夕日の見える砦
クラン戦争当日、ハヤト達は拠点の食堂で戦いが始まるのを待っていた。
準備は万端。いつでも戦える状態にはなっている。
不安なのは二点。対戦相手が殲滅で勝利したときの状況、そして散光草と光吸草の使い道だ。これがメイドギルドの調べでも分からなかったのだ。
分かっていることは、そのときの相手クランがAランクであったこと。そしてそのクランが悪魔召喚研究会について不正ではないかと申請したことだけだった。
Aランクのクランが不正と思うような行為。そしてクラン管理委員会では不正としなかった以上、それは不正ではなく正当な行為なのだ。
ハヤトはミストにそのことを確認してみたが守秘義務があるということで教えてもらえなかった。というよりも、それは担当が違うので知らないとのことだ。
小心者か慎重なのかは微妙な線だが、ハヤトはそのことが前から気になっている。
「ご主人様、悩んだところでもうどうしようもありません。どんな敵でも倒せばいいんですよ」
「そうなんだけどね。君らより強い人がいるとは思えないから、どんな対応をされても負けるとは思ってはいないよ。でも、相手の手の内を知らないというのは、こう、ちょっと不安でね。いくら尖った編成が強いとはいってもサマナー十人でクランを作るのは何かありそうでね。それに、その状態でAランクを維持しているのは驚異的だと思うんだ」
サマナーは一体でも何かを召喚するとその場から動けなくなる。その場から動けないだけで行動をすることは可能だが、本人の戦闘力は全くなくなると言っても過言ではない。
(一人四体の悪魔を召喚するという戦術。本人が狙われたら危険であることも分かっているはずなのに、それを護衛する仲間がいないというのは厳しいはずなんだけどな)
召喚された悪魔や精霊は勝手に動く。ある程度の指示は出せるが、基本的にはかなりいい加減だ。本人を守れという命令も可能だが、ポイントが二の悪魔はかなり弱い。数がいてもすぐに倒されるだろう。ポイントが八の悪魔が普通のプレイヤーよりもステータスが少し良い程度なので、ポイントが二の悪魔はその四分の一程度の強さしかないのだ。
(クランストーンを破壊できない場合はなにか違う戦術に切り替えるのか? ポイント八の悪魔を全員で召喚するとか? うーん、分からない。ネイ達も知らないって言ってたしなぁ)
ハヤトのいたクラン黒龍にはサマナーがいなかった。基本に忠実な感じのスキル構成をしているメンバーしかいなかったため、そこからも情報を集めることができなかったのだ。
「今日は遅いですね」
ハヤトが考え事をしている時に、レンがオレンジジュースを飲みながらそんなことを言った。
時間を確認するとすでに午後五時を回っている。クラン戦争はほぼ一日かけて開催されるため、全部のクランが同じ時間に戦っているわけではない。今回、ハヤト達はまだバトルフィールドに転送されていなかった。
「私は夜になるほどありがたいのですけどね」
「でも、ミストさんは日焼け止めがあるから昼間でも大丈夫じゃないんですか?」
「いやいや、日焼け止めを塗っても弱体化は避けられないのですよ。ただ、ハヤトさんが作ってくれた日焼け止めは高品質なので、一割程度のステータスダウンで済みますけどね。夜ならフルパワーで戦える上に何度でも復活できますから時間が遅いほど助かります」
「そうなんですか。あ、でも、確かに私の呪いコレクションも夜に呪いが強くなっている気がします!」
「それは気のせいです。というか、吸血鬼は呪いじゃないですからね?」
そんなレンとミストの会話を聞きながら、吸血鬼って反則だなと思った。
夜限定ではあるが、クラン戦争で倒れても復活できるというのはあり得ない。
いくつかの対処法はある。その中でも一番分かりやすいのは棺桶を壊すことだろう。棺桶がなければ復活できないのだ。とはいえ、吸血鬼を相手にして棺桶を破壊することができるかどうかといえば、それは難しい。
棺桶がクラン共有の倉庫に入っていても効果を発揮しないため、棺桶をどこかに置かなくてはいけないのだが、それはクラン戦争中の拠点になる砦の中だ。そこまで近寄るのがそもそも難しい。
他にも木製の武器で吸血鬼の心臓を突くと倒せるなどがあるが、そもそも弱い木製の武器をクラン戦争で持っていることが稀だ。
(吸血鬼になる方法はほとんどのプレイヤーが知っているだろうけど、棺桶で復活するとかは知らないよな。そしてその対処法も。明らかに初見殺しだ。まあ、俺のような戦えない奴がクランに所属しているんだから、これくらいのハンデは貰っておかないと)
そう思ったところで視界が切り替わり、クラン戦争のバトルフィールドへ転送された。
夕日が地平線に沈む、起伏の激しい岩だらけの荒野。ここが今回のバトルフィールドとなる。
あと少しでクラン戦争が開始されるため、ハヤト達は作戦を改めて確認することになった。
「ハヤト、すまん。こんなデコボコした場所じゃ踏ん張りがきかないからドラゴンに変身できない。もし変身できたとしても、遮蔽物が多いし、ドラゴンブレスを撃っても効果がないと思う」
「ああ、気にしないでいいよ。そもそもドラゴンブレスが間に合うかどうか分からないからね。普通に人型で戦っても強いんだからそっちでよろしく頼むよ」
召喚魔法は魔法に媒体を使うためなのか、効果発動までの時間が短い。一秒とかからずに召喚が可能だ。
それに比べてアッシュの変身はともかく、ドラゴンブレスは発動までの時間が長い。効果が発動するまでに召喚した悪魔に攻撃される可能性が高いのだ。
「分かった。それじゃ俺達は動けないサマナーを狙う作戦でいいんだな?」
「ああ、それで頼む。相手クランは大量の悪魔を召喚してくるらしいけど、一体一体は弱いはずだから、アッシュ達だけでも近寄れると思う。もし行けそうならクランストーンも狙ってくれ」
「任せろ」
「ミストさんもよろしくお願いしますね」
「夕方ですけど、何とかなるでしょう。この時間帯から始まるなら途中で夜になると思いますし」
アッシュと傭兵団の団員四名、そしてミストはサマナーを直接狙う部隊になる。サマナーを倒しても召喚された悪魔は消えないが、それ以上増えることもないので、まずサマナーを狙うのが常套手段だ。
「クランストーンの守りはエシャ、レリックさん、レンちゃんでお願いします。レリックさんは砦の外で悪魔を中に入れないようにしてください」
「承知いたしました。弱い悪魔であれば、格闘スキルでも倒すことはできるでしょう」
レリックは砦の入口を守り、中に入れないようにするのが目的だ。また、格闘スキルによる範囲攻撃を多用して可能な限り複数の悪魔を対処する。
相手クランは大量の悪魔を召喚するという戦術であるため、砦の入口を守ることは正しい。とはいえ、戦闘は基本的に一対一。負けることはなかったとしても、相手がわざわざ順番待ちをしてくれるわけではない。相手は悪魔数体を犠牲にして砦の中に入ることを狙ってくる。
そしてレリックが守る入口を突破してくる悪魔を倒す人員も必要だ。
「エシャとレンちゃんは砦の中でクランストーンそのものを守る形でお願いするよ。二人とも遠距離主体だろうけど、弱い悪魔なら一対一で勝てると思うから」
砦の屋上へ来るためには階段を上がるしかない。砦にある階段は二つ。その一つずつをエシャとレンが守ることになっている。階段から上がってくる場所での戦いなら一対一にもちこめるので、その配置となった。
レリックに階段を守らせるという手もあったが、範囲攻撃がもったいないのでこういう配置にしている。
「分かりました! しっかり守ります!」
レンが勢いよく返事をするが、エシャからの返事はなかった。エシャはさっきから夕陽のほうを見て、ずっと黙っているのだ。
「あの、エシャ? どうかした?」
「ああ、いえ。すみません、何でしょうね? 既視感と言えばいいでしょうか。砦から夕陽を眺めることが以前にもあったような気がしまして」
エシャはハヤトのほうを見ることなく夕日を見ながらそう答えた。
「おや、エシャもですか。実は私もそう思っていたところです。このような綺麗な夕日を忘れることなんてないと思うのですが」
エシャの言葉にレリックも反応する。
AIに既視感なんてあるのかとハヤトは思いつつ、思ったことを口に出した。
「二人とも前は同じクランだったから似たような状況で戦ったんじゃないの?」
「そうかもしれませんね」
レリックはそう言うが、エシャは何も言わなかった。
エシャはずっと夕日のほうに体を向けており、ハヤトのほうからエシャの顔は見えない。
だが、振り返ったエシャの顔を見たハヤトは少しだけ驚く。普段のエシャからは想像もできないほどの寂しそうな表情だったからだ。
「あ、あの、エシャ、どうかした? 大丈夫? チョコレートパフェとか食べる?」
ハヤトの言葉にエシャが一瞬だけきょとんとしたが、その後、少しだけ笑う。
「いつでも食べ物に釣られると思ったら大間違いです。ご安心ください。大事なことを忘れているような気がしただけです。センチメートルな気分というやつですね」
「センチメンタルね。ちょっとは調子が戻った? えっと、今はクラン戦争に集中してもらえると助かるかな。大変そうなときに悪いとは思うんだけど」
「ええ、すみません。大丈夫です。作戦は分かってますから安心してください。砦の階段で悪魔の侵入を防げばいいということですね。接近戦は苦手ですが、この銃の餌食にしてやりますよ。あ、チョコレートパフェは食べます。今日二つ目ですが」
エシャはそう言ってから銃を曲芸のようにくるくると回して、最後には右手で持ち肩に乗せた。そしてニヤリと笑う。
「よろしく頼むよ――あの、レンちゃん、何かな? ズボンを引っ張らないで」
「エシャさんだけにずるいと思います。私もチョコレートパフェを食べたいです。私も今日二つ目ですが!」
「ああ、うん。もちろんだよ。二人分用意するから」
「なるほど。つまりたくさん敵を倒したほうが二つのチョコレートパフェを手に入れられるということですね。腕が鳴ります」
エシャの言葉にレンがハッとした顔になり、五寸釘とワラ人形を両手に持ち構える。
「たとえエシャさんでも負けませんよ!」
「そういう勝負じゃないから。エシャも左手でコイコイってレンちゃんを煽らないで」
「それじゃハヤト、俺達は配置につくから」
「もう少し助けてくれてもいいんだけどね?」
振り回されている感じのハヤトを残し、アッシュ達は砦を離れ持ち場へと移動していく。
アッシュと団員達、そしてミストは敵陣に最も近い中央付近に移動した。
サマナー達は敵陣の一番奥で最初に召喚してくるとハヤトは睨んでいる。召喚されるのは仕方ないが、いきなり強襲をかけることで出鼻をくじこうという作戦だ。あわよくば、クランストーンを狙う。
問題は今回の戦いが何もない草原というわけではなく、岩だらけの起伏の多い荒野であることだ。遮蔽物が多く、平坦でもないので、一直線で相手まで行けるかが微妙な場所となる。どちらかと言えば相手側に有利な場所と言えるだろう。
レリックは砦の入口となる自陣中央の最も手前だ。
砦の入口は自陣中央の一番手前にしかない。そこでレリックが悪魔たちを迎え撃つことになる。レリックの戦闘は格闘スキルが主体だ。範囲攻撃のウェポンスキルはあるが、クールタイムの事情から連発することはできない。基本的には一対一となる。
取りこぼした悪魔達をエシャとレンは砦の屋上にある階段付近で倒すことになる。エシャの場合は砦からフィールドに攻撃が可能なので最初はレリックの支援となるが、それは途中までだ。悪魔が砦の中に入ってきたら階段での防衛に切り替わる。
ハヤトが一通りの配置と作戦を頭の中でおさらいしたところで、クラン戦争が開始された。




