執事とメイド長
ディーテがやってきた翌日、昼を少し過ぎた頃にレリックがハヤトの自室にやってきた。
基本的にレリックには買い物を頼んでいる。それはチョコレートパフェの材料であったり、ポーションの材料であったりするが、最安値で売っているところを見つけて買ってきて欲しいと頼んでいるのだ。
レリックは世界中をめぐり最安値の材料を買ってきてくれるので、時間はかかるがハヤトはかなり感謝していた。こういう買い出しも以前はハヤトがずっとやっていたことなのだ。
買ってきた物に関してはクランの倉庫へ入れるように頼んでいるので、特に手渡しするようなものはない。倉庫へいれたら音声チャットによる連絡があるだけだ。
レリックが帰るときにはハヤトの方から食堂まで会いに行って挨拶をするのだが、今回はなぜか直接ハヤトの自室までやって来たので、少々驚いたところだった。
「レリックさん、どうかされましたか?」
「はい。実はハヤト様にお願いがあって参りました」
レリックがあまりにも畏まっているので、ハヤトは最悪のお願いをされるのではないかと恐怖した。
レリックにはエシャやアッシュのような強さはない。レンのドラゴンカースやミストの吸血鬼のような特殊なスキルもないだろう。しいて言えば窃盗スキルが強力だが戦力としての強さは低い。だが、決して弱くはない。
前回の戦いでもレリックの格闘スキルに助けられた。後半は傭兵達との連携もあったが、結局あの大量の悪魔達を一体も拠点へ入れなかったのだ。
それは的確にスキルを使用するなどの戦い方が効果的だったのだとハヤトは思っている。攻撃の火力を技術で補っているのだ。そんなレリックが抜けるとなればクランの戦力はかなり落ちるだろう。
「ええと、どういったお願いですか? クランを辞めると言われると困るのですが」
「いえいえ、そんなことはございません。ハヤト様が雇ってくださる間は私の方から抜けたいなどとはいいませんよ」
ハヤトは胸を撫でおろすが、それならそれでお願い事は何だろうと興味を持つ。
「ではどういったお願いでしょうか?」
「はい、私向けの武器を作っていただきたいのです」
「武器ですか」
レリックの話では、前回の戦いにおいて自分は戦力として役に立たなかったことを恥ずかしく思っているとのことだった。
拠点の入口において悪魔の侵入を防ぐという役をしていたが、男爵や公爵級の悪魔を倒したのはエシャ達だ。弱い相手にならそれなりの戦いはできるが、強い相手には全くの役立たず。
今はいいかもしれないが、今後の戦いのためにも自分の戦力を強化したいと考えた結果だった。
ハヤトとしてはレリックが弱いという考えを否定したいところだが気持ちは痛いほど分かる。
明らかにエシャの攻撃は規格外だし、アッシュ達も強い。ハヤトは戦えないが、もし普通に戦えたとしたらあまりの戦力格差にへこむだろうと思っていたからだ。
「大変申し訳ないのですが、スキルの構成を変えることはできません。盗賊系のスキルを極めたことに誇りがありますので。それに今から変えたとしても、残りのクラン戦争に間に合わないでしょう」
「もちろんです。お気持ちはすごく分かります。スキル構成を変える必要はありませんよ」
ハヤトも色々な事情はあるが、生産系のスキル構成を変更するつもりはない。
それにクラン戦争に参加するなら戦闘系スキルは100が基本だ。一ヶ月で100まで上げるのは、ある程度スキル上げの方法が確立されているとは言っても厳しいものがある。とくに90以降は上がりにくいのだ。
「ご理解いただけてうれしく思います。ですので、私自身の戦力を上げるためには装備品を見直すしかないかと考えました」
「なるほど。それは間違いないですね。強さを決める一番の要素は意見が分かれますが、二番目は装備でしょう――お話は分かりました。では、何を作りましょうか? 何でも言ってください」
レリックは懐から紙を取り出し、ハヤトへ渡した。
「伝説の執事がつけていたという手袋の情報です。買い物のついでに色々と調べておきました」
「伝説の執事って何者って気がしますが、分かりました。ええと――」
ハヤトが見た紙には装備とその材料が書かれていた。
名前はレクイエム。材料はユニコーンの角、スノードラゴンの皮、月光草のエキスをそれぞれ一つずつ。ハヤトがそれを確認すると紙が消えた。アイテムを作れるようになったのだと判断する。
(裁縫スキルで作るようだ。それは問題ないけど材料を集めるのが大変だな。ユニコーンの角は女性キャラしか取れないし……これはネイに頼むか。スノードラゴンの皮はアッシュ達が持っている気がする。月光草はオークションでもいいけど、採りに行ったほうが早い。アッシュ達と行ってみるか)
「作る物と材料は分かりました。次のクラン戦争までには用意しておきますので」
「そうしてもらえると助かります。ですが、星五である必要はありませんので、あまり無理はなさらずにお願いします」
「それは約束しかねますね。どうせなら最高品質の物を渡したいので」
職人的に星五以外はあり得ない。それ以外を渡すことはハヤトにとって負けだ。材料はかなり用意して大量に作成すると心に誓った。
「ハヤト様ならそうおっしゃると思いましたが、本当に無理はなさらないようにお願いします。星一だとしても戦力の向上にはなると思いますので」
「時間の許す限りは最高品質を目指しますよ。楽しみにしていてください」
レリックは少しだけ微笑む。そして頭を下げた。
「承知しました。楽しみにしております――では、また買い物に行ってまいります」
「はい、よろしくお願いします」
レリックはもう一度頭を下げてから部屋を出て行った。
ハヤトはまずネイに連絡してユニコーンの角を大量に仕入れて欲しいと伝えた。
オークションで買っても良かったが、大量に必要となるため、お金がかかり過ぎるのだ。クラン戦争に勝利したのでゲーム内の通貨はかなりある。だが、なにかあった時のために残しておきたいのだ。
だからと言ってネイ達に無料で集めて欲しいという話ではない。これは取引だ。
ハヤトが欲しがる素材をネイ達が集め、それを受け取る代わりに武具のメンテナンスや必要なアイテムの作成をハヤトが行っている。友達ということでお互いに労力が見合っていない場合もあるが、どちらも気にしていなかった。
ネイは「すぐに集めるぞ!」と元気よく了承した。
次にハヤトはアッシュへ連絡してスノードラゴンの皮がないかを確認した。
アッシュ達はドラゴンを狩ることが生業だ。基本的にその狩りで得られたアイテムはオークションなどで販売してお金を得ている。とはいえ、全部を売るわけではなく、いくつかは残してあるとハヤトは聞いていたのだ。
アッシュからすぐに持っていく旨の連絡と、必要であればもっと狩っておくという連絡を貰った。そして月光草も一緒に採りに行く話をつける。
これなら材料はすぐに集まるだろうと思ったところで、なぜかレリックが戻ってきた。
「レリックさん? どうかされましたか?」
「メイドギルドのメイド長様がお見えです。拠点の入口でばったりお会いしまして、食堂でお待ちいただいております」
「そうでしたか。すぐに向かいますので」
「よろしくお願いいたします。では、改めて買い物へ行ってまいります」
レリックはそういうと、ハヤトの自室を出て行った。
そしてハヤトは食堂へ向かう。
向かう途中、ハヤトはメイド長が何しに来たのだろうと考えた。
現時点では対戦相手は決まっていない。相手の調査をすることはできないので、ここへ来る理由が分からなかった。もしかしたらエシャの指導のために来たのかもしれないが、そんなことでメイドギルドのトップが来るだろうかと疑問に思う。
会えば分かるだろう。そう思って食堂へ急いだ。
食堂ではメイド長が椅子に座っていた。目の前のテーブルにはオレンジジュースが置かれている。
「おまたせしました」
ハヤトは声をかけたが、なぜかメイド長は心ここにあらずという感じだ。オレンジジュースを見つめたまま微動だにしない。どう考えても自分に気づいていない。
「あの? どうかされましたか?」
エシャに何かされたのかと思うほど動かなかったメイド長の首がぐるりと動いてハヤトのほうを見る。直後にメイド長が一瞬で目の前に現れた。
ハヤトは知らないが、これは一瞬で相手との距離をなくす格闘スキルの技、縮地だ。
「ハヤト様! お伺いしたいことがあります!」
「あの、近いです。あと胸ぐらから手を離して。HPが減ってるから。なんでメイドってそういうダメージを与えてくるの」
ハヤトは過去にエシャにも似たようなことをされた。これはメイドの技なのだろうかと本気で考える。
メイド長はハッとなり離れた。そして服を直し、コホンとわざとらしい咳をする。
「失礼いたしました。どうやら我を忘れてしまったようです。今のことはお忘れください」
それは無理だ。そう思いながらもハヤトは頷いた。そして品質の悪いポーションを飲んでHPを回復させる。
「それで本日はどういった御用でしょうか? クラン戦争の相手はまだ決まっていませんので、調べていただくことはまだないと思っているのですが」
「いえ、今回は謝罪に参りました。前回の戦いではあまりにも情報が少なく、ほとんど意味がなかったと思っています。申し訳ありませんでした」
「そんなことはありませんよ。なにかしらヤバいことをやりそうっていうことは分かっていましたので、それだけでも心の準備ができていたと言えます。何も知らなかったら巨大な悪魔が出た時点でもっとパニックになっていたと思いますので」
ハヤトの言葉にメイド長は驚きの顔をしてから、少しだけ微笑み頭を下げた。
「さすがは救世主様です。我々のミスをお許しくださるとは」
「その救世主様はやめてくれますか? それは許せないんですけど」
「本日はさらに調べた情報を持ってまいりました。いまさらと思われるかもしれませんが、ハヤト様には必要だと思いましたので」
(救世主のくだりは無視か。でも、情報ってなんだ?)
メイド長の持ってきた情報は公爵級の悪魔を召喚する方法とサマナー達が見えなくなった理由についてだった。クラン戦争の内容をエシャから事細かに聞き、それを調べてきてくれたのだ。
まずは召喚について。
男爵級の悪魔を召喚するにはサマナー二人の命、そして公爵級の悪魔を召喚するには五人のサマナーの命を捧げる必要があるとのことだった。さらに大量の光吸草が必要になる。
召喚したサマナー達が倒れてしまうため公爵級の悪魔は一切命令を聞かないが、大規模戦闘のボスキャラをクラン戦争で使える。召喚さえしてしまえば勝てるとの考えだったのではないかとメイド長は説明した。
(相手クランのサマナーがいつの間にか七人も倒されていたのはそれが理由か。なら姿を消すというのも召喚で倒されたということを相手に知られないようにするためだろう――いや、倒されたことはクラン戦争中の情報で確認できる。どちらかといえば召喚方法を知られたくなかったということかな。それに三人が残っていたのはクランストーンの防衛か。それに全員が召喚して倒れたらクラン戦争に負けるからだろう)
ハヤトはそう思って考えを述べたが、メイド長はさらに付け加えた。
爵位を持つ悪魔を召喚するためには通常の召喚とは違い、それなりの時間が必要であり、召喚しているということ自体知られたくなかったのではないか。
また、公爵級の悪魔を呼び出せることを知っていても対策できるかどうかは不明だが、動画のピックアップ対策だろうとのことだった。動画で紹介されてしまうと戦術がばれる可能性が高い。それを避けるための処置ではないか、という意味だ。
これはメイド長の見解なので本当かどうかは不明だが、ハヤトは、確かにそれはあるな、と頷いた。
「そしてこちらも調べてまいりました。お納めください」
メイド長は紙をハヤトに渡す。それはインビジブルと呼ばれるアイテムの製造方法だった。
「姿を消すアイテムです。製薬スキルで作れるアイテムで、いわゆる魔法の粉ですね。体に振りかけると姿が消え、その場所を動かない限りはずっと見えない状態になります。ただ、その状態でも召喚魔法が使えるように、その場での行動なら姿を消したままでも可能なようですね」
ハヤトはこれまたずいぶんと物議を醸すアイテムだなと、改めてそのアイテムの材料を確認する。製薬のメニューを表示させると、そこには大量の散光草を使うことが記載されていた。
(散光草を欲しがったのはこのためか……そんなことよりも問題はこの製造方法をあのクランが知っていたということだ。つまり、NPCの誰かが教えたということだろう。もしかするとあの召喚に関してもNPCが教えた……?)
悪魔召喚研究会にNPCがいないことはクラン戦争中の情報確認で判明している。つまりクランに入れることなくどこかのNPCと親しくなり、情報を得たのだろう。もしかしたら何かのクエストで手に入るのかもしれない。
そんなふうにハヤトは考えを張り巡らせていたところで、メイド長がテーブルに身を乗り出してきた。
「あの……どうされました?」
「こちらからの情報は以上ですが、何かご質問はありますか?」
「え? いえ、今のところは特にありませんが――」
これらの情報をどうやって手に入れたのかを知りたいと思ったが、何か怖いことを聞かされる可能性もあるのでとりあえずスルーすることにした。重要なのは内容であって方法ではない。
「なら私から質問させてもらっても良いでしょうか? 嫌と言ったら、このテーブルが壊れるかもしれませんが」
「そういう脅しをしてくるところはエシャにそっくりですね――あの、そんなにショックを受けないでください。質問があるならどうぞ」
ハヤトがそう言うと、メイド長はなぜか頬を染めてテーブルの上に「の」の字を書き始めた。テーブルがダメージを受けているほど指の力が強い。
家具にはHPが設定されており、0になると破壊されるのだ。勘弁してほしいとハヤトは思った。
「先ほど私をこちらにご案内してくださった紳士的な男性のことなのですが……顔に傷のある素敵なお方と言えばいいでしょうか」
どう考えてもレリックのことである。そしてテーブルに書いた「の」の字。したくはなかったが一瞬で理解した。
「レリックさんのことですか?」
「キュン――レリックさんとおっしゃるのですか。なんと素敵な名前……」
(キュンって口に出して言ったぞ……)
NPC同士で恋愛などがあるのだろうかとハヤトは思ったが、よく考えたらNPCには家族という設定のキャラもいる。そもそもアッシュとレンが兄妹だ。もしかするとNPC同士でも結婚というシステムが存在するのかもしれないな、と考えを改めた。
「ハヤト様。提案なのですが、こういうのはどうでしょうか。エシャを差し上げますので、レリック様をくださいませんか? 等価交換ということで」
「ナチュラルに外道なことを言わないでください。普通に口説いてくださいよ。それに大丈夫ですか? レリックはバトラーギルドに所属していますが」
メイドギルドとバトラーギルドに確執はないと言われているが、覇権を争っているという話を聞いたことがあった。しかも目の前にいる女性はそのトップとも言うべきメイド長。古典の悲劇というか喜劇という感じの物語のようになる可能性がある。
「……運命とは残酷なものですね……」
「そんな大層な話ではないと思いますが」
「しかし、私は女である前にメイド。この気持ちは心の奥底にしまっておきます――毎日会いに来てもいいでしょうか? 見るだけですので」
「心の奥底が浅すぎます。もっと奥深くにしまって封印してください。まあ、月一くらいでお願いします。いらっしゃるときにはレリックもいるようにお願いしておきますので」
メイド長はスキップする勢いで嬉しそうに拠点を出て行った。
(本当は毎日来てもいいんだけど、メイド長が来るとエシャの挙動がおかしくなるからなぁ)
ハヤトはそんな風に思いながら食堂の椅子に座ってコーヒーを飲んでいると、店舗へ繋がる扉からエシャがこそっと顔を出してきた。そしてキョロキョロと食堂内を確かめてから近づいてくる。
「メイド長は帰りましたか?」
「いま帰ったよ。なにか用事があったの?」
「いえ、用事があっても会いたくはないですね」
「用事があるときは会ってあげて。それじゃ俺に用事?」
「そういうわけではないです。メイド長の気配を感じていたのですが、小言も言わずに帰ったので、どうしたのかと思いまして。さては私が有能なメイドであることをアピールしてくださったとか?」
「有能だとは思ってるけど戦闘面だけかな。まあ、メイド長さんも色々忙しいみたいだから。さて、それじゃ部屋に戻るよ。店で売る物とか作っておかないといけないからね」
「そうですか。なら私も店舗のほうへ戻ります。あと、三時になったらおやつをよろしくお願いします」
「はいはい」
エシャが店舗の方へ戻るのを確認してから、ハヤトも自室に戻るのだった。
その日からエシャは毎日メイド長に呼び出されてクランメンバーのことを報告しなくてはいけなくなったらしい。




