祝勝会
吸血鬼のミストが来た日の夜、ハヤトはメンバーを集めて祝勝会を開くことにした。
ミストに棺桶を作ると約束した後、全員にそういう連絡を送ったのだ。また、正式にこの場所が拠点になったことも連絡している。
その後、ハヤトは準備を始めた。一応、エシャとレリックが手伝ってくれているが、買い物と食堂の準備をお願いしただけで、料理の準備はすべてハヤトだ。
一ヵ月前の戦いでは、直後にクラン「殲滅の女神」とのいざこざもあり、何もしていなかった。クラン戦争で二回も勝ち、Aランクになれたのは間違いなくみんなのおかげであり、ハヤトとしてはそれに感謝したいのだ。
それにハヤト自身、もてなしをするのが好きだ。
会社勤めのころ、接待のために会場を押さえたり、料理の発注をかけたりと色々な準備をしたことがあったが、その接待で喜んでくれる人が多かった。自分のもてなしで相手が喜んでくれることがハヤトは好きなのだ。
残念ながら会社のお金でもなければそういうことは出来ないので、せめてゲームの中だけでもと考えている。クラン「黒龍」でも、結構な頻度で宴を開いていた。そして今回はエシャ達のために色々と準備をしている。感情豊かなNPC達なのだから、やりがいがあるとせっせと料理を作り始めた。
(エシャ達は本物の人のようにしか見えないんだよね。それにNPCは高性能AIじゃなくて、本当は運営が操っているんじゃないのかっていう人もいる。中に人がいると言われても驚かないよな。でも、それはないか。ログアウトらしきことはしていないって言うし)
このゲームの場合、ログアウトするとキャラクターそのものがゲーム内から消えることになる。主にベッドで睡眠をとるなどの行為がログアウトになるのだが、NPC達はベッドで眠ることはあってもキャラクターそのものが消えることはないのだ。
運営が動かしているキャラクターだけがそういう仕様なのかもしれないとの話はあった。だが、とあるプレイヤーが真夜中に寝ているNPCに呼びかけたらすぐに目を覚まして動き出したという話があった。NPCに中の人がいたとしても常時接続でもしていない限り、その行動はできないだろうという話になっており、現在では中に人がいる説を推すプレイヤーは少ない。
(もし、中に人がいるのならエシャには会ってみたい気がするね。なんというか怖い物見たさで)
ハヤトはもてなし用の料理を作成しながらそんなことを考えていた。そして時間を確認するとそろそろメンバーが集まる時間だったので、ハヤトは大量に作った料理を拠点の食堂に運び、見栄えがいいように並べるのだった。
拠点で行われた祝勝会は結構な盛り上がりを見せている。
エシャ、アッシュ、レリック、レン、そしてアッシュ率いる傭兵団の団員達。それぞれが楽しく料理を食べながら歓談していた。
「さすがご主人様と言わざるを得ません。ウェディングケーキの最高品質、堪能致しました」
「あれを一人で食べるとは思わなかったよ。しかも二個」
「そうですよ! 酷いじゃないですか! 私も食べたかった! 今度一人で食べたら呪いますよ!」
「レン様、バケツプリンを抱えておきながら何をおっしゃるのですか。あれは私への報酬であって、祝勝会で用意された料理とは別の物です。ちなみに、料理効果でステータスが色々上がっておりまして、今の私は無敵感があります。デストロイを何発でも撃てそうとだけ言っておきます」
「冗談だとは思うけど、本当にやめてね」
その後、エシャとレンは競うようにスイーツ系の料理を食べ始めたので、ハヤトはその場所を後にした。そしてアッシュとレリックがいるほうへと移動する。
「二人とも料理はどうかな?」
「最高品質の料理だけだからな。美味しくいただいているよ」
「大変美味なものが多く圧倒されてしまいます。しかし、よろしかったのですか? このような豪勢な祝勝会を開くとなるとかなり散財したと思うのですが」
確かにハヤトはこれらの料理を用意するのに結構なお金を使っている。だが、クラン戦争により、相手から多くのお金を得られたのだ。
クラン戦争に勝つことで得られる現実の賞金はクランが所持しているゲーム内通貨の量に影響される。Aランクの賞金を満額手に入れるにはゲーム内通貨をかなり所持する必要があるのだ。そのため、先のクラン戦争により、ハヤトの想定以上のGを手に入れることができた。
(億とは言わないが、それに近い通貨を得られた。それもこれも皆のおかげだ。これくらい還元するのは何の問題もないよな……いや、待てよ? よく考えたら還元じゃなくてみんなに分配しなくちゃダメだよな。やべ、前回のクラン戦争でのお金も全然分配してないぞ)
ハヤトはそう考えて、アッシュ達に頭を下げた。
「アッシュ、レリックさん、思い出したんだが、クラン戦争で得られたお金の分配をしてなかった。アッシュや団員さんは前々回も含めて二回分だな。すまない、色々とあって忘れてた。すぐに計算して皆に分配するから」
ハヤトがそう言うと、アッシュは一瞬なんの話をしているのか分からないような顔をした。だが、すぐに気づいたのか、首を横に振る。
「なにを言ってるんだ。クラン戦争で手に入れたお金はハヤトがそのまま使ってくれ。俺や妹は最高品質のエリクサーを作ってくれただけで十分だ。団員達も性能のいい装備を作ってもらえて同じ気持ちだし、そもそもクラン戦争へは俺達が勝手に参加したようなものだしな」
「いや、そういう訳には――」
「気にしなくていい。前に言っただろう? ハヤトが役立たずじゃないことを証明したかったからクラン戦争に参加したって。まあ、黒龍のクランメンバーもそんな風には思ってなかったみたいだけどな」
「……いいのか?」
「ああ、それに何かあった時はハヤトの生産スキルを当てにしてる。その時は優先的に対応してもらえると嬉しいかな」
「分かった。その時は優先的に対応させてもらうよ」
「それじゃ、これからもよろしく頼むぜ、リーダー」
アッシュは笑顔で右手を出した。ハヤトも右手を出して握手する。固い握手を交わしている時に、ハヤトの耳にエシャ達の声が聞こえてきた。
「いいですか、レンさん。あれが、尊い、です」
「はあ。ハヤトさんと兄さんが握手しているだけですよね?」
「レンさんにはまだ早かったですかね。私くらいの上級者――いえ、超越者になると、あれだけでチョコレートパフェ三杯はいけます」
「それは私でも三杯いけますけど?」
ハヤトは無視した。聞こえない振りだ。そして今度はレリックのほうへ視線を向ける。
「レリックさん、話は聞いていたと思いますが、この間のクラン戦争でのお金をお渡ししますので――」
「いえ、私もアッシュさん達と同じように不要ですよ。ギルドへ執事を雇うためのお金、月十万Gだけをお納めください」
「そういうわけにはいきませんよ。レリックさんのおかげで剣を取り戻すことが出来たのですし、受け取ってもらわないと――」
「いえいえ、実は私もエシャと同じようにギルドではお荷物でしてね。執事として雇ってもらえるだけで十分ありがたいのですよ」
そういってレリックは微笑む。顔に傷もあり、強面の部類ではあるが、意外と威圧感は感じない。ハヤトはそんなことを思いながらレリックを見つめた。
「分かりました。それでしたら、毎月雇わせて頂きますので、今後もよろしくお願いします。それに自分の生産スキルが必要なら優先的に対応しますので」
「はい、期待しております。では、これからもよろしくお願いします」
レリックは左手を胸へ当てて丁寧にお辞儀をした。ハヤトは普通に頭を下げる。するとまた声が聞こえてきた。
「あれは尊いですか?」
「どうでしょう? あまり年寄りには興味がないので尊いとは思いませんね。そういうお年寄り専門の方はいますが少数派です」
「難しいですね……」
ぼそぼそと言っている割にはハッキリ聞こえるエシャとレンの方へハヤトは体を向けた。
「君達、ちょっといいかな? 色々と台無しなんだけど? とくにエシャ。レンちゃんに変なことを教えないでくれる?」
ハヤトの言葉に、エシャとレンが近づいてきた。そしてエシャはキリッとした顔で反論する。
「変な事とは心外ですね。これはメイドの嗜みです。辛く苦しいメイドの仕事、その苦境の中で想像する一筋の光、いえ、希望と言ってもいいでしょう。それを変な事とは何事ですか」
「もっと他に嗜むことがあるよね? それに言いたくはないんだけど、メイドの仕事をしてたっけ? まあ、それはいいか。どちらかと言うとメイドというより戦闘員として雇ってる感じだし。それじゃエシャにはお金を分配するね」
「いえ、いりませんよ。毎月メイドギルドに十万Gだけお支払いください――なんでそんなに驚いた顔をされるのですか?」
「いや、すごく意外だったから」
エシャのことなので、料理を食べるためのお金が大量に必要だと思ったからだ。そのお金がいらないと言ったのがハヤトには予想外だった。
このゲーム内では食事をすることができる。プレイヤーにとってそれは栄養の摂取ではない。ゲームにおける一時的な能力の向上、それに味覚による刺激を求めて食事をするのが大半だ。だが、NPCがどんな目的で食べているのかは誰も知らない。AIに味覚というものが本当に存在しているのかどうかも分からないのだ。
エシャに限って言えば、絶対に味覚があるだろ、という答えしか思い浮かばないハヤトとしては、そのために使えるお金を受け取らないことがかなり意外だった。
「えっと、本当にいいの? お金があればもっと色々食べられるよ?」
ハヤトがそう言うと、エシャは鼻で「フッ」と笑った。
「このエシャ・クラウン、以前にも申しました通り、王都の主要な食堂ではすべて出禁となっておりますので、お金があっても美味しい物は食べられないのです」
「ああ、聞いたことがあるね。でも、なんでそんなことになってるわけ?」
「色々な食堂で大食いチャレンジというものがありまして、それに参加したら店主に泣きながらもう来ないでくれと言われました。あの程度で大食いチャレンジとは片腹痛い――いえ、別に本当に片腹が痛くなったわけではないですよ? 営業妨害的な話ではありません」
「いや、それくらい分かるから。つまり、お金があっても食事ができないってこと?」
「ありていに言えばその通りです――みなさんの視線がとても痛いですね」
「えっと、なら自分で食材を買って料理を作ったら?」
「ご主人様は私のスキル構成を見たはずですが? 残念ながらどんなに頑張っても料理スキルは一向に上がりません。食材がただの黒ずみになるならまだマシなほうで、何かこう見てはいけない新しい生命体を生み出すレベルなのです」
「料理っていう名の錬金術か何かなの? そういうスキルはないけど」
ハヤトはそういいながら、エシャのスキル構成を思い出した。エシャの料理スキルはマイナス100なのだ。初めて見たときは驚いたものだが、それ以上にエシャの戦力に驚いたので、いまのいままでハヤトは忘れていた。
周囲の視線が哀れみに変わるが、エシャはどこ吹く風だ。
「そんなわけでして、お金よりもおいしい料理がいいですね。つまりご主人様の作った料理が食べられるのならお金はいりません。むしろ、三食デザート付きで雇ってください。あと週休七日なら文句なし」
「週休七日だと俺が文句あるよ。でも、まあ、三食デザート付きなのは別にいいよ。必要以上に食べなければ倉庫の料理を勝手に食べてくれていいから。あ、でも、クラン戦争用に作った料理は食べないように――なんでそんな顔をしてるの?」
エシャは形容しがたい顔をしていた。一番近いのは困った顔だろう。複雑な表情を見せるエシャにハヤトは少し驚く。
そしてエシャは溜息をついた。
「まさか本当に許可するとは思いませんでした。今までも毎日デザートとしてチョコレートパフェをいただいておりましたが、さらに三食付きますか。なんというか、ご主人様は無駄にお優しいですよね。甘ちゃんですし」
「無駄にって言わないでくれる?」
いい条件を出したのになぜかダメ出しのようなものをされているハヤトはちょっと不満だ。そのことについて文句を言おうと思った矢先、エシャが何かを思い出したような顔をした。
「ああ、そうでした、実は聞きたいことがあったのです。お金はいいですから、一つだけ教えてください」
「えっと、何かな?」
「ご主人様はどうしてクラン戦争で勝ちたいのですか?」
「え?」
エシャの質問に周囲にいるメンバーもハヤトのほうを見つめた。興味津々と言った感じだ。そしてエシャは答えないハヤトに対してさらに質問する。
「以前私はクラン戦争に参加しましたが、目的は特にありませんでした。単純に勝つことが目的だったとも言えますが。ですが、ご主人様はそんなことないですよね? クラン戦争に勝てばお金が手に入るというのは確かに魅力ですが、ご主人様なら普通に生産系スキルでお金は稼げますし、クラン戦争に参加する必要はないと思うのですが」
ハヤトは答えに詰まる。
目的はゲームの外、つまり現実にあるからだ。ハヤトの目的は現実の世界で得られる賞金。だが、それをNPCであるエシャ達に言っても意味が分からないだろう。もしくはAI保護で理由を言っても通じない可能性が高い。
答えないハヤトに対してエシャは目を細くする。
「まさかとは思いますが、ご主人様も特に理由はなくクラン戦争に参加されているんですか?」
なぜか少し不機嫌そうになったエシャに対してハヤトは覚悟を決めた。本当のことは言えないが、間違ってもいないことを言おうと思ったのだ。適当に話をでっちあげても良かったが、ハヤトはそれをしたくなかった。
「クラン戦争でランキング上位に入れば夢を叶えることができるんだよね」
ハヤトの夢。それは喫茶店を開くことだ。たまたま古い映画を見て、これだ、と思った。どれだけのお金がかかるかは分からないし、ノウハウもない。だが、挑戦せずに諦めるほどの低い熱意でもない。
そしてそのチャンスがゲームの中にあった。本来なら逆立ちしても得られないチャンス。
本物のコーヒーで喫茶店をやるなど賭けだ。どうせ賭けるなら、それにすべてを賭けようと考えてハヤトは突発的に会社を辞めた。もともと仕事が自分に合わなかったということもあるし、人に使われるのが嫌になったという理由もあるが、普通に働いてお金を貯めても叶えられそうにない夢だったからだ。
黒龍のメンバーとなら上位のランキングに入ることも可能だと思っていたが、理由はともかくクランから抜けることになり、賭けは失敗したと思った。だが、そのおかげで、絶対に賞金を狙うという方向にシフトしたとも言える。そしてNPC達のおかげでそれを目指せる位置に戻れた。ハヤトの賭けはまだ続いていると言えるだろう。
(生活が懸かってるのに賭けをしている時点でアウトだけど、そうでもしなきゃ、どうせこの状況から抜け出せないしな……やっぱり、エシャの言う甘さをなくさないとこれからは難しいのかね)
ハヤトがそんなことを考えていると、エシャが真面目な顔でハヤトを見つめていた。
「夢、ですか」
「ああ、うん。どんな夢なのかは聞かないでくれるかな。こういうのは人に言わないほうが叶いやすいと思うし……えっと、これで納得してもらえる?」
「……はい、納得しました。そうですか、ご主人様には夢があって、それを叶えるためにクラン戦争に参加していたと」
「そうだね。まあ、その割には必死さが足りないって思うかもしれないけど」
「ええ、全く足りませんね。どんな手を使ってでも相手を蹴落とすくらいの気持ちでやってもらわないと。ですが――」
エシャはハヤトを見て微笑んだ。
「ご主人様はそのヘタレな性格は治せないと思うので、代わりに私がどんな敵でも屠ってあげますよ。三食デザート付きのお礼です……いえ、どうやらここにいる全員で、ということですね。みなさんもやる気になっているみたいですし」
「そういう理由があったのなら必ずこのクランをランキング上位にしてやるぞ。でもいつかその夢を教えてくれよ」
「わ、私も頑張ります! 誰であろうとも呪いますよ! うひひひ……」
「私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
アッシュ、レン、レリック、そして傭兵団の団員達もハヤトに手を貸すと言いだした。そして今度は皆が自分の夢を語りだす。叶えられそうな夢から荒唐無稽の夢まで色々あるが、全員が楽しそうに語っていた。
(エシャがちょっとデレた? なんだかくすぐったいね。でも、みんなが応援してくれるのか。黒龍にいたときもちゃんと説明しておけばあんなことにならなかったのかもしれないな、今更だけど。それはそれとして、みんなにもそれぞれ夢があるのか。たとえゲームだったとしても、俺のスキルで何とかなるなら叶えてあげたいところだ)
ハヤトはそんなことを考えながらみんなを見渡す。そしてゆっくりとコーヒーを飲み、楽し気な雰囲気に身を任せた。
そんな祝勝会の翌日、ハヤトはメイド達に取り囲まれ、なんの事情説明もなくメイドギルドへ連行されたのだった。




