを全員が持っているとは思わないけど、持っていると仮定したほうがいいのか? でも、持っていたとしても対処ができないよな)
「ハヤト! ポーションが切れた! 立て直すために砦に戻るぞ!」
「分かった。自陣まで戻ればエシャが援護してくれる。急いで戻ってくれ」
敵の中衛二人と後衛三人が退却している。相手を三人も倒しているので一気に畳みかけたいところだが、思いのほか抵抗が激しい。一旦引くのは間違いではないだろうとハヤトは考えた。
(仕切り直しだな)
ハヤトはそう考えながら、全員の退却を待った。




