魔王のお詫びと側近達
騒動から十分後、勇者であるイヴァンと魔王であるルナリアは食堂で正座していた。
どちらもロープで体を拘束されており、身動きは取れない。イヴァンだけはなんとなくまだ危ないと言うことで、レンがドラゴンカースの対象にしたままだ。
「反省しているから拘束を解いてくれないか?」
「ごめんなさい」
イヴァンとルナリア、両方ともハヤトに向かって申し訳ない顔をしている。
「謝って済む問題じゃないと思います。二人そろってご主人様を倒すとは何事ですか。まあ、ルナリア様の場合はご主人様が悪いと言っても過言ではありませんが」
「あれは不可抗力でしょ。裁判をしても勝てる気がする」
「すすす、すみません! まさか魔王さんにターゲットが移ると思ってなくて!」
「レンちゃんのせいじゃないから。一番の問題はここで暴れようとした勇者のせいだから安心して」
「うぐ。いや、そうなんだけどな……その、すまなかった」
イヴァンはロープで拘束されたまま頭を下げた。ハヤトが見た限りではあるが、ちゃんと反省しているように思えるので、そろそろ解放してもいいかと思っている。
今回の騒動で食堂が少しだけ荒されているのだ。ハヤトはすぐにでも元に戻したい気持ちに駆られている。
「さて、一応確認しておくけど、二人とも二度と拠点で暴れないと誓ってくれるよね?」
ハヤトがそう問いかけると、二人とも頷いた。
「よし、それじゃ解散――」
「お待ちください、ご主人様」
「えっと、何?」
「どこまでお人好しなんですか。これだけのことをしたのですから、何か詫びをさせないと」
「俺もそう思うな。言葉だけの謝罪なんて意味はない。ハヤトに何かあったら無償で力を貸すくらいの詫びは必要だろう」
エシャの言葉にアッシュも同意する。ハヤトとしてはそこまでしなくてもと思ったが、勇者と魔王が力を貸してくれるという状況は助かる。
そしてイヴァンとルナリアの二人は、拠点内で暴れないこと、そしてハヤトが助けを求めたら力を貸すことを誓約書に書いた。
(「勇者の誓約書」と「魔王の誓約書」ねぇ。魔法のサインをしたという設定だから、内容は絶対らしい。なんだかすごい物を貰っちゃったな)
ゲーム内で最強とも言える二人が無償で手を貸してくれる。それは間違いなく強力なカードを手に入れたといっても間違いではない。それに拠点内で暴れないというなら、クラン戦争に参加してもらうことも可能だろう。
ハヤトはそんなことを考えながら誓約書をアイテムバッグに入れるのだった。
勇者と魔王の騒動があってから一週間が過ぎた。
そろそろクラン戦争の準備をしなくてはいけない時期なのだが、少々困ったことになっている。
あれから毎日、魔王がお詫びに来ているのだ。しかもお詫びとして高価なアイテムを持って来ていた。その出所は不明だが、明らかにどこからか盗んできているように思える。
鉱石や宝石、モンスターの皮など、何かの戦利品ではない。明らかに加工された装備品なのだ。しかも性能がいい。いわゆるゲームのラストダンジョンの宝箱に入っているようなアイテムばかりと言ってもいいだろう。
「ルナリアさん、これってどこから持ってきたの?」
「私の家」
「それって魔王城だよね? こういう高価な物を渡されても逆に困るんだけど」
「それはお詫びの品だから受け取って。大丈夫、宝物庫にはまだまだいっぱいあるから。少しくらい無くなっても平気」
「魔王城は確かにルナリアさんの家なんだろうけど、宝物庫から勝手に持ち出していいの?」
ハヤトの言葉にルナリアはなぜか視線を逸らした。つまりダメなのだろう。
エシャからの情報では、魔王城にはルナリアを慕う人達も住んでいるということだった。基本的に魔王城やその周辺は悪魔系のモンスターが徘徊している危険な場所ではあるが、そこに住んでいる魔王や配下の人達はモンスターに襲われることなく生活している。
(そもそもアロンダイトが折れて、怒られるとか言ってたし、側近のような人達がいるんだろうな……その人達に内緒で持って来ているのか。下手にアイテムを売り飛ばしたら、大変なことになるかもしれない。大事に保管しておこう)
ハヤトはルナリアから渡されたアイテムを大事に倉庫へしまうと、自分の部屋に戻ってクラン戦争の準備を進めることにした。
翌日、拠点の周囲に多くの人が現れ、拠点を取り囲んでいた。
ハヤトとエシャはそれを拠点から窓越しに見ている。
「えっと、これってどういうこと? ロープで縛られているのはルナリアさんだよね?」
「宝物庫からアイテムを盗んでいたのがバレて怒られているんでしょうね。今日はそれを返してもらうために来たのだと思いますよ」
側近に怒られる魔王とはなんなのかと疑問には思うが、当然の結果のようにも思える。かなりしょんぼりとしている感じのルナリアは本当に魔王なのかと疑問に思う程だ。
仕方がないのでハヤトは今までルナリアが持ってきたアイテムをアイテムバッグに入れて外へ出た。すると、ルナリアの隣にいた黒いゴスロリ服を着た女性が近寄ってくる。
「ハヤトさんで間違いないですか?」
「ええ、まあ」
「私はルナリア様に仕える黒薔薇十聖の一人と思ってくだされば幸いです。この度はウチのルナリア様が申し訳ありません。昨日、宝物庫で現行犯――色々と情報を聞き出しまして、改めてお詫びとお礼に来ました」
(黒薔薇十聖……ネイが言ってたような気がするな。魔王に仕えているのか。というか現行犯でつかまったのか?)
「それにしては人が多すぎるような気がしますけど」
「ここには勇者が出没するという話を聞きましたので、武闘派のメンバーと共に来ました。お騒がせして申し訳ないです。それはそれとして、実はお願いがあるのですが……」
「宝物庫のアイテムを返して欲しいという話ですかね?」
「……話が早くて助かります。別の物をお渡ししますので、返して頂けると助かるのですが」
「待って。それは私がハヤトさんに渡したお詫びの品。それを返して欲しいなんて恥ずかしい真似はしないで」
ルナリアが拘束されたまま、キリッとした顔でゴスロリ女性にそう言った。
「ルナリア様、宝物庫から勝手にお宝を持っていくのも恥ずかしい行為なのです。確かに魔王城にある物はすべてルナリア様の物ですが、無断で持っていくのはダメです」
その言葉にルナリアはしゅんとなる。
(やっぱり無断で持ってきていたのか)
ハヤトは目の前のゴスロリ女性にアイテムをトレードした。確かに性能はいいが、ハヤトには使えないし、他のメンバーも特に興味を示さなかったアイテムなのだ。それに返したくないと駄々をこねて恨まれたら困る。
すぐにハヤトがアイテムを返したことに驚いたのか、ゴスロリ女性は何度も瞬きをしていた。
「えっと、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。そもそもそんなに高価なアイテムをお詫びにする必要はありません。お詫びなら鉱石とか皮などの素材の方がいいですね」
生産系スキルを極めたハヤトだから言えることだろう。そもそもハヤトなら素材さえあれば同程度の効果を持ったアイテムを作り出せるのだ。
話はこれで終わり、ハヤトがそう思ったところで事件が起きる。
「なんでこんなに人が多いんだ?」
勇者イヴァンがやって来たのだ。イヴァンもルナリアと同じようにハヤトに詫びの品を持って来ていた。いままでもイヴァンとルナリアが拠点内で鉢合わせすることはあったが、拠点内では争わないということで問題はなかった。
だが、今回は事情が少し違う。
「ルナリア! なんで縛られているのか知らんが、俺と勝負してくれ!」
「ちょっと待て。ここでは争わないって誓約書に書いただろ。戦うなら他の場所でやってくれ」
「ここは拠点の外だから誓約書の内容は破ってないぞ」
(そんなことがまかり通るのかよ)
ハヤトはまた面倒なことになったなと溜息をついた。




