シスター
悪魔召喚研究会との戦いが終わって三日後、ハヤトは自室でゆっくりしながら考え事をしていた。
この三日間はかなり平和だった。
祝勝会を開いてエシャとレンにクラン戦争でのお礼に食べたいスイーツを聞いて最高品質のものを渡した。材料を大量に消費してはいるが、これくらいなら安いものだとハヤトは割り切ってかなり奮発した。評判が良く二人は上機嫌だ。それが平和だった理由の一つ。
もう一つの理由は悪魔召喚研究会から不正の申し立てがなかったことだろう。
大規模戦闘に出てくるようなボスキャラをエシャが倒せることも、吸血鬼のミストがクラン戦争中に復活することも、仕様上できるとはいえ、普通に考えたら不正に思われても仕方ないとハヤトは思っていたのだが、クラン管理委員会から調査員が派遣されてくることはなかった。
名前に反して負けを認められる紳士的なクランだった、もしくは公爵級の悪魔を召喚すること自体がグレーだと思っているなどの理由も考えられるが、面倒なことにならなくて良かったとハヤトは胸を撫でおろしていた。
なのでハヤトは別のことを考えている。それは現在のランキングについてだ。
残りの試合は三試合。その三試合でランキング五位以内に入らなければ賞金は貰えない。たとえ上位であっても賞金が得られない順位なら意味がないのだ。
ランキングはポイント制になっている。ランキングが上のクランに勝てばかなりのポイントを貰えるが、ランキングが低いクランに勝っても得られるポイントは少ない。
残りの試合にすべて勝ったとしても、戦った相手のランキングによっては五位以内に入れない可能性がある。一度はランキングが上位のクランと戦って勝たなければならないだろう。
そうは思っても、マッチングはランダムで、クラン共有のお金を調整したところで上位のクランと戦うことは運でしかない。ベッティングマッチで狙い撃ちするという方法もあるが、今の時点で上位クランはそういうマッチングをしてはいなかった。
(どうしたものかな。上位クランは拠点もいいところを持っているだろうし、この場所を賭けても食いついてくるとは思えない。相手が欲しがるものがあればいいんだが)
今はクラン戦争は終わった直後。あと三週間程度は対戦相手が決まらない。しばらくは余裕もあるので上位クランに関する情報を集めようとハヤトは考えた。
そう思った直後、部屋にエシャが入ってくる。相変わらず何の遠慮もない。
「ご主人様、お客様が来てますが」
「難しいかもしれないけど、まずノックしてくれるかな?」
「それは難しいですね。ご主人様の驚いた顔を見たいので。チャンスは逃せません」
「確信犯かー、まあいいや。えっと、どんな客?」
「教会の方ですね。若いシスターの方でご主人様と話がしたいそうです。自首するなら早めのほうがいいと思いますが。面会には行きますからその間も雇ってください」
「衛兵が来たわけでもないのになんで自首するの。犯罪行為は何もしてないから」
とはいえ、シスターが自分に用事があるというのも意味が分からない。ハヤトはそのシスターに会うことにした。
ハヤトはエシャと共に一階の食堂へ移動する。シスターは立ったまま待っていたようだった。
見た目はレンよりも上で十代後半くらい。着ている修道服は青のベースに金色の模様が控えめに入っている。おそらくは教会の紋章なのだろう。ヴェールを被っているが水色の髪が見えた。
「やあ、ハヤト君。会いたかったよ」
シスターの少女は笑いながらそう言った。
年下と思われる女性から君付けで呼ばれて少し訝しむ。相手はハヤトを知っているようだが、ハヤトにはまったく覚えがない。
「どこかで会ったことがあったかな?」
「ああ、これは失礼。そういえば初対面だったね。以前から君のことを知っていたから色々と飛ばしてしまったよ。こういう時は自己紹介をするべきかな?」
「普通はそうだね」
「なるほど。なら自己紹介をしよう。私の名前はディーテだ。以後、よろしく頼むよ、ハヤト君」
「ええと、そのディーテちゃんが俺に何か用かな?」
「ディーテちゃん、か。なかなか新鮮だ。何か用というなら君と会って話をしたいというのが用だね。普段は外へ出ないのだが、どうも君が気になってここまで来たというわけだ」
ハヤトは言葉に詰まる。どう反応していいのか分からないからだ。好意的というよりは単純に興味があるという感じに思える。
ディーテを詳しく見た。名前は間違いないし、特におかしなところはない。しいて言えば名前が黄色なのでNPCだということくらいだろう。分かっているのはそれだけだ。
ハヤトがどうしたものかと思っているとディーテが口を開いた。
「ハヤト君のクランはなかなか強いね」
「クランメンバーのおかげかな。えっと、本当に話をしに来ただけ?」
「その通りだが忙しいのかね? 邪魔をしているなら出直すが?」
「今はそうでもないけど、俺と話をしたい理由が分からないかな。君は俺のことを知っているかもしれないけど、俺は君のことを何も知らないから」
「先ほど自己紹介をしたと思うが?」
「基本的に分かっているのは名前だけだね。恰好から見ると教会から来たとは思うんだけど、教会の仕事でここに来たわけでもないんだろう?」
そもそもハヤトは教会に世話になったことはない。神聖魔法を覚える、倒されたときの復活場所として登録する、教会とはそれくらいの施設だと思っているほどだ。
「名前だけ知っていれば十分だと思ったのだが、足りないかね。なら、なんでも聞いてほしい。答えられることなら答えよう」
一般的な常識から少しずれている気がするが相手はNPC。そういう設定のキャラなのだろうと考えて質問をすることにした。
「ええと、ここへ来た理由は俺と話をしたいってことだけど、俺のことはどこで知ったの?」
「クラン戦争で面白い勝ち方をしていたのでね。しかもこのクランは三ヵ月ほど前に作られたばかりだ。最初から戦っているクランと比べて出遅れているにも拘らず、すでにAランクでしかも上位を狙える位置にいるだろう? 興味を持つなというのが無理ではないかね?」
確かにその通りではあるが、その情報をどこで手に入れたのかと、ハヤトは不思議に思う。
クランの設立日などは調べれば分かる。クランの申請ができる施設では全クランの基本情報が分かるからだ。ただ、面白い勝ち方をしているというのは普通分からない。
ハヤトのクラン「ダイダロス」は、いままで動画にピックアップされておらず、その戦い方を知っているのは対戦相手か、クランの申請ができる施設の関係者くらいだろう。
「もしかしてクラン管理委員会の人なのかな?」
吸血鬼のミストが所属していたクラン管理委員会のメンバーなら確認することが可能かもしれない。そう思って質問した。
「いや、私は所属していないね」
「なら、なんで面白い勝ち方であることを知ってるのかな? 普通、ピックアップされた動画しか試合内容を見れないと思うんだけど? それに対戦したこともないよね?」
「確かに動画はピックアップされていないし、対戦したこともないね。だが、どんなことにも抜け道はあるということだよ。さて、他に質問はあるかな?」
ハヤトが欲しい答えにはなっていないが、細かく聞いても答えてくれそうにないと判断した。とにかく目の前にいるディーテは何らかの形で状況を確認できるということだけは分かった。
さらに情報を引き出せないかとハヤトは質問を続ける。
「面白い戦い方をしているという理由だけで話をしたいと?」
「その通りだよ。特に二回目のクラン戦争は良かった。ハヤト君なら奪われた剣と同じものを作れたのではないかね? それをわざわざリスクのある方法で取り戻した。なぜ、あんなことを?」
(その質問はレリックさんにもされたな。しかし、対戦の内容だけじゃなくて事情まで知っているってことか? なんだ、このNPC? まさかとは思うが運営か?)
このゲーム「アナザー・フロンティア・オンライン」で、運営が操るキャラクターはいないと言われている。
以前はネット上に見たという情報も存在したが、それは嘘の情報だというのが証明されていて、運営が操るキャラはいない、というのがこのゲームの常識だ。
(当時いなかったというだけで今はいるかもしれない。ネットでの情報規制がされていてまったく分からないから何とも言えないが、話している限り運営の印象を受ける。どうしたものかな? いきなりアカウント停止になるようなことはないと思うけど注意したほうがいいのか?)
ハヤトの警戒心が上がる。話をしたい、それだけの理由でここに来ることも怪しいが事情を知り過ぎている。逆に運営でないのなら、NPCがそこまでするだろうかとも思う。
とはいえ、黙っているのもなんとなくまずい。そもそも隠すようなことでもないのだ。ハヤトは答えることにした。
「以前にも聞かれたことがあるんだけどね、奪われたのが悔しいからだよ。それにあれは思い出のある品だ。同じ性能の物が欲しい訳じゃなくて、あれを取り戻したかったからだね」
その言葉にディーテは笑顔になる。
「素晴らしい。君はまったく同じ性能を持つアイテムを作り出せるにも拘らず、思い出があるものだからという理由で取り戻した。それは本当に素晴らしいことだよ」
明らかに上機嫌となったディーテを見てハヤトは不思議に思う。どういった理由で素晴らしいと言ったのか分からないからだ。ハヤトからすれば普通のこと。素晴らしいと言われるような話でもない。
「なぜ素晴らしいのか分からないのだけど?」
「それは私だけが分かっていればいいことだよ。それにしてもハヤト君はエシャ君によく似ているね」
「はぁ?」
いきなりそんなことを言われてハヤトは変な声が出た。目の前の少女が自分とエシャが似ていると言ったのだ。
容姿的な事ではないことは分かっている。そんなものは一目瞭然だ。だが、性格、行動、信念、そもそも似ている部分のほうが少ない。何をもって似ているといったのかまったく分からなかった。
それに不思議なことがある。ディーテは以前からエシャを知っているということだ。今日初めて会ったのならエシャと自分を比べて似ているなどと言えるわけがない。
ハヤトは背後にいるエシャを見る。エシャは眉間にしわを寄せてディーテを見ているだけだった。
(よく考えたらエシャが話に全く割り込んでこなかったな。普段ならとぼけたことを言うんだけど)
「エシャはこの子を知ってるの?」
「いえ、まったく。ただ、どこかで会ったような気もします。以前、私と会ったことがありましたか?」
エシャの質問にディーテは笑う。
「おっと、これはうっかりしてた。そういえば初対面だったね。いや、直接会ったことはないよ。君は有名だから私が知っていてもおかしくはないだろう?」
NPC達の間でエシャが有名なのは間違いない。なんといっても勇者と魔王を前のクラン戦争で倒したのだ。さらには王都の飲食店で出入り禁止になるほどの大食い。NPCが知らないということはないだろう。
その証拠にアッシュ達も知っていたし、バトラーギルドの執事達にも変な顔をされたほどだ。知らないNPCもいるだろうがおそらく少数派だろう。
「確かに有名ですし、見た目も結構いいですが、私の性格まで知っているとは思えません。なぜ私がご主人様と似ていると?」
「自分で見た目がいいと言うのはなかなかいい性格をしているね。確かに詳しいことは知らないが、知っていることもあるということだよ。簡単に言えば思い入れのあるアイテムを大事にしているという部分だね。それが似ているという意味だよ――さて、ハヤト君。君と話せてよかったよ。これからも頑張ってくれたまえ。ぜひともランキング五位以内を目指してほしい」
ディーテは笑顔になると、くるりと後ろを向いて拠点を出て行こうとした。
ハヤトはそれを引き留める。
「ちょっと待ってくれるかな」
何者かは分からないが、なんとなく不思議な感じのするディーテは戦力になるかもしれないとハヤトは思ったのだ。
「ディーテちゃん、もし良かったらこのクランに入らないか? 今、クランメンバーを募集中でね。君が強いというならぜひともクランに入ってもらいたいんだけど」
ハヤトのその言葉にディーテの動きが止まる。そして振り向いた。
「君には驚かされるね。私をクランメンバーに引き入れたいと?」
「強ければ、という条件付きだけど」
「面白い。そうだね、自分で言うのもなんだが私は強い。きっと君の期待に応えられるだろう」
「なら――」
「まあ、待ちたまえ。君はこれまで誰かを仲間にするとき、生産スキルを使って欲しいものを与えているだろう? なら、私にもなにか作ってもらいたいね」
(どこまで知ってるんだ? いまさらだけど仲間にすることが危険な感じもする。やっぱりやめておくか……?)
ハヤトがそう思ったと同時にエシャが前に出た。
「なにか怪しいですね。本当にお強いのですか?」
「ふむ。私が強いかどうか試したいということかな? いいだろう、かかってきたまえ」
ディーテは顔に余裕の笑みを浮かべながらエシャを挑発する。
エシャもそれに呼応するようにベルゼーブ666を取り出した。




