魔剣の修理
エシャが変な状態になった翌日、いつもと変わらずに拠点にやってきたエシャを見てハヤトは胸を撫でおろした。
昨日、レンが来た後にディーテも来たのだが、特に問題はないと診断をした。
ゲーム上、ステータスに問題がない状態であれば診る必要もないのだが、プレイヤーであるハヤトには分からない何かがあるかもしれない。そう思って診てもらったのだ。
問題がないと聞いて、エシャはそのまま店番を続けようとしたのだが、ハヤトは止めた。
ディーテが問題ないと言い、本人も大丈夫だとは言っても実際には問題がある可能性が高い。なので、その日は一日休むようにとそのままベッドで横になってもらったのだ。
いつもよりおやつの要求が激しかったが、それが逆に元気な証拠だと思って、ハヤトはエシャの欲しがるおやつをいくつも作った。相変わらず美味しそうに食べるので、本当は仮病なんじゃないかと疑ったほどだ。
ただ、不思議に思ったこともある。
エシャはいつも大口を開けておやつを食べるのだが、昨日に限っては一口一口噛みしめるように食べたのだ。ジュース類に関してはいつものワイルドな飲み方ではなく、普通に飲んでいた。
それにエシャはベッドの上で軽いストレッチのようなことも始めて、普段とは挙動が違ったのだ。ハヤトはどうしたのか聞いてみたが、エシャは問題ありませんとだけしか答えなかった。
その後、まだ拠点にいたレンに事情を話して、エシャの話し相手になってもらった。
状況はちゃんと説明したはずなのだが、ハヤトに対して親指を立てるようなポーズをしたり、ちょっと下手くそなウィンクをしたりと、色々間違えた認識をしているのは見て取れたが、エシャがちゃんと説明するだろうと放置した。
そしてエシャを診たディーテもいたのだが、エシャが大丈夫ですから、と言って追い返した。
来てくれたのは嬉しいが、部屋に人が多すぎると逆に疲れるからという理由だ。ディーテもそれを承知して、何かあったらすぐに呼んでくれと言って教会へ帰っていった。
その後はとくに何もなく、ハヤトが店番をしながら過ごしただけだ。
そして今日は朝からエシャが元気に頑張っている。
「えっと、平気なのかな?」
「ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です。昨日、あれだけ大量のおやつを頂けましたので、今日の私は最高の仕上がりと言えるでしょう。神でも屠って見せます」
「普段からやれそうだけどね」
いつもの調子のエシャにハヤトは少しだけ微笑む。だが、それはそれとしてハヤトは気掛かりなことがあった。
(軽口を言えるほどだから大丈夫だとは思うんだけど、昨日のあれは何だったのかね。気持ち悪そうにしていたし、少し震えて頭も痛そうにしていた。昨日も思ったけど、このゲームに痛覚はない。それはNPCも同じはずだ。なのに、なんで痛そうに……?)
そういうゲーム内のイベントだったと言われればそれまでなのだが、ハヤトにはどうしてもそれが気になった。
「エシャ、昨日は痛そうにしていたけど、それも大丈夫?」
「ええ、問題ありません。もう痛くもないですし、いくらでもチョコレートパフェを食べられると言えるでしょう。一時間おきに出してくれてもいいですよ?」
「いや、それはちょっと。いつも通り三時に食べて」
(もう痛くない、か。つまりあのときのエシャには痛覚があったってことだろう。それが何を意味しているのかは分からないけど、何となくモヤッとする)
さらに質問しようとしたところで、ハヤトは自分を見ている嫌な視線を感じた。
店舗の入口から顔と体を半分だけ隠しているレンがこちらを見ていたのだ。その視線を例えるなら一瞬でも獲物を見逃すまいとする捕食者の目だ。
「レンちゃん、おはよう。そんなところにいないで入ってきたら?」
「いえ、お構いなく。ここからで十分です。こちらは気にしなくていいので続けてください」
なにが十分なのか分からないし、なにを続ければいいのかも分からない。ただ、いまだに勘違いしているのだけは理解した。
「エシャ、昨日、レンちゃんにちゃんと説明したんだよね? なぜか、エシャが俺とアッシュを見るときの目と同じ感じで見てるんだけど?」
「少々説明が難しかったので、私とご主人様は大人の関係とだけ言っておきました」
「なんでそんな誤解を生みそうなことを言った」
「レン様がそういう答えを望んでいたので空気を読みました。できるメイドはこういうところから違うのです」
「普段読まないくせに……」
ハヤトはそう言ってからもう一度こちらを窺っているようなレンに視線を向ける。どう見ても目がキラキラしている。
「尊い……!」
そんな言葉が聞こえてハヤトは色々諦めた。もう何を言っても信じてもらえないと思ったからだ。それに、なぜかエシャがいつも以上に笑顔なのだ。自分が慌てる姿を見て楽しんでいるのは性格が悪いとしか言えないが、それで喜ぶなら安い物だろう。
「はぁ、もういいよ。それじゃ、俺は自室に戻るから。レンちゃんにはちゃんと説明しておいてよ」
「分かりました。お金の関係だと言っておきます」
「絶対にやめて」
レンに誤解されているのは問題だが、いつも通りのエシャに安心したハヤトは自室へ向かった。そして今日の予定を考える。
エシャの問題もあったので昨日はアロンダイトの作成をしなかった。なので今日これから対応しようとハヤトは決めた。
このアロンダイトの製造はかなり特殊で、品質は必ず星五で作れる。また成功率は低いが失敗したときに材料がなくなることもないため、何度でも挑戦できるのだ。
通常であれば作成に失敗すると材料の一部を失う。それがないだけでもかなり簡単な部類の生産アイテムだと言えるだろう。
(まあ、折れたアロンダイトが無くなったら二度と作れないってことになるからな。さすがにそんなシステムにはなっていないんだろう)
ハヤトはそんなことを思いながらアロンダイトの作成を始めることにした。
必要な物をアイテムバッグに入れて、鍛冶用のハンマーでメニューを表示させる。そしてアロンダイトを選択した。料理と違って一瞬で出来るというわけではなく、鍛冶は少し特殊だ。
部屋にある金床に折れたアロンダイトが現れるので、それをハンマーで何度か叩くのだ。本来なら叩くたびにアイテムを消費するが、今回は特殊な作成なので、消費されることはない。成功するまで叩き続ければいいのだ。
何度かアロンダイトをハンマーで叩くと、魔剣アロンダイトが出来た。
ハヤトとしてはほとんど苦労せずに作れてしまったのでちょっと拍子抜けだ。しいて言えばアダマンタイトの採掘が大変だったくらいでそれ以外の大変さなど微塵もない。
性能のいい武具を苦労して作った時は喜びも大きいが、簡単に作れるとつまらないなとハヤトは思う。
見た限りかなりの性能を誇る武器ではあるが、ハヤトは剣に興味を示さなかった。そもそも魔王専用の武器となっているのだ。魔王以外に装備できないので性能が良くても意味がない。
ハヤトは店舗におもむき、エシャにルナリアを呼ぶようにお願いした。
「ご主人様、ルナリア様は一時間後くらいに来るそうです」
「一時間後ね。ありがとう」
「ところでルナリア様をクランへ入れるのですか? 間違いなく強いですよ。あの剣から繰り出される連撃は相手が倒れるまで止まらないと言われてますし」
「いや、迷っているんだよね。なんとなく面倒そうだし」
ハヤトは昨日来た勇者を見て、ルナリアをクランに入れるのは厄介なことになりそうだなと思い始めているのだ。
「確かにルナリア様がいるとイヴァンが絡んできますからね。面倒と言えば面倒でしょう。ワイルドなのはいいのですが、暑苦しいんですよね」
元の仲間に対して辛口なコメントではあるが、間違いではないのだろう。その問題が解決するなら魔王であるルナリアを仲間にしたいとハヤトは考えながら到着を待った。




