絶景スポット
祝勝会の翌日、ハヤトがログインすると、朝早くからディーテがやってきた。
同時に店番をするためにエシャもやって来て、拠点の食堂にはハヤトを含めた三人が集まっている。挨拶を交わしてからハヤトはディーテにここへ来た理由を聞くことにした。
ディーテは普段から拠点に出入りしているが、こんなに朝早くから来ることはない。何かしらの事情があるのだろうと思ったからだ。
「今日は早いね。なにか急ぎの用事?」
「何を言っているのだね? 私をクランへ入れてくれるのだろう? クラン戦争も終わったから早速入れてもらおうと早くから来たんじゃないか。これが浮足立っているというのかね。いてもたってもいられなくて来てしまったよ」
そんな理由で朝早くから来たのかと思ったが、クランに入ることを楽しみにしていた感じが表情からよく分かるので嘘は言っていないのだろう。
ハヤトとしては最初からそのつもりではあったが、エシャが警戒していると言うこともあって一度はクランへの加入を見送った。その後、ある程度メンバーとの交流を経てハヤト自身は問題ないと判断している。
クラン戦争前に一度誘ってみたが、その時はディーテの方から断られた。クラン戦争が終わったので改めてやってきたのだろう。
ハヤトはエシャを見た。
ハヤトが信用できるなら入れてもいいのではないか、という旨の発言をしていたが、今はどう思っているのだろうか。最初に会ったときよりも警戒しているわけではなさそうなので、改めて確認することにした。
「エシャはどう思う? まだディーテちゃんを信用しきれないかな?」
「いえ、私よりもご主人様の気持ちを優先してください。前にも言いましたが信用できると言うならクランへ入れてもいいと思いますよ。あれから色々思い出そうとしているのですが、結局思い出せませんし、私の気のせいかもしれませんから。それにマリス様のランスロットを撫でるにはディーテ様の治癒魔法が必須なので」
「エシャ君は私をそんな理由で認めるつもりかね?」
冗談か本気かは分からないがエシャからの許可は得たようなものだろう。
アッシュ達にもすでに一通り確認しているが、特に難色は示さなかった。なら問題はない。
「えっと、ディーテちゃん。それじゃクランへ加入をお願いするよ。残りのクラン戦争はよろしく頼むね」
「任せたまえ。あらゆるサポートをしようじゃないか――ああ、そうそう。以前も言ったが私を仲間にするために、何か作って欲しいと頼んだと思うのだが覚えているかね?」
「そうだったね。それじゃ、クランへ入るのはその後かな?」
「いや、クランへ入ること自体は今で構わない。だが、いくつか行きたいところがあるのでね。一緒について来てもらえるかな?」
「えっと、どこに行くのかな? 俺は生産スキルしか持ってないからモンスターがいる場所へ行くのは無理だよ?」
「そこはアッシュ君達に護衛してもらえばいい。別にハヤト君と私の二人きりで行きたいというわけではないからね」
「そういうことならアッシュ達にお願いしておくよ」
「決まりだな。なら今日はその準備をしておくから明日にでも頼むよ。時間が経つとクラン戦争で忙しくなるだろうからね」
ディーテはそう言って、拠点を出て行った。
「言いたいことだけ言って帰っちゃったよ」
「いいんじゃないですかね。たぶんですが無駄話とかが嫌いなんだと思いますよ。明日、どこかへ行くなら、お土産をお願いします。もちろん食べ物で」
「どこに行くか分かんないんだけどね。何かあれば持ってくるよ……それじゃアッシュ達に連絡しておくか。エシャは店番をよろしくね」
ハヤト達はその場で別れてそれぞれの対応を始めた。
翌日の昼、ハヤト、アッシュ、レン、マリス、そしてグリフォンのランスロットは拠点のすぐそばでディーテを待っていた。
そろそろ来る予定なのだが、いまだにディーテは現れていない。少し暇になってしまったので、マリスとレンはランスロットをブラッシングして遊んでいる。
ハヤトはアッシュと話をしていた。
「ハヤト、今日はどこへ行く予定なんだ?」
「昨日の夜に連絡があった時は『オルガ・ドムスの滝』ってところへ行くって言ってたかな」
「ああ、空から水が落ちてくるあれか。絶景スポットと言われている場所だな」
「空から水?」
「どういうことになっているのかは分からないが、かなり上空から滝のように水が落ちてくる場所だ。落ちてきた場所は湖になっていて、釣りスポットらしいぞ。まさかとは思うが釣りに行きたいって話じゃないんだよな?」
「どうだろう? 可能性はあるかもしれないけど、釣りの用意なんてしてないけどな」
アッシュとそんな話をしていたら、ディーテがやってきた。
「待たせてしまったようだね。ではさっそく行こうか」
「それはいいんだけど、なんで釣り竿を装備しているの?」
ディーテの右手にはまぎれもなく釣り竿が装備されていた。しかもただの釣り竿ではなく、神樹というレアな木材を材料にした星五の釣り竿だ。
「釣りをするからに決まっているからだろう。これでモンスターを倒すとでも思ったのかね?」
「釣りに行くなら、そう言ってくれれば色々用意したのに」
釣り竿は木工スキルで作ることが出来るし、釣るための魚の餌も料理スキルで作ることが可能だ。ハヤトが事前に知っていれば色々と準備をしていた可能性が高い。
「……うっかりしていたよ。ハヤト君は釣りスポットであることを知らなかったようだね。まあ、竿は折れてもいいようにいくつか持って来ているから安心したまえ。それじゃ皆で釣ろうじゃないか。行こう」
ディーテが確認もせずに歩き出したので、ハヤト達もそれについて行くことにした。
目的地である「オルガ・ドムスの滝」は精霊の国にある。
エルフ、ドワーフ、獣人、それに妖精達が住むこの国には名前がない。精霊の恩恵を受けやすい種族が集まっているだけで、国家という形は成していなかった。
精霊とは気まぐれな存在であるため、人間が住むには厳しい場所だ。一日ですべての四季が訪れることもある。天気も一日同じであることのほうが稀だろう。また精霊は敵意に対してかなり敏感であるため侵略戦争を仕掛けるようなら天変地異を起こすとも言われている。
そんな理由からこの場所に侵攻してくる人間は過去百年くらいいない――という設定だ。
ハヤト達はその精霊の国にある巨大な森の中を目的地へ向かって歩いていた。
(そういえば、プレイヤーが選べる種族は人間だけであって、エルフとかドワーフとかは選べないんだよな。クラン戦争前にそういう要望が多かったらしいけど、運営からは何の反応もなかったってネットで見たことがある。色々と面倒なのかね)
このゲームは一人一体のキャラしか作ることができず、削除することもできない。最初に作られたキャラでずっと遊ぶしかないのだ。
(まあ、作るとは言っても、容姿は多少ぼかせるくらいだし、ステータスは最低値の25、スキルは全部0だ。作るって言うよりも、最初から用意されているキャラでしかないんだけど)
ハヤトはそんなことを考えながら歩いていると、なにやら音が聞こえてきた。言葉にすれば、ドドドド、という感じだろう。なにか大量の物が動いている、そんな感じの音だ。
最初は小さな音だったが、今ではかなりの音量となっていた。
そして前には開けた場所が見えた。そこまで行くと、ハヤトは息を呑む。
遥か上空から大量の水が巨大な滝のように湖に落ちている。あれに巻き込まれたらまず助からない。そう思わせる景色だったのだ。
目の前には巨大な湖がある。水が落ちている場所からは五キロ以上は離れているだろう。それなのに目視するのが簡単なほど巨大なのだ。
「ここが『オルガ・ドムスの滝』だ。直径十キロの水柱がはるか上空から落ちている……どうだね、ハヤト君。ここは絶景だろう?」
「そうだね。これほど大きい滝だとは思わなかったよ。そもそもこの水はどこから来てるものなの?」
「上空に別の大地があってそこから水が落ちているという話はあるが、誰も確認したことはないよ。ハヤト君ならいつかそこへ行けるかもしれないがね」
ロマンのある話だ。ハヤトはそう思いながら水の始点を探そうと首を上に向けていく。残念ながら始点を見つけることはできなかったが、これぞゲームの世界だな、とハヤトは楽しくなった。
「さて、滝を見るのもいいが、今日来たのは釣りが目的だ。皆も手伝ってくれたまえ」
ディーテはそう言いながら一人一人に釣り竿を渡していく。
「目的は『虹ウナギ』だ。レアだから釣るには根気がいるだろう」
「それはいいんだけど、そのウナギを何に使うの?」
「綺麗だという話だから見たいと思っただけだよ。まあ、たくさん釣れたら蒲焼にでもして食べようじゃないか。ハヤト君なら簡単に作れるだろう?」
それを聞いたレンとマリスがいきなり釣り竿をもって釣りを始めた。
ハヤトも、まあいいか、と釣りを始める。
釣りはスキルが関係ないアクションゲームだ。
浮きが沈んだらタイミングよく引き上げればいい。ステータスなどは全く影響せず、影響があるのは釣り具と餌、そして一部の装備だけだ。装備によってはレアな魚を釣る確率を増やせるが、ハヤトは持っていなかった。
(今度釣り用の装備も作っておこうかな。ディーテちゃんが釣り好きなら喜ぶかも)
ハヤトは巨大な滝を見ながら、そんな風に考えていた。




