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第十八話 マゼンティアの賢者達

 ここは、【ダルシアン王国】の東部にある【格闘都市クライゼル】、ここには世界中から猛者が集う【ダルシアン闘技場】が存在している。

 本日この【ダルシアン闘技場】で開催されるイベントのために、【格闘都市クライゼル】の住民は熱気と興奮に包まれていた。


 この【格闘都市クライゼル】は一年中、何らかのイベントを開催しており、【ダルシアン闘技場】の収入で都市を運営している。

 そのためか、ここの住人には血の気が多い者が多く、【ダルシアン闘技場】に入り浸っている。

 その筋金入りの住人たちがこの一週間待ちわびていたイベントが、本日の夕刻から開催されることになっていた。

 

 「いやぁ、あのSランククラン【えとらんぜ】の新加入メンバーと、荒くれ者として名を馳せる【黒斧】のザンジバルとの決闘とはな」

 「ああ!今から楽しみで仕方ねえぜ!」


 目が肥えた【格闘都市クライゼル】の住民たちは、血で血を洗う激戦に期待で胸を膨らませながら開戦の時を待ちわびていた。



 ……一方その頃、【ダルシアン闘技場】の控室では――


 「ええ!?チケット完売ですって!?じゃあこの巨大な闘技場が満員になるってことですか!?」

 「その通りよ、闘技場の支配人がホクホクしてたわ、大体三万人くらいになるんじゃないかしら?」

 「さ、三万人!?あわわわ、そんな大観衆の前に立ったことなんか一度もないですよー、決闘以前に緊張で死んじゃいそうです」


 何度もいうが、私と歩美は少し前まで普通の女子高生だった。

 教室で他の生徒たちの前で発表するだけで緊張するレベルだったのだ。

 それが、その何百倍もの規模の闘技場の大観衆の前で決闘をするだなんて、考えただけで吐きそうになる。


 「あんな大きなモンスター相手に戦ってきたんだから大丈夫よ、すぐに慣れるわ」

 「ああ、三万人いようがなんだろうが、実力を見せて黙らせてやればいいさ」


 いやそんなこと言われても、モンスターは三万人もいないでしょうよー……

 私は人前でなにかするのが苦手なんだ。力で黙らせようが、そこに三万人がいると思うだけで緊張してしまう……


 「いや、さすがにいきなり三万人の前は、ちょっとハードルが高いかもしれませんね……」



 途端に緊張してガタガタ震え出した私と歩美を見て、大河くんが助け舟を出してくれる。

 さすが、同じ召喚追放組だ。メンタルお化けのアデリナさんたちと比較しても私たちと感覚は似かよっているため、気持ちがよく理解できるのだろう。


 常にソワソワして青白い顔をしている私と、急に何回もトイレに行き出した歩美を見てアデリナさんたちも心配になったみたいだ。


 「でも困ったわねぇ、これじゃあ本来の実力が出せない可能性が高いわね」

 「せっかく作戦もバッチリだったのにな、マゼンティアの賢者共を驚かすチャンスだったのにもったいねえ」



 「……え?」


 たったいまカグヤさんが聞き捨てならないことを言った気がする。


 「今、なんて言いました?」

 「……ん?ああ、せっかくマゼンティアの賢者のジジイ共も観戦にくることになっているのに、残念だなぁと……」

 「どういうことですか!?あいつらがなんでこんな所まで!?」

 「あら、言ってなかったかしら?今日みたいな国同士の対抗戦はそれぞれの国のお偉方がゲストとして招かれるわ。今回の【マゼンティア公国】の代表者として招かれたのがその賢者たちってわけ」

 


 ……何ということだ!

 っていうか絶対にわざと伝えなかっただろう!

 私たちが緊張でガチガチになってしまった時の起爆剤代わりに黙ってたに違いない。


 ……でも、まあ。


 起爆剤としては凄まじい効果があるのは間違いない。


 「何かあの時のことを思い出したら怒りのあまり緊張なんてどうでもよくなってきたぁ!!!」


 いや、思い出すだけでむかついてきたわ。

 そうか、あのジジイ共が観戦するのか。

 だとしたら、やることは一つだ。


 「大斧ゴリラをボコボコにしてぶっ飛ばす!!!」


 アデリナさんたちの狙い通りなのは癪だが、私のモチベーションは限界を突破している。

 あのジジイ共め、私たちを追放したことを絶対に後悔させてやるんだからね。


 「み、都ちゃんすごいね、都ちゃんを見てたら私も大丈夫な気がしてきたよ」


 歩美が苦笑いを浮かべている。

 大丈夫だよ歩美、何なら私一人でもやってやる。

 それくらい今の私はやる気に満ち満ちているんだ。


 「すげえな都のやつ、よっぽどあのジジイ共にムカついてるんだな……」

 「ええ、想像より遥かに深い怒りを抱いているわね、まあ……やる気を出してくれて良かったわ」


 こうして、私たちは最大の難関だった大舞台での緊張を克服し、決闘が始まるのを待つのみとなった。



 ◆◆◆◆


 一方その頃、対戦相手の控室では……


 「さて、今日は徹底的に相手を潰すぞ、小娘だからって遠慮はいらん、わかってるよな、ゴードン!」

 

 都たちの対戦相手、【黒斧】のザンジバルともう一人、ゴードンと呼ばれた男が控室で出番を待っている。


 「ええ、もちろんわかってますよ、だが団長の相方が私でよかったんですか?」

 「何を言ってるんだこらあ!うちの副団長のおまえを差し置いて誰を選ぶってんだ!」


 今回は二対二の決闘となるため、相方の存在が必要だ。

 【ブラックアックス】の副団長【双斧】のゴードンが今回は相方を務めることになっている。


 「まあ、あんな小娘共はさっさと片付けて次はあのアルフレドとかいういけ好かない団長を狙うぞ、いいな!」

 「はいはい、まあ私もあの女の子たちには負ける気はしないですけどね、とりあえずボチボチ頑張りますわ」

 「てめえ!もっと気合を入れんかぁ!なめてっと俺がやっちまうぞこらぁ!!!」

 「いやいや、こんなとこで仲間割れしてもしゃあないでしょ、仲良くやりましょ仲良く」


 常にハイテンションで声を張り上げるザンジバルと違い、ゴードンは常にどこか気怠そうでテンションが低い。

 この凸凹コンビがAランククラン【ブラックアックス】を支える二枚看板であり屋台骨だ。

 今回、【ブラックアックス】としての最強のコンビで挑んでくる辺り、口ぶりとは裏腹に都たちを警戒しているのがわかる。


 二人が掛け合いをしている最中、唐突にドアがノックされた。


 「はい、どうぞ!」


 ゴードンが返事をするとドアが開き、豪華な刺繍がそこら中に施されたローブを着た男性が三人入ってきた。

 両端の男性はいかにも気難しそうな表情をした老人といった感じだった。

 中央の男性のみ三十代くらいだろうか、両端の老人と比べたら遥かに若いが、ただ者ではない空気を醸し出している。


 「こ、これはこれは賢者様、こんなむさ苦しい場所へわざわざお越し頂きありがとうございます!」


 すぐさまゴードンが立ち上がりおべんちゃらを述べる。

 この辺りは、役柄的にお手の物なのか、脊髄反射で対応できる辺りはさすがである。


 「ああ、そのままで大丈夫じゃ、ちょっとした激励にな……」


 老人のうちの一人が口を開く。

 どうやらこの三人は自国の代表者の激励がてら様子を見にきただけらしい。

 その言葉を聞いて、ザンジバルが鬱陶しそうに舌打ちを打つ。


 「で?【マゼンティア】の偉い偉い賢者様たちから見て俺たちは激励が必要なくらい心配ってことですかい?」


 いかにも不愉快そうにザンジバルが嫌味を放つ。

 自らのクランが所属する【マゼンティア】の中で間違いなく上の立場であろう、賢者たちに対しても態度を変えないあたりは、ザンジバルなりの信念だろうか。


 「まあ、そう言うな、仮にもお前たちは我が【マゼンティア】の代表として戦うのだ、【ダルシアン】の猿共なんぞに不覚を取るなんぞ、万に一つもあるまいな?」


 中央の賢者が憎々しそうにザンジバルに言葉を放つ。

 【ダルシアン】の冒険者を猿共と言いきってしまう辺りに両国の関係性が垣間見える。

 

 「ふん!心配せずとも、負けはせんわ!あんたらはいらん心配をしないで黙って見ていれば良いのだ!」

 「……相変わらず口の利き方を知らんな、まあ良い、その言葉を信じて黙って下がるとしよう、だが万が一のことがあった時にはわかっておるな?」

 「ああ、任せておけ!万が一なんぞ起こるはずもない!」


 三人の賢者たちは、ザンジバルたちを一瞥すると控室を出ていった。

 ドアが閉まるのを確認すると同時に、ザンジバルが机に拳を思いっ切り振り下ろす。

 ドカン!という音と共に机の上に置いてあるコップや花瓶が乱舞する。


 「くそぉ!なんだあいつらはぁ!偉そうにするのも大概にしやがれぇ!!!」


 ザンジバルなりに賢者たちの言動に我慢の限界がきたのだろう。

 賢者たちに聞こえる可能性を厭わず、胸の内を大音量で吐き出した。


 「まずいですよ、ザンジバルさん!聞こえちゃいますって!」

 「ふん!かまわんわ!今日の試合に勝てば良いのだろうが、勝てば!」


 腕を組み、ふんぞり返りながらドスンと椅子に座り直しながらそう告げると――


 「おうゴードン!今日は最初から全力でいくぞ!開始と同時に真っ直ぐ突っ込んで秒殺で終わらせてやるからな!」


 あまりにも単純すぎるド直球な本日の作戦を告げた。


 

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