爵位を持つ悪魔
戦いが始まると同時に敵陣のプレイヤー達が可視化され、ハヤトの目には敵陣の奥深くに十人のプレイヤーが映る。
だが、すぐに消えてしまった。そして次の瞬間に大量の悪魔が現れる。
(どういうことだ? サマナー達はどこへ行った?)
ハヤトの混乱をよそにアッシュ達が敵陣へ突撃していった。
アッシュ達の視点では遮蔽物によってサマナー達がいる場所が見えない。サマナー達が消えたことも知らないだろう。
「サマナー達が消えたんだけど、理由は分かる?」
ハヤトはエシャとレンにどういう状況なのかを確認した。だが、二人からの答えはない。首を横に振るだけだ。
なんとなく嫌な予感がするのでハヤトはアッシュ達へ音声チャットを送った。
「相手のサマナー達が消えた。状況は分からないけど危険だと思う。どうする?」
「それならクランストーンを狙う。この程度の悪魔なら特に問題ない」
アッシュから返答が聞こえ、ハヤトはそれに「分かった」と答えた。
こういった戦略はアッシュに任せているので、アッシュの考えに異を唱えるつもりはない。ただ、アッシュの判断に任せるにしても色々な情報を送るのは自分の役目だとフィールドを見渡した。
二十体以上の悪魔がこちらへ向かって移動している。残りはアッシュ達を邪魔しているようだが、アッシュ達の敵ではないようだ。
ただ、悪魔を倒してもすぐに再召喚された。ハヤトには見えないがサマナー達は確実にフィールド上にいて、悪魔を召喚しているのだろうと予測する。
こちらに向かっていた悪魔に関してはレリックが砦の入口で戦いを始めていた。
レリックは最初に風神蹴りというローリングソバットのような範囲攻撃をすることで何体かの悪魔を倒し、その後、一対一の戦いを始めた。
基本的に格闘スキルによる攻撃は弱い方だが、この悪魔達に関しては特に問題なく戦えている。エシャの援護射撃も効果的なので、今のところ砦には入られていない形だ。
作戦としては十分機能していると思った矢先、敵陣で何か巨大な物が出現した。四メートルほどの巨体な悪魔だ。青い肌にコウモリの羽、そしてヤギの角。大量に召喚された悪魔とは異なり、強そうに見える。
「ハヤト! 男爵級の悪魔が出た! 立て直すために一旦引くぞ!」
アッシュのすこしだけ驚いたような声がした後、敵陣の奥深くまで侵攻していたアッシュ達が退却を始めた。
「えっと、男爵級の悪魔ってなに? アッシュ達が退却するほどなのかな?」
ハヤトの疑問にレンが答える。
「悪魔には爵位というのがありまして、それが高いほど強いんです。男爵は結構強いですね。兄さん達だけでも倒せるとは思うんですけど、戦いづらい場所なので引いただけだと思いますよ」
「そうなんだ? なら心配はいらないのかな」
「最上位の公爵級が出てきたら絶対に負けるレベルですけどね!」
なるほど、とハヤトが感心していると、エシャが首を傾げた。
「それにしてはおかしいですね。男爵級の悪魔なんて召喚できましたか? 召喚魔法は詳しくないのですが、呼び出せてもポイント八の騎士級が最高だと思ったんですが」
「でも、もっと強い公爵級の悪魔とかいるんでしょ? だったら呼び出せるんじゃないの?」
「そういうのはモンスターとしているというだけです。召喚魔法で呼び出せるなんてことは聞いたことがありません」
エシャの言葉を聞き、ハヤトは考える。
(もしかして、これが不正と言われた理由なのか? 相手クランはプレイヤー達どころかNPCも知らない召喚方法を知っている? まさかとは思うけど、その公爵級という悪魔も呼び出せるのか?)
「ハヤト様、今よろしいですか?」
レリックから音声チャットが届いた。
「どうしました?」
「いえ、悪魔達がいなくなったのですがどういう状況でしょうか?」
「え?」
アッシュからの情報に気を取られて周囲の確認を怠っていたハヤトは砦の上から周囲を見渡した。
レリックの言う通り、大量の悪魔達がいなくなっている。いるのはアッシュから連絡のあった男爵級の悪魔だけだ。
(これってどういう状況なんだ?)
ハヤトの思考が途切れる。
敵陣でかなり大きな光の柱が立ち昇ったのだ。それが収まるとそこには十五メートルほどの巨人が現れた。男爵級の悪魔と同じような姿だが、その肌は赤い。大きさから考えても男爵級よりも強いのだろう。
その悪魔が雄たけびを上げた。
するとその悪魔の周囲に先ほどまで相手にしていた悪魔達が大量に呼び出されてこちらに移動してきたのだ。赤い肌の悪魔はニヤニヤと笑いながらハヤトのほうを見ている。
「あれが公爵級の悪魔ですよ!」
「ああ、うん。なんとなくそう思ったよ。でも、あれが出てきたら絶対に負けるんじゃないの? 俺達じゃ倒せないんだよね?」
「普通、数十人で戦って勝てる程度の強さです。兄さんがドラゴンに変身出来たらいい勝負するとは思うんですけど」
(大規模戦闘のボスかよ……でも、どうしたものかな? あれは倒さずにクランストーンを狙うべきか? でも、あれを放置して相手の砦へ行くのは無理っぽいんだよな。入口の目の前に立ってるし)
大量の弱い悪魔は問題ない。問題は男爵級と公爵級の悪魔だ。
男爵級の悪魔はアッシュ達で何とかなるとの話なので、まずはそれを倒してもらう必要がある。とはいえ、倒してもまた召喚されては意味がない。倒した上で召喚させないようにしなければいけないのだ。
まずはサマナーを倒さない限りはどうあがいても勝てないかと思いつつ、ハヤトは相手クランの状況を確認した。
普段はあまり使わないが、クラン戦争中に相手クランの簡単な情報を見れるシステムがあるのだ。
その情報を見てハヤトは驚いた。
すでに相手クランのプレイヤーが七人も倒されたことになっているのだ。
「アッシュ、忙しいところすまないが、相手クランの誰か倒したか?」
「いや! 倒してない! 倒したのは召喚された悪魔だけだ!」
アッシュ達は誰も相手クランのプレイヤーを倒していない。倒していないのに倒したことになっている理由。考えられるのは自爆だ。ハヤトも黒龍でそれをしたことがある。
(いや、自爆というよりは、悪魔を召喚するときの生贄みたいなものか? 現実のオカルト的な話で、悪魔を呼び出すにはそれなりの代償が必要になるとか聞いたことがある。普通の触媒だけじゃなくて、自分の命をささげて強力な悪魔を呼び出すって方法がこのゲームにはあるってことなのだろう。あくまで予測だけど)
ハヤトはそこまで考えて、タイムアップを狙う作戦を思いついた。
クラン戦争は一時間で終わる。
その時は総ダメージ数で勝敗がきまるのだ。こちらの総ダメージ数は相手の弱い悪魔を何体も倒したのでかなりの数値になっている。このままタイムアップすればこちらの勝ちなのだ。
「よし、男爵級の悪魔は倒したぞ!」
アッシュの言葉にハヤトはフィールドを見る。そこで男爵級の悪魔が光の粒子になって消えるのを見た。
「確認した、ありがとう。色々相談したいから一度拠点まで戻ってくれ」
「クランストーンは狙わないんだな? まあ、あの悪魔がいる以上、砦の中には入れないか。分かった。ポーションも尽きそうなので一度戻る」
アッシュ達が悪魔を倒しながら砦のほうへ戻ってくるのを確認してから、ハヤトは公爵級の悪魔のほうを見た。
公爵級の悪魔はニヤニヤしているだけでその場を動こうとはしない。
(あれもNPCなのだろうけど、どういう思考なんだろうか? 別にクラン戦争に勝つつもりはないってことか?)
弱めの悪魔を砦に送っている以上、何もしないという訳ではなさそうだが、どういう思考で行動しているのかまったく分からないのは不気味だ。
ハヤトはとりあえずみんなと相談してからだなと考えて、アッシュ達を待った。
数分後、アッシュ達が戻ってきた。
弱い悪魔が侵攻してくるので、レリックや団員達は砦の入口で悪魔達を倒している。砦の屋上にいるのは、エシャ、アッシュ、レン、そしてミストだけだ。
ハヤトはさっそく相談を始めた。
「公爵級の悪魔をどうするか相談したいんだけど、どうするべきかな? 個人的にはこのままタイムアップを待つという手もあると思うんだけど」
その言葉に全員が顔を横に振る。口を開いたのはアッシュだ。
「相手は悪魔だぞ? 今は遊んでいるだけだが、最終的にはこちらを襲ってくる。何とか倒す方法を考えたほうがいい」
「良く知らないけど、倒せるものじゃないんでしょ?」
「普通なら、な。でも、こちらには俺のドラゴンブレスに匹敵する火力がある。エシャ、デストロイならあれを倒せるよな? たしか確殺だろ?」
アッシュの言葉にエシャは少しだけ渋い顔をする。
「大規模戦闘で出てくるようなボスキャラを確殺するのは無理ですね。デストロイは大ダメージを与える攻撃であって即死系の攻撃ではありません。確殺できるのは相手が人のときだけです」
「なら二発ならどうだ?」
「いけるとは思うのですが、二発目を撃つには三十分のクールタイムが必要です。やるなら早めにお願いします。すでに開始から二十分は経っているので、二度撃つにはあと十分以内に一度当てないと無理です。それにここからでは射程範囲外なので、一度敵陣まで行かないとダメですね。結構ギリギリでしょう」
「ハヤト、俺が思うにあの悪魔に勝つにはそれしかないと思う。どうする? 決めてくれ」
こういうときのハヤトは判断が早い。そもそも戦闘に関してはアッシュに一任していると言ってもいいからだ。
「分かった。その作戦でお願いするよ。それじゃエシャ、すまないけど敵陣まで行ってデストロイをぶっ放してくれるかな?」
「それ相応の料理を要求しますよ?」
「何でも言って。どんなものでも星五で用意するから」
エシャはその言葉にニヤリと笑う。
「さすが私のご主人様ですね。決断が早くて頼もしいです。救世主と言われるだけあります」
「言ってるのはメイドギルドだけだからね?」
アッシュはエシャを連れていった。
屋上から見るとアッシュと団員達がエシャを護衛しながら敵陣のほうへ向かっていた。弱い悪魔が邪魔をしているが、あまり効果はないようでスピードを落とさずに移動できているようだ。
そして砦の屋上に残っているのはハヤトのほかにレンとミストだ。
「さて、ハヤトさん。私達は私達で色々と準備をしておきましょう」
「準備?」
「エシャさんのデストロイを食らえば、まず間違いなくあの悪魔はこちらへ向かってきます。デストロイは三十分のクールタイムがある。それまであの悪魔の攻撃を防がなくてはいけません」
それはそうだとハヤトは思った。あの悪魔はニヤニヤしているだけだが、攻撃を食らってもそのままなんてことはないだろう。
「あの手の悪魔はクランストーンを狙ってくるでしょう。つまり砦に近づけさせないようにするのが重要です」
「なるほど。ちなみになにか案があったりしますか?」
「あまりやりたくないのですが、私が何とか止めましょう。ハヤトさんにも協力してもらいますよ?」
「え?」
ミストの言葉にハヤトは驚いた。
あの公爵級の悪魔は、数十人はいないと倒せないようなボスモンスターだ。ゲームの大規模戦闘で最後に出てくるようなボス。それを止めると言っているのだ。
「ミストさん、知っていると思いますが私に戦闘力はないですよ?」
「戦闘力を求めているわけではありません。私の補佐をしてもらうだけだから安心してください」
どこにも安心できる要素はないのだが、とりあえずハヤトは頷いた。そもそも戦闘面ではまったく役に立たないのだから何かできるなら役に立ちたいのだ。
「分かりました。それでミストさんはどうやってあの悪魔を止めるんです?」
「それはもちろん戦ってです。一対一で戦って足止めしますよ」
「いや、それは無理じゃ――」
ハヤトがそう言いかけたときに周囲が暗くなる。完全に夕日が地平線に隠れ、空には星や月が見えるくらいになったのだ。
そしてミストの紳士的な顔は何も変わっていないが、夜になったというだけでかなり不気味な感じになった。気のせいかもしれないが、何かしらの凄みを感じさせるのだ。
「夜は吸血鬼の時間ということです。公爵級の悪魔だろうと止めて見せますよ。たとえ死んでも……ね!」
ミストはそう言って得意げな顔をする。
(吸血鬼ってそもそもアンデッドだと言うのは野暮なのかな? それともツッコミ待ち?)
レンがミストのほうを見ながら「おおー」と言って拍手をしている。そしてミストは右手を軽く上げてそれに応えていた。
その後、ミストは棺桶をクランストーンの前に置いた。ハヤトが作った最高品質の棺桶だ。
「それじゃハヤトさん。私が倒されるとこの棺桶に灰が湧き出る感じなので、そこにトマトジュースをかけてください。それだけで復活できますので」
「棺桶にトマトジュース? もしかして俺の手伝いってそれなの?」
「まあ、そうですね。時間で復活もできるのですが、トマトジュースなら即復活ですので。しかも星五の品質で素材は魔樹。HP全快で復活ですよ!」
「思ってたのと違うかな……」
「トマトジュースが嫌なら普通の生き血でもいいですけど」
「そういう意味じゃないです。でも、了解しました。やりますからあの悪魔が動き出したら止めてください」
「お任せを。ドラゴンブラッドもあるので公爵級の悪魔でも結構持つと思います」
ミストがそう言った直後、敵陣から大きな音が聞こえた。
すぐにそちらへ視線を向けると、地上からレーザーのような攻撃が悪魔に直撃している。
レーザーを受けた悪魔はニヤニヤしていた顔から憤怒の顔になり、エシャのほうへ向かって動き出した。




