クランストーン狙い
ハヤトがどうするべきか迷っていると、アッシュ達が後退を始めた。
「いったん撤退する。防衛だけなら砦のほうがいいだろうからな」
「分かった。砦の中なら一対一で戦える状況も作れると思う。一度引いてくれ」
アッシュ達が穏健派のドラゴン相手に戦えないというのはキャラ設定による制限なのだろうとハヤトは諦めた。エシャも同様だ。そもそもあれほどの強さを誇るNPCが無制限に戦えるのはおかしい。どこかでバランスをとるのが普通だ。
ただ、それがこのクラン戦争で一気に来てしまった。アッシュ達、エシャ、どちらかが戦闘できないだけならともかく、両方とも戦えないとなるとかなり厳しい。さらにはこの場所や天候のせいでミストも弱体化が激しくなっている。
このままでは負ける。とはいえ、相手もこちらの行動を警戒しているのか、すぐに攻め込んでくるようなことはしないようだ。
ハヤトは音声チャットの拒否を解除して、こちらからガルデルに申請を出すことにした。少しでも時間を稼ぎたいからだ。会話をすることでこちらに作戦があるように思わせる。そして相手の侵攻を遅らせるのだ。
ハヤトの申請にガルデルはすぐ許可を出した。
「おいおい、戦ってもいないのに撤退するなんてどうしたんだよ?」
「いや、ちょっと問題が起きてね、今は戦えないんだよ。対戦は始まっているけど、こっちの準備が整うまでもうちょっと待ってくれる?」
「てめぇ、馬鹿か? そんな見え見えの嘘に騙される奴はいねぇよ。俺達を誘い込もうって魂胆か。こりゃあ、迂闊には攻められねぇな!」
(まあ、そう考えるよね。よし、これでとりあえず時間が稼げた。この間に何とかしよう)
ハヤトは騎乗しているテイマーのことについて考えることにした。アッシュ達はドラゴンを倒せない、エシャはフェンリルを倒せない。相手を分散させて戦うことができれば、それぞれが戦える相手を対処してもらうこともできるが、相手はこちらの事情を知らなくとも分散して戦う必要性がない。
だが、騎乗している奴だけならどうだろうか。
戦いにかなりの制限がかかるだろうが、テイマーが倒されればペット達は最後の命令を実行するか、勝手に動くという仕様を聞いたことがあった。それならば、ペット達を倒さなくてもクラン戦争には勝てるかもしれないとハヤトは考えたのだ。
騎乗しているプレイヤーだけを倒すならアッシュ達に制限はないかもしれない、ハヤトはそう考えてマリスに確認する。テイマーのことならテイマーに聞くのが一番だ。
「マリス、騎乗している奴だけ倒すって可能なのかな?」
「騎乗しているときに攻撃されると、ダメージを受けるのはペットの方です。騎乗しているほうだけを狙うことはできないですね!」
「そうなんだ? ならダメか」
(ゲーム的な仕様で騎乗しているほうだけを狙うのは無理ということか。二人乗りもできないし、微妙なところで現実的じゃないな。ゲームなんだから当然と言えば当然なんだけど。となると、このクラン戦争に勝つには相手のクランストーンを破壊する以外にないかもしれないな)
そう思ったところで、アッシュが屋上にやってきた。そして元々屋上にいたレンと一緒に申し訳なさそうな顔をしている。
「すまない、ハヤト」
「ハヤトさん、ごめんなさい」
二人がそう言いながら頭を下げた。ハヤトは慌ててそんな二人に頭を上げるように伝える。
「いや、こればかりは仕方ないよ。でも、負けるつもりはないんだ。戦えなくても知恵を貸してほしい」
「もちろんだ。それで何か作戦があるのか? エシャがデストロイを放つとか? できればドラゴンは倒さないで欲しいんだが」
「アッシュ様、実を言うと私も今回は戦えないのです。相手にお犬様がいます。射撃の腕に自信はありますが、間違ってお犬様に当たったらと思うと、ショックから拠点にある食べ物を食い尽くす可能性があるかと」
それは甚大な被害だとは思いつつ、ハヤトは考えたことを口にした。
「さすがにレリックさんとマリスだけで相手を倒すのは無理だと思う。だからクランストーン狙いでやろうと思うんだ。どうやってクランストーンだけを狙うのかは考えてないんだけど」
「俺達の状況を考えるとそれが一番だろうな。なら、一番いいのは相手を砦に誘い込んでいるうちに誰かがクランストーンを壊しに行けばいい」
「でも、兄さん。相手にはフェンリルがいるよ? 砦に誘い込んでも追いかけられたら終わりじゃないかな?」
フェンリルの移動速度は人の四倍。よほどの距離がない限り必ず追い付かれる。
「まあ待て。幸いなことにここは砂漠のフィールドだ。フェンリルもそれほど速くは移動できない」
「それは私達も同じだと思うけど?」
「砂漠を歩けば確かに移動速度は落ちる。だが、マリスなら影響はない」
アッシュがそう言ったところで、全員がマリスのほうを見る。マリスとその隣にいるグリフォンのランスロットが一緒に首を傾げた。
「えっと、どうしてでしょうか?」
「グリフォンは飛行できるだろう? 砂漠での移動に影響を受けないだろうが」
「あ! そうでした! 空を飛んで戦うくらいしか考えてなかったので気づきませんでした! ランスロットすごい!」
マリスがランスロットを撫でると、ランスロットは嬉しそうに鳴き出した。
ハヤトとしては少々心配だが、その方法が一番いいというのは理解した。
「ちなみにランスロットの速度ってどれくらいなのかな? フェンリルよりも速い?」
「ええと、大体、人の二倍の速さで飛べますね! 見てないから分かりませんけど、フェンリルが砂漠を走る速度もそれくらいになるんじゃないですかね?」
同じ速度であれば、追いかけられてもなんとか先にクランストーンに着ける。ランスロットならクランストーンを破壊するのにそれほど時間がかかるとは思えないので、何とかなるかもしれない。
ハヤトはそう考えて、この作戦で行くことにした。それ以外にいい作戦が思いつかないのだ。ただ、一つだけ気になることもある。
「アッシュやレンちゃんはドラゴンになると飛べたりするのか? そもそもレンちゃんのドラゴンは見たことないけど」
「いや、翼はあるが飛べるタイプではないな。レンは飛べるのは飛べるが――」
レンはなぜか顔を赤くしてから、ローブについているフードで半分くらい顔を隠す。
「あ、あの、私は人前でドラゴンになるのはちょっと……」
「えっと?」
なにか聞いてはいけないような雰囲気を出すレン。ハヤトは不思議に思うが、触れてはいけない事なのだろうかと思いつつも、レンが空を飛べるなら戦略に幅が出る。もう少し聞いてみようかと思ったとき、アッシュが口を開いた。
「俺達はドラゴンの時、簡単に言うと裸なんだ」
「……はい?」
「レンも年頃だからな。最近はドラゴンに変化しないようにしてる」
レンはフードで顔を隠したまま震えていた。おそらく羞恥で震えているのだろう。
「あ、あの、レンちゃん、ごめんね。もう聞かないから」
「いえ、大丈夫です。でも、兄さん、後でお話があります」
「そ、そうか。でも、どうしてワラ人形を出した?」
余計なこと聞いて兄妹の関係が崩れないといいなと思いつつ、ハヤトは心の中でもう一度レンに謝った。
「とりあえず、砦の中での防衛は俺達で何とかしよう。エシャは狭いところでは戦えないだろうから屋上で待機していてくれ」
「分かりました。デリカシーのないアッシュ様の指示に従います」
「……よろしく頼むぞ」
アッシュとレンは階段を下りていった。
途中、レンがアッシュの脇腹を突くように攻撃していた。なんとも微笑ましいが、自分のせいだなとハヤトはアッシュにも心の中で謝る。
「それで、セクハラ野郎様はどうするんです? 相手を挑発して呼び込みますか?」
「それ、俺のこと? 名誉のために言い訳するけど、本当に知らなかったんだって――マリスもランスロットとひそひそ話をしない」
余計なことを言ったばかりに自分の信用度が落ちている。あとで機嫌取りになにかスイーツを渡さないとダメだなと思いつつ、これからどうするべきか考えた。
ガルデル達はこちらを警戒しているのか、あまり動いていない。徐々にこちらへ向かっては来ているようだが、まだ敵陣だ。
誘い込みさえすれば十分程度で片が付くだろう。時間はまだまだある。とはいえ、何か問題が起きる可能性もある。早めに決着をつけたほうがいい。
ハヤトはそう思い、さらなる挑発をしようと、ガルデルに音声チャットを送る。
「いつまでそこにいるのかな? 罠を張って待ってるんだから早く来てくれない?」
「罠だと分かってて行く馬鹿はいねぇよ」
「そうだね、でも、それ自体が罠かもしれないよ? 時間をかけることでこっちが有利になる可能性は考えた? それにこのまま引き分けを狙うのかな?」
クラン戦争でお互いが何もせずにタイムアップになった場合、引き分けということになる。その場合は両方にポイントが入らない。引き分けという形にはなるが、ランキングを考えればどちらも負けと言っても間違いではないだろう。
「ちっ、仕方ねぇな。てめぇらみたいな雑魚とにらめっこしているのも飽きたところだ。希望通りこっちから攻め込んでやるよ。頼むから罠があってくれよ?」
ガルデルからの声が届くと同時に相手が動き出した。
フェンリル二体がかなりのスピードで砂漠を移動している。残りのドラゴン三体はゆっくりだ。砂漠フィールドで移動速度が遅くなっているにも拘らず、そのスピードは人が普通に移動するよりも遥かに速い。
ガルデルが乗っているのが銀の毛並みをしたフェンリルのようで先頭を走っていた。長めの槍を持っていて、それを振り回すのだろう。
(本来ならあの倍のスピードで戦えるってことか。脅しとかしているようだけど、結構プレイヤーとしての実力もあるんだろう。ならこのフィールドはこっちにとって有利……なんだけど、あまりにもこっちに有利過ぎないか?)
アッシュ達が戦えなくなったのは偶然。そのおかげでプラスマイナスゼロくらいにはなっているが、それでもこちらに有利すぎるフィールドであるように思えた。
(誰かの意図が絡んでいるのかね……可能性があるならディーテちゃん、か? いや、いくらなんでも特定のクランに肩入れするようなことなんてあるわけがないか。ゲームとはいえ、賞金がかかっている。どこかのクランに贔屓していたとしたら大変なことになりそうだ)
「おいおい、ここまで来てやったのに出迎えもなしか? どこまで行けば罠があるんだよ?」
ガルデルからの音声チャットで思考が中断したハヤトは、慌ててフィールドを見る。
そこには自陣の半分ほどまで来ていたガルデルがいた。ただし、いるのはフェンリルに乗っている二人だけで、ドラゴンはちょうど自陣へ入って来たようなところだった。
「ああ、悪いね。お茶菓子を用意してあるから拠点まで来てくれる? もてなしには自信があるよ?」
「……クソが」
(いい感じにイラついているみたいだ。揃ったら全員で突撃してくるかな?)
それから数分後、相手が全員、自陣の半分あたりまで移動してきた。
「それじゃ、もてなしてもらおうか。つまらねぇもてなしだったら、覚悟しとけよ?」
フェンリルとドラゴン達が動き出す。だが、ガルデルの乗っているフェンリルは動かなかった。自陣の半分あたりで待機しているようでこちらへ向かって来る様子はまったくない。
「来ないのかな? もてなしてあげたいんだけど? そこ、暑いでしょ?」
「気にしないで俺の部下たちをもてなしてくれよ。それに俺は菓子が嫌いでね。酒があったら行ったんだがな」
(思ったよりも冷静だったか? 罠があるのを見越して自分だけは残ったか……参ったな。フェンリルが残るとなると、マリスが飛び出してもクランストーンまで先に着けない。それともこちらの作戦を見抜いている? 面倒だな)
ハヤトは改めてどうするべきか考えなくてはいけなくなった。




