困った客
ハヤトは自室でこの一週間のことを考えている。
ディーテが加入してから一週間、ハヤトは毎日のように色々な場所へ連れていかれた。
そのすべてが絶景スポットと呼ばれる場所で、いわゆるファンタジー色の強い場所だった。現実ではあり得ないその景色にハヤトはどれも感動したものだったが、さすがに一週間はつらい。
アッシュ達にずっと護衛をさせるわけにもいかず、クラン戦争の準備をする必要もある。しばらくはディーテとの冒険は休むことになった。
ディーテは少々不満そうだったが、一応納得してくれた。
(しかし、ディーテちゃんは何をしたいんだろう? 俺を色々なところへ連れて行くけど、やることと言えばキャンプみたいなことだけ。特にレアなアイテムを作って欲しいってわけでもなく、その場で簡単な料理をするくらいで、いまいち目的が分からないんだよな)
簡単に言えば、絶景スポットに遊びに行っているだけで特に何もしていないのだ。エシャから「私は店番してるのに皆さんは遊びですか」と嫌味を言われるくらいだ。お土産として作った料理を渡したらすぐに機嫌を直したが。
(もしかして、単に絶景スポットを見に行きたいだけか……? いや、ディーテちゃんはその場所を見たことがあるように言っていた。となると、目的は俺に見せること、か? でも、なんで?)
目的が分からないので、今度本人に直接聞いてみようと思ったときだった。
いきなり自室の扉が開いたのだ。最近では驚くようなこともなくなったが、いつものようにエシャだった。
そのエシャがなぜか眉を八の字にしている。
「ご主人様、お客様が来ているのですが、対応してもいいか確認してもらえますか?」
「それはいいんだけど、なんでそんなに困った顔をしてるの?」
「少々問題のあるお客様なので。どこで聞きつけたのか、わざわざ私のところへ来たんですよね」
「そうなんだ? えっと、どんな人?」
「すごく困った人です」
何の情報も得られなかったが、エシャの知り合いで思い当たるのは、エシャが以前いた勇者クランのメンバーだ。
上手く交渉すればクランに入ってくれるかもしれない。そんな期待をしながら、ハヤトはエシャと共に店舗のほうへ移動した。
店舗には店の商品を眺めている人がいた。ハヤトは最初、置物なのかと勘違いをする。なぜならその人は真っ赤な鎧に全身を包まれていて、肌は口元くらいしか見えない状態なのだ。
体つきやしぐさから女性の印象を受けるが断定はできない。身長がハヤトと同じかそれ以上に見えたので、女性だとしたらかなりの長身になる。
口元だけしか見えないので分からないが、なんとなく目が合っているような気がする。だが、何かを話すことなくジッと立ったままだ。
ハヤトはこちらから話しかけるべきだな、と口を開いた。
「いらっしゃいませ。本日はどういった御用でしょうか?」
ハヤトが話しかけると、赤い鎧の人が少しだけ頭を下げた。だが、それだけで何かを言うことはない。これでは埒が明かないと判断してエシャに助けを求める。
「えっと、エシャの知り合いなんだよね? 前のクランの方?」
「いえ、違います。それに知り合いというよりも、知っているだけですね。ただの知ってる人です」
「え? 知り合いじゃないの? というか、この人、ショックを受けてない?」
鎧の人は肩を落としている感じだ。
そしてエシャを見ながら、両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせている。少々あざとい感じがする行動だが、相手はエシャのことを知り合いか、友達だと思っていたのだろう。
そんな鎧の人の行動にエシャは少し溜息をつく。
「特に話したことはないはずですが……まあ、いいです。ご主人様、紹介しますね。この方はルナリア・フレイレ様。職業は魔王です」
「そうなんだ――魔王?」
「はい。壊れた剣を修理してもらいたいと来たらしいんですが――」
「エシャ、ちょっと落ち着こう。何を言っているか分かってる? いや、分かってないよね?」
「私は落ち着いていますが? 何を言っているかもきちんと理解しています。むしろ落ち着くべきはご主人様では?」
「逆だった。この人が魔王ならもっと慌てて。なんで普通にしてるの」
「たとえ誰であろうと店の入り口をくぐったらただの客です」
「そういう矜持を聞きたいわけじゃない」
魔王を前にして落ち着いているのは頼もしいのか役に立たないのか。その判断は難しいところだが、色々と諦めたハヤトはこれまで一度も言葉を発していない魔王とコミュニケーションを取ろうと考えた。
そもそもエシャが自分を驚かせるために言ってるだけなのかもしれない。まずは事実確認をしよう。ハヤトはすがるような気持ちで口を開いた。
「ええと、名前はルナリアさんで間違いないですか?」
ハヤトの言葉にルナリアは頷く。
「職業は魔王で間違いないですか? エシャが勝手にそう言ってるだけじゃなくて、本当に魔王?」
その言葉にもルナリアは頷いた。
「なんで魔王が剣を直しに人間の国へ来ているの?」
率直な疑問を思わず口にした。
その言葉にルナリアはがっくりと肩を落とす。そして膝を抱えて床に座ってしまった。シュールな光景以上に、その鎧の可動領域でどうやって座っているんだという疑問もあったが、そんなことはすでにどうでもいい。
もっと大事な問題があるからだ。
以前は魔王のような強いNPCも仲間にできるかもと思ったことはあったが、よくよく考えるとそんなことをしたらゲームが詰みそうなのだ。
ハヤトは魔王のことを良く知らない。エシャが勇者を巻き添えにして魔王を倒したということは知っている。他に知っていることと言えば、ネイから聞いたメインストーリーの話くらいだろう。前回のクラン戦争の後、クランメンバーを引き連れて姿を隠したという程度だ。
その姿を消した魔王が目の前にいる。「なにしてんだ、この魔王は」と言いたくもなる。
今のところ魔王は人間と争うことはしていない。しかし、ハヤトを魔王とつながりがある人間とNPC達が認識してしまったら何が起きるか分からない。店に来た時点でアウトっぽいが、ハヤトはどうしたものかと頭を悩ませた。
「ご主人様。少々よろしいですか? なぜ、そんな恨みがましい目で私を見るのか分かりませんが、まずは話を聞いてください」
「……分かったよ。なに?」
「ルナリア様は対人恐怖症でして、かなり親しくないと話をすることができません」
「そんな魔王がいてたまるか――あ、すみません。大丈夫です。良くある話ですから」
そんなわけはないが、かなり落ち込んでいる感じのルナリアに追い打ちをかけないようにハヤトは気を使っている。もし何かの拍子で暴れられたら困るからだ。
これはもうとっととお願いを聞いて帰ってもらおうとハヤトは考えた。
「えっと、エシャに詳しい事情を伝えてもらえますか? エシャとなら話ができるのですよね? その上で私の力が必要なら手助けしますので」
少しだけ持ち直したように思えるルナリアは、なんとなく嬉しそうに立ち上がり、エシャのほうへ近づいた。
「じゃあ、エシャ、あとはよろしくね」
「酷い丸投げを見ましたが、仕方ないですね。ご主人様が魔王でもお願いを聞くと言うなら客として対応いたします。個人的には追い返すかと思っていたのですが――あの、ルナリア様、メイド服を引っ張らないでください。話は聞いてあげますから」
(追い返してもよかったのか。というか、なんで魔王はエシャになついているんだろう?)
ハヤトは、もしかしたら選択を間違えたかもしれないと少し後悔したが、この状態からやっぱりなしとは言えないので何とか秘密裏に対応しようと考えるのだった。




