8.エピローグ
「おーい、アルス」
アルスとシロロが水場にいると、しばらくしてからカイの呼ぶ声がしました。
カイは留守番を気にして、両親よりも先に帰ってきたようです。アルスの姿を見つけたらしく、こちらへ向かってきます。
「留守番ちゃんと……えっ、黒い竜?」
カイは立ち止まりました。
アルスはポンプを動かして、大きなたらいに水を足し入れながら話します。
「シロロが卵から出てきたんだよ。お兄ちゃん、おめでとう、は?」
「あっ、ごめん。えっとシロロ、おめでとう」
生まれてきた命に最初にかけるのは、いつでもお祝いの言葉です。
アルスの家では、卵から孵った竜に真っ先にかける言葉は、『おめでとう』なのです。
「うん、ありがとう」
水面のさざめくたらいの前で、シロロは濡れた翼をゆすります。
「シロロは黒い竜だったんだ」
まだ信じられなくて目をこすっているカイに、アルスはきっぱりと言います。
「でも、ぼくの友だちだよ。ずっと一緒にいるよ」
カイはアルスを見て、次にシロロに視線を向けて、少ししてから大きくうなずいて見せました。
アルスとシロロの友情は、カイにも伝わったのでしょう。
「よし、シロロを洗うの、手伝うよ。アルスも服がびしょびしょだよ」
言われて初めて、アルスは自分もシロロと同じようにびしょ濡れになっていることに気づきました。
シロロが海賊に奪われそうになってからこれまでのことで、アルスもシロロも気持ちが高ぶっていました。
それで、水場でシロロを洗うはずが、一緒にいられる喜びですっかり水遊びになってしまっていたのです。あたり一面に水滴が飛び散っています。
たくさんの水たまりが、日の光を反射していました。
「ただいま」
少しすると、お父さんとお母さんの声がして、こちらへ歩いてきました。二人は、シロロの姿をしっかりと見い出したようです。
「留守番ちゃんと……おお、これはこれは立派な虹色竜だな、おめでとう」
「まあまあ、シロロは本当に虹色竜だったのね、おめでとう」
「ええっ?」
アルスもカイも疑問の声を上げます。
思わずシロロの全身を見ますが、真っ黒なまま。黒い羽も鱗も何ひとつ変わっていません。
兄弟二人は、ちょうどシロロをきれいに洗い終えて、タオルで拭いてやっているところでした。
アルスは首をかしげて尋ねます。
「どうして虹色竜なの。シロロは真っ黒だよ?」
お母さんが、ほほえみながら告げました。
「あれ、もしかして二人とも知らなかったかしら。他の竜と違ってね、虹色竜だけは生まれたときは黒い色なのよ。数年したら、七色に変わるのよ」
「ええええええっ」
アルスとカイとシロロの叫び声がこだましました。
「知らなかった」
「何で言ってくれなかったの?」
「知らないとは思わなかったわよ」
アルスとカイとお母さんとで話をしていると、白いタオルをかぶったままのシロロが打ち明けました。
「シロロは、本当はもっと早く卵から出るつもりだったんだけど、虹色じゃないからみんなをがっかりさせちゃうと思って、なかなか出てこられなかったんだよ」
「それは気の毒だったね」
お父さんが困った顔をして同情します。
シロロがなかなか殻を割らなかった理由がはっきり分かって、アルスも謝りたいと思いました。
「心配かけてたんだね、ごめんね」
しみじみと話してからタオルを取ると、アルスはやさしくシロロをなでます。絹のようななめらかな感触がしました。
シロロはにっこりします。
「ううん。もういいんだよ。みんなに会えて嬉しい」
アルスは改めて告げました。
「ぼくたちもシロロに会えて嬉しいよ。これからは何でも話してよ」
カイもお父さんもお母さんもそのとおり、とでも言うように何度もうなずきました。
服を着替えて落ち着いたところで、アルスはお母さんに話しました。
「さっき、お兄ちゃんと、シロロのこれからの名前をどうしようかって、話していたんだよ」
「名前?」
お母さんが聞き返します。
「うん、姿を見たら名前が思いつくかもってお母さん言ってたよね。白い色の卵だからシロロにしたんだけど、これからは黒い色だからクロロって呼んだらいいのかなあって。でも、シロロで慣れちゃったんだよね。それに、もし虹色になるなら、ニジロってまたそのうち名前を変えなきゃいけないし」
「アルス、変なことで悩んでいるなあ。好きな名前で呼んであげればいいだろう」
お父さんが笑いながら話しました。
「ぼくも、別にクロロにしなって言ってないよ」
カイも言い返します。
アルスはシロロを見つめて、少し考えました。シロロもアルスを見つめ返します。
卵のときに共に過ごした、心地よく楽しい時間は、これからもそのまま膨らんでいきそうに思えるのです。
「そうだなあ。白い卵のときからずっと友だちなんだってことで、シロロでいいかな。どんな色でもずっと離れないでいたいから」
「シロロはシロロでいいよ。アルスと一緒だよ」
羽を伸ばして、黒い竜のシロロは嬉しそうに答えました。
「虹色竜が生まれたときは黒いなんて、全然知らなかったなあ」
アルスは笑ってそうつぶやき、そこで海賊船の船長が話してくれたことを思い出しました。
『黒い竜だろうが何色だろうが、おれの前でやったように、堂々と友だちだと言うんだ。おまえの態度は立派だった。何も臆することはないぞ』
「あっ……」
アルスは思わず声を上げました。
さわやかな風が心の奥まで伝わっていったように感じます。
きっとバルバザン船長は、卵から孵ったばかりの虹色竜が黒い色だということを知っていたんだ。
そう思いいたったのです。
シロロのことを友だちだと言ったのを聞いて、わざと手下たちには内緒にして帰って行ったのでしょう。
アルスは、改めてシロロに向き合いました。
きれいに洗って乾いた身体は、黒くつややかで、きらきらと輝いています。
「シロロ、これからもよろしくね。ずっと一緒。いっぱい遊ぼうね」
「アルス、よろしくね。ずっと一緒にいるよ」
「うん、シロロ」
アルスは卵だった友だちを、やさしく抱きしめました。
やがて年月が過ぎ、大人になったアルスは、南で一番大きな島にある〈竜郵便中央局〉で仕事をするようになりました。
時には、東へ西へ北へと旅行もしているそうです。
でも、いつもはおしゃべりする大きな竜がそばにいます。きれいな虹色の竜だけど『白い色』からとったシロロという名前です。
「卵のときから、ずうっと友だちなんだよ」
アルスはいつでも、笑顔でそう話すのです。
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