戦力拡充と不思議なマッチング
マリスがエルダーグリフォンをペットにしてから一週間が過ぎた。
ハヤトはその間にレリックの武器「レクイエム」を完成させていた。今日渡す予定なのだが、レリックではなく、なぜかマリスが怒った感じで拠点の食堂に来たのだ。
また、その場には最近ずっと遊びに来ているディーテもいるため、三人で話をすることになった。
「ええと、怒っている理由を詳しく教えてもらえる?」
「聞いてくださいよ! 確かにテイムしたモンスターは戦うことで私達みたいにステータスやスキルを上げることができますよ! でも、効率のためにわざと無抵抗で突撃させるなんて可哀想じゃないですか! オレンジジュースをもう一杯ください!」
やけ酒ならぬ、やけジュース。オレンジジュースをだすと、マリスはそれを一気に飲み干した。
「えっと、よく分からないんだけど、どういうこと?」
テイマーなら分かる話なのだろうが、ハヤトにはよく分かっていない。マリスから聞くのは難しいと思い、ディーテに確認しようとした。
「テイムしたモンスターは今以上に強くすることができる。というよりも、テイムした直後の状態ではそれほど強くないのだ」
「え? テイムした直後でもかなり強かった気がするけど?」
ドラゴンを単騎で倒せるモンスターなどそれほどいない。明らかにエルダーグリフォンは強い部類のモンスターだと言えるだろう。
「確かに初期状態から強いモンスターもいる。つまり鍛えればそれ以上に強くなるのだよ。モンスターにもステータスやスキルは存在する。それは戦うことによって向上させることができるのだ。その辺りは我々と同じということだな」
「なるほど。それでマリスが怒っているのはなんで?」
「スキルを上げるのに効率のいい上げ方というものがあるだろう? テイムしたモンスターでも同じようなことができるわけだ。そのやり方が気に入らないと言ったところじゃないかね?」
ディーテがマリスのほうを見てそう問いかけると、マリスは大きく息を吐いてから頷いた。
「モンスターには耐性スキルと言うものがあるんです。武器や防具を装備できないペットへの恩恵というか、素の状態で炎とか氷に耐性をつけることができるんですけど、それってそういう攻撃を受けることで上昇させることができるんですよね」
炎の耐性スキルを上げたければ、炎の攻撃を受けると言った具合だ。何度もそういう攻撃を受けることで耐性スキルは最終的には100まで上がる。100になればその攻撃を無効化できるといった仕様だ。
もちろんすべての耐性スキルを100にすることはできないので、どれか一つだけ100にすることが主流だ。複数のペットを使い分けて戦うのがテイマーの醍醐味と言えるだろう。
「ペットのスキルについては分かったよ。それで、やり方が気に入らないって言うのは?」
「テイムしたモンスターを弱いモンスターが大量にいる場所へ突撃させて反撃させないようにしていたんです……可哀想じゃないですか! たとえダメージがほとんどなくても、あんなボコボコにされているペットを見て怒りがわいてきちゃいましたよ!」
モンスターには大きく分けて二種類いる。プレイヤーを見ても何もしてこないモンスターと、認識した時点で襲ってくるモンスターだ。
マリスが見たペットは襲ってくるモンスターの群れにぽつんといた。そして周囲のモンスターにボコボコにされていたのだ。それはペットの耐性スキルを上げるときに良く見かける方法ではある。
(なるほど。やっていたのは効率重視のプレイヤーだったんだろうな。ペット大好きなマリスとしてはその行為が嫌だったと。でも、どうなんだろうな。時間短縮のために人道的ではない上げ方をするのも必要なんだろう。それに今はクラン戦争のイベント中だ。可能な限り早めに強くしたいというのはあるかもしれない)
どう言ってやるのがベストなのかハヤトには分からない。悩んでいたところにディーテが顔を覗き込んできた。
「ハヤト君はそういう行為をどう思うかね?」
難しい質問ではある。現実なら間違いなくしないだろう。だが、これはゲームなのだ。ペットに痛みがあるわけではないし、それでペットが怒るということもない。見た目はともかく、やり方としては悪くない。
ハヤトは悩んだ末に答えを出した。
「効率のためとは言ってもペットをモンスターの群れに突撃させるっていうのはちょっと嫌だね。ただ、俺も生産スキルを上げるために大量のモンスターを狩ってもらったわけだし、他の人のことを非難はできないんだけど」
ハヤトの言葉に、マリスも、そしてなぜかディーテも嬉しそうだった。
「何言ってるんですか! モンスターとペットは違いますよ! 仲間かそうじゃないかで明確に分けておかないと! でもハヤトさんがそういう考えで嬉しいです!」
「私も同じ意見だ。敵か味方かできちんと区別しておかないといけない。敵だとしても、いたぶるような真似はしないでもらいたいがね」
二人にとってはペットとモンスターで明確に違いがあるらしい。ハヤトはどちらも同じ括りで見ていたので、間接的にモンスターを倒し素材を大量に得る行為は嫌われるような答えだったかもと内心びくびくしていたが、そんなことはなかった。
ハヤトは気に入られるように答えたわけではない。本心でそう思っている。そもそもこのゲームは現実と思えるほどリアルなのだ。たとえペットに痛みがなくスキル向上のためだとは言っても、自分のペットがボコボコにされていたらいい気分はしない。
(モンスターを複数人でボコボコにするのは特に何とも思わないんだけどね。クラン戦争で相手を倒すのも特に何も思ってない。この違いは何だろうね?)
考えても答えが出るとは思わないので、ハヤトはその思考を放棄した。
直後にマリスが立ち上がる。
「なんか話をしてたら気分がすっきりしました!」
「それは良かった。えっと、どこかに行くのかな?」
「はい! 私もランスロットを鍛えようかと思います! もちろんああいうやり方じゃなくて私なりに愛情をもって鍛えますから!」
ランスロットとはマリスがつけたグリフォンの名前だ。
「行ってきます!」
マリスはそう言うと食堂を飛び出していった。相変わらず元気だなと思いつつ、ハヤトはディーテを見る。
「えっと、ディーテちゃんはまだここにいるの?」
「いては悪いのかね?」
「そんなことはないけど、ここにいるだけじゃつまらないんじゃない?」
「いや、そんなことはない。ここには多くの人が来るからね。彼らと話をするのは楽しいよ。それにここにいるとコーヒーが無料だからね。気に入っているんだよ」
「それならいいんだけど」
相変わらず不思議な感じがするディーテだが、クランの仲間とも打ち解けているように見える。アッシュ達に聞いても悪い感触はないようだった。
エシャも今ではそれほど気にしていないようだった。おそらくランスロットを撫でたときにディーテが治癒魔法を使ってくれたのが効いているのだろうとハヤトは考えている。
そんなこともあって、数日前にもう一度ディーテをクランに誘ったのだが断られてしまった。
ディーテ曰く、次のクラン戦争には参加しないとのことだった。理由を聞いても答えはない。
「私のことは気にしないでくれたまえ。ところで次のクラン戦争では誰と戦うのかな? たしかベッティングマッチを選んでいたと思ったが」
「一応、ランキング三位の『ブラッドナイツ』ってクランと戦おうとは思ってるよ。ただ、相手が選んでくれるかどうかはまだ分からないね。賭けの対象はお互いに同じくらいの値段なんだけど」
ペットのオークションは通常のオークションとは異なり、テイマーギルドの主催で行われている。オークションの施設もテイマーギルド内にあるものだ。
ハヤトはマリスに連れられてそこへ行ったことがあるのだが、三毛猫のオスとヘラクレスオオカブトは大体同じくらいの値段で取引されていた。ややヘラクレスのほうが高いと言ってもいいだろう。
ただ、その値段が驚くほどだった。過去の取引情報を見ても、一億Gが最低ラインなのだ。ハヤトには理解できなかった。
それはともかくとして、値段的には釣り合っている。すでに相手クランへ賭け試合を申請しているが、その返信はまだなかった。
「ふむ。そういった情報を簡単に教えてくれるくらいには信頼されているようだね?」
「……どこかに情報を売ったりしないでね?」
「信頼ではなく、うっかりか。ハヤト君はたまに抜けているね。安心したまえ。そんなことはしないよ。だが、そうか申請しても返信がないか」
「えっと、何かいい手でもあるの?」
「いや、ない。そのクランと戦えるように祈っておこう。では、用事があったのを思い出したので帰るよ。邪魔したね」
ディーテはそう言うと、拠点を出て行った。
(結局帰るのか。相変わらず何しに来ているのか分からないな。みんなに聞いた限りでは特に問題なさそうだからクランに入ってもらいたいんだけど……まあ、仕方ない。ディーテの方はいいとしてレリックさんを待つか)
ハヤトはそう思いながら、コーヒーを飲んだ。
それから三十分ほどでレリックがやってきた。
まずは買ってきた物を倉庫に入れるとのことで、ハヤトは出鼻をくじかれたが、それはすぐに終わり、レリックは食堂へ戻ってきた。
「レリックさん、お待たせしました。ご要望の武器になります」
ハヤトはそういいながら、伝説の執事が着けていたという白い手袋「レクイエム」をレリックに渡した。
「ハヤト様、ありがとうございます。しかし、これは――」
「それは最初にできた最高品質のものです。もし気に入らないと言うことであれば作り直しますが」
「そんなことはございません。あまりにも強い性能でしたので驚いてしまいました」
ハヤトが作り出した「レクイエム」は通常の性能であるアンデッドへのダメージ三倍のほかに、格闘スキルのクールタイムを半分にするという性能を持っていた。
(クールタイム半分ってありえないよな)
ハヤトがそう考えている間に、レリックは今までの手袋を外してレクイエムを装備した。そしてシャドーボクシングのようにその場でパンチを繰り出す。さらには自分の頭の高さまで届くようなハイキックをして見せた。風を切る音がハヤトの耳に届く。
(手袋の装備でも蹴りの攻撃力が上がるのか……?)
そんなゲームあるある的な疑問を思いつつ、ハヤトはレリックに調子を尋ねた。
「どうでしょう? 私の目にはいい感じに見えましたけど」
「はい、動きが良くなった気がします。もちろん、この装備にそのような性能はありませんが、ハヤト様が私のために作ってくださったという事実が動きを良くさせてくれるようです。若返った気分ですよ」
笑顔で恥ずかしいセリフを言われて、ハヤトのほうが照れてしまった。負けじとハヤトも笑顔で返す。
「気に入ってもらえたのなら作った甲斐があります。次のクラン戦争では頼りにしてますよ?」
「もちろんでございます……それでは早速ですが、試し斬り――ではなく、試し殴りをしてまいりますね。実戦でどれくらいの強さになるのか確認しておきたいと思いますので」
「ええ、どうぞ。買い物のほうは問題ありませんので、存分に確認してきてください」
「はい、では行ってまいります」
レリックは頭を下げると拠点を出て行った。
クラン戦争一週間前になると、対戦相手が決まった。
ハヤトの希望通り、現在のランキング三位である「ブラッドナイツ」と見事にマッチングしたのだ。
ただ、気になる点がある。
最終的に「ブラッドナイツ」はハヤトのクランを選ばなかったのだ。別のクランを選んでいたのだが、なぜかハヤトのクランと戦うことになった。ハヤトとしてはありがたい話だが、なぜこんな状態になったのかは分からない。
「はぁ、なるほど。それで私を呼び出したと」
「ええ、昼間なのにすみません」
「いえいえ、大丈夫ですよ。そもそもアンデッドなので睡眠欲はないんです。健康に良いから寝てますけどね!」
相変わらずのアンデッドネタではあるが、吸血鬼のミストは元クラン管理委員会のメンバーだ。今回の状況について何か知っていないかを確認するため、昼間に拠点へ呼んだのだ。
ミストは基本的に昼間は寝ており、夜になると活動する。ハヤトからの依頼で夜間に木材の調達をお願いしていた。
ミストは以前、自分で棺桶を作ろうと伐採と木工のスキルを鍛えていたが挫折。スキル上げをするために棺桶以外の家具を作るのが面倒になったのだ。
それでも伐採のスキルは上げ続けて100となっている。ハヤトはその話を聞いて木材の調達を依頼した。代わりに必要な家具や健康グッズなどはハヤトが作るという形だ。
「屋敷にも品質の良い家具が増えて嬉しい限りですよ。それに健康グッズも増えて召使達にも評判がいいです」
「そうですか。それは何よりです」
ミストは魔国と呼ばれる国に住んでいる。
魔国とは魔族や不死者達が住まう国ではあるが、国として機能しているかどうかは不明だ。
基本的な理念は自由のみ。何をしてもいいが、何をされても仕方ないという考えであり、弱い者は生きられないという場所となっている。とはいえ、そこには自由がある。秩序を持って弱き者を保護するのも自由なのだ。
ミストはその国に家を建てて、何人かの召使と共に住んでいた。
「さて、ハヤトさん、聞きたいことはクラン戦争での対戦相手についてですよね?」
「対戦相手のことというか、なんでマッチングしたのかよく分かってなくて。前日まで対戦できるような状況ではなかったんですよ。その事情をクラン管理委員会のメンバーだったミストさんなら知っているかと思ったんですが」
「なるほど。そういうことなら相手が選んでいた対戦相手が認められなかったんでしょうね。なので、賭け試合をしている同士でランダムマッチが行われたというだけだと思いますよ」
「そういう仕組みなんですか?」
「ええ。八百長防止のために賭け試合が認められない場合があります。その場合、ベッティングマッチをしていて相手が決まっていないクランとランダムマッチになるんですよ」
「なら、うちとブラッドナイツがマッチングしたのは運ですか?」
「そうですね。もちろん似たような戦力というか、ランクや賭けている物の値段などでも似たようなところとマッチングするようになっているので完全な運ではありませんが」
ハヤトは自分の運に少しだけ怖くなる。
相手は指定したクランと戦うことが認められずに、ハヤトの方は希望したクランとの戦いになった。しかも相手はランキング三位。正直できすぎている。
「ひとつ聞きたいのですが、そのマッチングに介入するってできるのですか?」
「それは無理でしょう。大体、マッチングを決めているのは神ですから。私達はその手伝いをしているだけで、選考にはノータッチです」
「マッチングって神が決めているんですか?」
「ええ。ある程度の情報は用意しますが、基本的にはすべて神の判断ですよ」
(神ってゲームの運営のことなのか? アッシュ達は名前のない神がいるって言ってたけど、同じ概念なのかな……?)
ハヤトがそこまで考えたところで、拠点の入口が大きな音を立てて勢いよく開いた。
そして入口から見知らぬ男達が三人、遠慮することなく入ってくる。
一番前にいた男がハヤトを威圧するように睨んだ。
「おい、ここがダイダロスの拠点で間違いないか? 俺達はブラッドナイツだ。リーダーのハヤトって奴を出せ」
ハヤトは面倒なことになりそうだと思ったが、話を聞こうと男達に近づくのだった。




