オンラインゲームの宿命
クラン「ブラッドナイツ」との戦いが終わった翌日、ハヤトは拠点で祝勝会を開くことにした。
ハヤトのクラン「ダイダロス」はランキングが上がり、現在は二位にまでなっている。現在のポイントから考えて、残り二回をAランクと戦って勝てば五位以内でクラン戦争のイベントを終わらせることができる。
そうすれば現実で一億円の賞金を手に入れることができる。ハヤトは夢を叶えられるのだ。
(気を引き締めないとな。ここまで来て賞金を得られなかったら泣くかもしれない)
そう思いながら、ハヤトは仲間たちに感謝した。明らかに無理な状況を仲間達がその強さを持って切り開いてくれたのだ。
ハヤトは生産系スキルだけで戦闘力はない。それを補うだけの強さをNPC達が持っていてくれた。それは運以外の何物でもない。
(俺の人生って運ばかりだな。エシャがここへ来てくれたこともアッシュ達と知り合いになれたこともすべてが運だ。せめてもてなしの料理は奮発しておかないとな)
ハヤトはそう思いながら祝勝会の準備を始めた。
祝勝会はかなりの盛り上がりを見せている。
その一番の理由はマリスのペットだ。三毛猫のジークフリートと、そのお婿さんである三毛猫のオスが女性陣のアイドルになっている。
エシャは相変わらずジークフリートに噛まれているが、食べ物のおかげでダメージを受けてもすぐにHPが回復しているようだった。
「どうですか、レン様。この甘噛み具合。もうすでに私のペットと言ってもいいかもしれません」
「どの角度から見てもマジ噛みだと思います。それはともかく、お腹がぷにぷにで触り心地がいいですねぇ……うひひひひ」
「あの、レンさん、ジークフリートが怖がっているので、その笑い方はちょっと。というか、レンさんを見ていきなり腹を見せたのはドラゴンだからですかね? 完全服従のポーズなんですけど……?」
エシャ、レン、マリスの三人が猫達を見ながら談笑している間、男性陣はヘラクレスオオカブトに興味津々だ。傭兵団の男性陣もカブトムシの周囲を取り囲んで見ている。
全員がすごい、と言っているが、ハヤトは何がすごいのかはよく分かっていない。確かに高い値段が付くが昆虫なのだ。
ありがたいことにアッシュ達はその輪に加わっていないので、そちらの方へ近寄った。
「みんなはカブトムシに興味はなし?」
「俺は特に興味はないな。レリックやミストはどうだ?」
「一部界隈では黒いダイヤとも言われているようですが、私の求める美しさではありませんね」
「魔国でもっと大きいカブトムシに追いかけられたので好きではありませんね。むしろ見かけたら先制攻撃しないと危ないんですよ」
とりあえず、三人とも興味がないことだけは分かった。
カブトムシの話で盛り上がるのもなんだし、何か別の話題を提供しようとするが、その前にアッシュの方から質問をされた。
「祝勝会にディーテは呼ばなかったのか?」
「呼んだんだけど、今回はいいって断られたよ。クラン戦争に参加してないのに一緒に祝うのも気まずいってことらしいんだけど」
「それを言ったらウチの傭兵団員も同じなんだけどな。それにディーテはマリスのグリフォンを仲間にするときに手伝ってくれたんだから気にする必要はないと思うんだが」
「俺もそう言ったんだけどね、それでもいい返事は貰えなかったよ」
ちなみにハヤトはネイ達も誘っているが、ネイ達も断っている。ディーテと同じ理由でクラン戦争に参加してないから、という理由だ。それ以外にも祝勝会を準備するハヤトの負担が増えることは良くないとのことだった。
ただ、クラン戦争でランキング五位以内に入ったら、現実でおごってくれとの話をされている。いわゆるオフ会をしようと言われているのだ。
(オフ会か。でも、他のみんなはともかく、ネイはどう考えてもお嬢様なんだよな。現実の俺を見ても同じように接してくれるか微妙なところだ。労働階級だし住んでいる場所も――)
このゲーム「アナザー・フロンティア・オンライン」では、容姿はある程度ぼかされているが名前と性別は偽れない。ゲームが開始された直後はそれに対する批判もあったが、運営は、嫌ならやらなくていい、というスタンスを貫いている。
強気の姿勢ではあるが、それでも世界初の五感をリアルに再現したフルダイブVRMMOとして人気を博しているのだ。その後に同じようなゲームが出ていないのもこのゲームが人気である理由の一つだろう。
そこまで考えたとき、ハヤトはふと思った。
(そっか、ゲームか。これは現実じゃなくてゲームだったな。皆が人っぽいから忘れてた)
「ハヤト、どうかしたのか?」
アッシュの言葉にハヤトは自分が考え込んでいたことに気づく。
(いけね、今はそんなことを考えているよりもみんなと楽しもう)
「悪い、料理が減ってきたと思ってね。追加を持ってくるよ」
ハヤトはそう言って作り置きの料理がある倉庫へと向かうのだった。
祝勝会が終り、メンバー達は帰路についた。
拠点にはハヤトが一人残っている。
食堂には何も残っていない皿がテーブルに多数置かれており、先ほどまでの騒がしさから一転、静かすぎる状況は何となく寂しさを感じさせていた。
ハヤトも例外ではなく、この状況に寂しさを感じている。
気分転換をしようと椅子に座り、コーヒーを取り出して飲みだした。
味と香りの余韻を楽しんではいたが、気分転換にならなかった。心に引っかかっていることがあるのだ。それは楽しい時間を過ごすほど反動で膨らんでいく。
(みんなはNPCだ。いつかゲームが終わった時はどうなるんだろうか。いや、ゲームが終わるならまだマシか。仮想現実がなくなればAIもなくなるだろう。問題はゲームが続いている状態で俺が辞めたときだ)
オンラインゲームの宿命とも言うべきサービスの終了。それはいつか必ず来る。
サービスが終了しなくても、いつかゲームを辞めるときが来るかもしれない。ログインしなければハヤトのキャラはこのゲームに存在しなくなる。
そのとき、NPC達はどうなるのか。
いままでは普通のプレイヤーとの交流しかなかったのでそんなことを考えたことはなかった。当然、ゲームを辞めるときは、知り合いのプレイヤーに挨拶をしてから辞めるだろう。
だが、NPC達には何と言えばいいのか。ハヤトにはそれが分からなかった。
「旅に出る、とかかな……」
「ご主人様はどこかへ行かれるんですか?」
「うぉわ!」
いつの間にかハヤトの背後にエシャがいた。
誰もいないと思っていたので、ハヤトは椅子から転げ落ちるほど慌てた。
「なかなかいい表情でした。私のベストメモリーに入れておきますね。拒否権はございません」
「エ、エシャ? どうしたの? なにか忘れ物?」
ハヤトは床にしりもちをついた状態でエシャを見上げる。
「いえ、料理が残っていたらお持ち帰りしようかと思って戻ってきたのですが」
「料理を全部食べたのはエシャだと思うんだけど?」
「まだ出していないものがあるかと思いまして。メイドの直感は騙せませんよ?」
「……まあいいけど。それじゃちょっと待ってて。今日出そうと思ってたけど、品質が悪かったものがあるから。星四だけどいいよね?」
ハヤトはそう言いながら立ち上がった。
「一般常識ですと、星四は品質が高い物だと思いますが、ご主人様がそういうならその品質の悪い物をください。その前に――」
エシャはハヤトを見つめる。ハヤトもなんとなくエシャを見つめた。
「先ほどの旅に出るというのはなんですか? お土産なら食べられるものでお願いします」
ハヤトは迷った。本当のことを言ってもいいのかと。そもそもAI保護でゲームを辞めるというような話はできないのだ。
ただ、どんな反応をするのか興味もあったので、少しだけニュアンスを変えて話をすることにした。
「旅に出ることが目的じゃないんだ。実は俺がいなくなったらみんなはどうするのかなと思ってね。俺が旅先で行方不明になったという設定を考えていただけだよ……エシャならどうする?」
エシャは少しだけ首を傾げるが、真面目な顔になり口を開いた。
「私を雇ってくれる人なんてご主人様くらいしかいませんから、どこにいようと探しだして連れ戻しますね」
その言葉に一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、次の瞬間には笑いだした。
自分がいなくなったら探し出すと言ったのだ。理由自体はエシャらしいものだが、やりかねないとハヤトは心底思った。そのことに対してなぜか嬉しくなって笑ってしまったのだ。
ハヤトのその行為に眉をひそめたエシャは銃を取り出した。
「真面目に答えたのにご主人様の態度に傷つきました。どこなら撃ってもいいですか? おすすめは腕」
「いや、ごめんごめん。嬉しかったんだって。エシャならたとえ俺がさらわれても助けにきてくれるんだろうなって」
エシャは疑いの目でハヤトを見ていたが、しばらくすると銃をしまった。
「まあ、いいでしょう。それでここからいなくなるような予定があるのですか? 魔王にさらわれるとか。どこのお姫様ですか」
「……いや、そんな予定はないね。ここにいるよ。ずっとね」
ハヤトはそう言ってから、エシャに渡す料理をとりに倉庫へ向かうのだった。




