6.アルスと海賊
「えっ!」
卵を盗みに来た、という言葉に、アルスは驚いて手を伸ばします。しかし、男の人の背が高くて持っている卵まで届きません。
「シロロ!」
アルスは叫びました。
腕に卵を抱えると、二人は走り出します。
シロロを奪おうとするなんて、信じられません。
「待って! シロロを返せ!」
アルスは追いかけます。
二人の男の足は速くて、すぐにアルスの家の門から外へ出てしまいました。
行く先には、二頭の馬が引く馬車が止まっていました。農作業で使うような荷台のついた古びたものでした。男の人たちはそれに乗ってきたようです。
「泥棒!」
アルスが声を張り上げると、二人は卵を持ったまま荷馬車の前までたどり着き、にやりとした笑みを浮かべます。
「泥棒じゃなくて、海賊さ。おれたちは、船に乗ってお宝を探しに来たんだ」
「海賊……?」
追いついたアルスは、肩で息をしながらつぶやきました。
アルスも聞いたことがあります。この海の向こうには、大きな船でやってきては島々を荒らしまわり、人のものを盗んでいく海賊がいると。
ただ、アルスにとって海賊は、ほとんどおとぎ話のような存在でした。
この島には、大金になるようなものは何もありません。
島のみんなは豊かな自然の宝庫だと思っていますが、そのすばらしさはお金には代わらないものです。海賊など来る余地もありません。
それに、アルスの住むところは、島でも港とは反対側に位置しています。
家のそばの海岸付近にはサンゴ礁が広がっていて、小舟でしか出入りはできないのです。港のにぎやかさからも遠いところでは、海賊のことを詳しく知る機会はありませんでした。
呆然とするアルスを、海賊たちはからかいました。
「海賊を知らないわけはないだろう。しかもおれたちは、一攫千金しかねらわない」
「虹色竜の卵なんて値打ちもの、おれらには見逃せねえってもんだよ」
どうやら二人は、アルスの卵のうわさを聞きつけてやってきたようです。
アルスは頭のなかが真っ白になり、のどがからからに乾きました。
まさかシロロがお金になると思って、海賊にねらわれるなんて。
海賊の男たちはとても大きくて強そうに見えました。荒波をいくつもいくつも越えてきて、強くて鍛えられた体をしているのです。
アルスは気おされてしまいましたが、何とか口を開きます。
「それは……」
声を出すうちに、勇気がわいてきました。
「それはぼくの卵だよ」
それから大声で呼びかけます。
「シロロ!」
すると海賊が手にした卵から声がしました。
「アルス!」
海賊たちは、卵の竜がしゃべったことに一瞬ひどく驚いた顔をしましたが、すぐに大きな笑い声を立てました。
「こいつは本物の虹色竜だな。まだ卵のなかにいるのに話ができるぜ」
「確かに卵から声が聞こえたぞ。すげえな」
アルスはこぶしをにぎりしめて訴えます。
「そうだよ。ぼくは卵のなかの竜と友だちなんだ。だから、取らないでよ!」
懸命に伝えましたが、二人はそんなアルスをあざ笑うのです。
「卵のときは、誰にも権利はないんだぜ。生まれたときに話が通じた奴のものだって聞いている。卵のうちは取ったもん勝ちさ」
まだ生まれていない虹色竜。海賊からすると、手に入れるなら今が一番ねらい目なのでしょうか。
今日が竜神様のお祭りの準備で、家に人がいないことも知っていたのでしょう。
「おれらの船長は、ちっぽけなものは盗まねえんだ。宝石とか美術品とか、すごく珍しくて手に入らないものや値打ちのあるものしか取らねえと決めている。その卵は船長のお眼鏡にかなったんだ。あきらめるんだな。おれたちが立派に孵して金持ちに売りつけてやるからよ」
「嫌だよ!」
アルスは大きな声で叫ぶと、海賊から卵を取ろうと身を乗り出しました。
「しつこいな!」
海賊はアルスの体を振り払います。
アルスはそのまま転んでしまい、砂地から体を起こそうとしたときには、海賊たちは馬車に乗ろうとしていました。
「シロロを返せ!」
アルスは座り込んだままもう一度叫びましたが、赤毛の海賊は馭者台へ走っていきます。
もうひとりは卵を持ったまま、古びた木の荷台へひょいと上りました。卵を荷台にあった荷物に縄で固定します。そうしてから、顔をのぞかせて低い声で言い捨てました。
「卵のひとつくらい、また見つければいいさ」
「シロロは見つからないよっ」
アルスは立ち上がり、荷馬車に向かって走りながら、続けました。
「シロロはシロロだ。どんなことがあっても、その卵はぼくの友だちに決まってるんだ!」
しかし、アルスが言い終わるか終わらないかのうちに、馬車は動き出します。
アルスは何とか追いついて荷台に上ろうとしますが、どうしても足をかけるところまで届きません。汗だらけになって、とうとう体が離れてしまいました。息を切らしながら手を伸ばしても、空を切るだけです。
荷馬車はぐんぐん進み、アルスは引き離されていきます。
そのときです。
「アルス!」
シロロの声がしたかと思うと、ぱりぱりぱりっと続けて音がしました。
ものすごい勢いで、荷台の上のシロロが卵の殻を割っているのです。手の爪、足の爪、口まで使って、普通の竜の子が休みながら少しずつ割っていくはずのところを、あっという間に砕いていきます。
威勢のいいぱりぱりという音に続いて、ばらばらと荷台に殻の弾む音がしました。
「あっ、待て!」
海賊が気づいて卵を捕らえようとしますが、中身は間に合いません。
砕けた卵の殻と縄を残して、小さな竜が転がるように走り出し、荷台の上から、ついに飛び立ちました。
その竜は全身が真っ黒でした。卵のなかにいたシロロは、黒い竜だったのです。
アルスはその姿に目を見張りました。
それでも、まだいびつな羽でうまく飛べないシロロに、さっと両手を差しのべます。
地面に引っ張られるかのようにどんどん落ちていく竜の子を、すんでのところで抱きとめました。
「ごめんなさい、アルス」
アルスの腕のなかで、黒色の竜のシロロは話しました。
「シロロは……、シロロはしゃべれるけど、虹色じゃない。真っ黒の竜だったんだよ。ずっと卵のなかでどうしようって思ってた。でも、友だちだって言ってくれて嬉しかった。アルスから離れたくないよ」
アルスはシロロをしっかり胸に抱きしめます。
「おめでとう、シロロ。生まれてきてくれて嬉しいよ。戻ってきてくれてよかった」
「でも、シロロは黒かったんだよ」
「黒くたって、ぼくの友だちだよ。どこにも行かせやしないよ。ずっとお話したり遊んだりしたいんだよ」
何色であっても、シロロはやっぱりシロロ。大切な話し相手で、これからいっぱい遊ぶ友だちに変わりはありません。
「だけど、虹色じゃないとお金持ちにならないんじゃないの」
「え……」
シロロはそんなことまで聞いていたのかと、アルスは意外に思いました。卵のなかで、ずいぶんといろんなことを耳にしていたようです。
「大丈夫。ぼくはいっぱい働くから必ずシロロと一緒にいるよ。北の島だって絶対に行くんだから」
アルスは、力強く宣言しました。




