攻防
「アッシュの護衛を!」
ハヤトはミストとルナリアの二人にそう言ったつもりだ。だが、アッシュの攻撃に巻き込まれないように後退していた二人はすぐにはアッシュの元へ行けない。
まずい、と思った瞬間、すぐ隣で小さな音が聞こえた。それが、ハヤトの耳に何度も聞こえる。
いつの間にかエシャがベルゼーブを構えており、蛮族の男を攻撃していたのだ。「クリティカルショット」や「デストロイ」ではなく、普通の通常攻撃。ダメージは低いが、牽制にはもってこいの攻撃だと言えるだろう。
致命的なダメージになっていないが、相手はその攻撃を嫌がった。次の瞬間には斧が消え、巨大な盾を手にしている。それでエシャの攻撃を弾いていた。
「この攻撃じゃあの盾は撃ち抜けませんね。ですが、耐久力くらいは減らしておきますか。壊れるかもしれませんので」
エシャはそう言うと、手すりに左足をかけて、改めてベルゼーブを構える。そして、同じテンポで何回も銃を撃った。
「ご主人様、メロンジュースを大量に用意してください。手持ちじゃ足りませんから」
「あ、ああ、分かった。倉庫から持ってくるよ」
エシャの攻撃は普通の攻撃でもMPを消費する。十回も攻撃すればMPは枯渇だ。そうならないようにMPを回復させながら攻撃する必要がある。
ハヤトは倉庫へ行ってメロンジュースを大量に持ってきて、それをエシャに渡した。
「ミスト様やルナリア様がアッシュ様に駆け寄れました。それにマリス様も。少しは余裕ができましたね」
エシャはそう言ってから、メロンジュースを飲み始めた。
その言葉にハヤトは少しだけ安心する。
アッシュがやられたりしたらクラン戦争に勝つことが難しくなる。あのまま簡単にアッシュが倒されるとは思っていないが、それでもいつもと違う状況にかなり心配になった。
「さすがはランキング一位ですね。初見でアッシュ様を止めるとか。それともどこからか情報が漏れているんですかね?」
「不穏なことを言わないでよ。でも、とりあえず、危険は去ったかな? アッシュも持ち直して――人型に戻った?」
「MP切れ、ですかね。クラン戦争でドラゴンに変身すると、MPが徐々に減るとか言ってましたので」
「そんなことを言ってたね。まあ、アッシュは人型でもかなり強いから大丈夫かな」
「それはちょっと甘すぎかもしれませんね。残りの二人も追い付いてきましたし、向こうの中衛も戦闘態勢に入ってます。しかも後方では踊りや歌でバフ効果を前衛に与えています。これはアッシュ様達でも危険かもしれませんよ」
ハヤトは相手のメンバーを見る。
蛮族を含めた三人の前衛に、弓など遠距離攻撃をする三人の中衛、そして攻撃魔法やバフ効果のある踊りや歌を使う後衛が三人、それがバランスよく配置されているのだ。残りの一人は砦で待機している。
エシャの言う通り、アッシュ達は前衛に押されている感じになった。バフ効果の差だろう。
もちろん、ディーテも支援系の魔法で前衛を支えているが、支援の本職ともいえる歌や踊りの効果ほどではない。それにディーテは回復も行っている。かなり厳しい状況だろう。
唯一有効なのはレンの「ドラゴンカース」だ。これはどんな支援のバフ効果よりも、デバフ効果――つまり弱体の方が勝っている。一人だけという状況だが、ターゲットは相手リーダーと思われる蛮族だ。
それに呪詛魔法でじわじわとダメージを与えている。呪いの装備で威力も高まって、相手にはかなりの回復魔法を強いているのだ。このままいけば相手の蛮族を倒せる。
「まずいですね」
エシャが攻撃をしながら、そんなことをつぶやいた。
「え? 今のところはいい感じだと思うけど?」
「いえ、相手の中衛、後衛のターゲットがレン様とディーテ様に向き始めました。レリックが守っているので今は攻撃が届いてはいませんが、レリックだけでは危険かもしれません」
ならエシャが、と思ったところでやめた。相手の中衛後衛は敵陣にいる。エシャの攻撃範囲外だ。
「マリス! 後衛を狙え!」
アッシュからの音声チャットが届く。マリスはそれに同意して、グリフォンのランスロットと共に回復魔法を使っている神父のような相手を狙った。
まずは前衛の蛮族を倒すために回復役をつぶそうという作戦なのだとハヤトは思う。回復さえなくなれば、レンの呪詛魔法であっという間に倒せるだろう。
だが、マリスが回復役を狙おうとすると、相手の中衛が弓やクロスボウによる遠隔攻撃をしてきた。激しい攻撃にマリスは相手の後衛に近づけないようだった。
「だめか……」
「いえ、上手い作戦だと思いますよ。レン様やディーテ様への攻撃が止みました。となれば、レリックの手が空きます」
「え?」
レンとディーテへの攻撃が止めば、レリックはフリーだ。
「レリック! 回復役を狙え!」
「承りました」
アッシュの声にレリックが反応する。そして一瞬で神父役の目の前に移動した。最初のお返しとばかりに「縮地」を使ったのだろう。
レリックが攻撃モーションに移り、神父を攻撃しようとした。
だが、それは防がれる。
いつの間にか巨大な盾を持ったプレイヤーが神父の前にいたのだ。そしてその盾を突き当てる盾のウェポンスキル「シールドバッシュ」を使ってレリックを後退させた。
「相手もやりますね。砦に残っていた人はクランストーンの防衛だけかと思っていましたが、縮地で移動してから盾に持ち替えて、レリックへの攻撃を受け止めましたよ――まずいですね」
エシャがまずいと言った瞬間、相手の蛮族がディーテの前にいた。戦っていたアッシュを無視して、ディーテの前に縮地による瞬間移動をしたのだ。
すでに蛮族は斧を装備しており、攻撃モーションに入っていた。
躱さなければ、ディーテは大ダメージを受けるだろう。一撃で倒される可能性もある。だが、ディーテは躱すような行動は全くしなかった。
ただ、一つディーテに違いがあった。普段ディーテが装備している本、これがいつの間にか手元になかったのだ。つまり現在は素手だ。
そして次の瞬間、振り下ろされた蛮族の斧を両手で挟み込むように押さえる。
その行為にこの場にいる全員が驚いた。
「ふむ、惜しかったね。君は私ではなくルナリア君を狙うべきだったと思うぞ? では、出直したまえ」
ディーテはクルリと横に回転しながら裏拳を放つ。どう見ても「バックハンドブロー」だ。ダメージはほとんどなさそうだが、その効果により、蛮族の男性は後方に吹き飛ばされた。
「……え? どういうこと?」
「攻撃を無効化したのは格闘スキルの白刃取りですね。ちょっと驚きました。ディーテ様はあんなスキルも持っていましたか」
ハヤトはエシャの言葉を理解できなかった。それはディーテのスキル構成を見ていたからだ。
ディーテのスキル構成は魔法使いタイプだ。絶対に格闘スキルなどは持っていなかった。なのになぜ、「白刃取り」や「バックハンドブロー」を使えるのか。
その疑問に答えられるのはディーテだけだろうが、聞いている暇はない。
ハヤトは不思議に思いつつも、何も言わずに状況を見守ることにした。




