表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卵の友だち  作者: 石江京子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

5.ひとりで留守番

 七日たちました。


「今日は出てこない?」


 アルスはカイと一緒に、卵のシロロに(たず)ねました。


「まだだよ」


 シロロは答えました。

 ごそごそする音はとても大きくなっています。なかはきっとせまいに違いないのです。それでも、出てくるとは言いません。


 カイがつい、穴のなかをのぞこうとしました。途端(とたん)にシロロは足で穴をふさいで押します。

 卵は穴を下にして、ころりと横に転がりました。


「本当にはずかしがりなんだね」


 お兄さんの言葉に、アルスはちょっとだけ考え込みました。

 これまで一緒にいて、シロロが本当にはずかしがりとは思えなかったからです。外の世界へ出ることもアルスや家族に会うことも、シロロは楽しみにしているように感じていました。


 それでも、安心させたくて、アルスはシロロを(はげ)ましました。


「大丈夫だよ。明日でもあさってでも、好きなときに出てくればいいよ。みんなで待っているからね」


 そこで、カイがはっとします。


「明日は、お昼からお父さんもお母さんもいないじゃないか」

「あっ、そうだ」


 アルスも思い出しました。


 明日はお休みの日ですが、午後からは両親とも出かけることになっています。島の多くの大人が集まって、年末のお祭りの準備をする予定でした。竜神様にお供えものを用意したり、(わら)の竜の飾りを作ったりするそうです。


 シロロがようやく機嫌(きげん)を直して、もとのように卵をころっと回転させると、アルスは笑って声をかけます。


「明日は出てこなくていいよ。ゆっくり卵のなかにいなよ」

「そうだね」


 カイもにこにこして賛成しました。




 アルスはその夜も卵と一緒に眠りました。

 シロロの卵がすぐそばにあるのは、何だか居心地がよく、時々もぞもぞ動くのもすてきなリズムに感じました。


 南の星座の広がる夜空から、流れ星がすうっとこぼれ落ちていきます。


「出てきたら……一緒に遊ぼう……」


 寝言(ねごと)でもそんなことをつぶやきながら、アルスはぐっすり眠って夜明けを迎えました。




 翌朝、いつもどおり卵たちに話しかけていると、お父さんとカイがやってきました。


「アルス、実は今日はひとりで留守番を頼みたいんだ」

「えっ、お兄ちゃんと一緒だったよね?」


 アルスは思ってもみない話に、不思議そうな顔で問いかけました。


「実はとなりのクレドおじさんが足をくじいて、行けなくなってしまったんだ。代わりにカイが出られないかって話になってね」


 お父さんの話に、アルスは思わずカイの方を向きます。


「ええっ、お兄ちゃん、いいなあ」


 大人の仲間入りができるなんて。


 アルスは、とてもうらやましくなりました。


「ぼくは手伝いなんだ。遊びに行くんじゃないぞ」


 カイは、みんなに頼まれて出かけることになり、どこか得意そうに見えます。

 お父さんが改まって告げました。


「留守番は、アルスにしか頼めないんだよ」


 アルスを見つめながら、お父さんは続けます。


「クレドおじさんの代わりに手伝いをするのも大事だけど、うちの留守番をするのもとても大事なことなんだ。アルス、お願いできるかい?」


 アルスは、自分も頼りにされているんだと強く感じました。


「うん、ぼくに(まか)せて。ちゃんと留守番してるから。その間に卵や竜の世話もできることはやっておくよ」


 大切な役割(やくわり)をしっかりやりたいという気持ちになったのです。




 両親とお兄さんが出かけてしまうと、家のなかはしんと静かになりました。


 ひとりでの初めての留守番。

 アルスは急にそのことを実感しました。


 昨年もおととしも、この時期はお祭りの準備で留守番をしています。どちらもお兄さんと一緒に家にいました。

 アルスはさびしくなりそうな気分を変えようと、家の外へ出ます。


 まばゆい青空に、雲の群れが流れていきます。日差しが明るくアルスの顔を照らし出しました。空気は暖かくて、()し暑く感じます。

 近くの樹木から小鳥のさえずりが聞こえてきました。


 赤い屋根の卵の小屋に入ると、いつものようにひとつひとつに話しかけます。


「元気かい。大きくなるんだよ。出てくるのを楽しみにしているからね」


 卵はやさしい言葉やきれいな言葉、明るい言葉をかけた方がすくすく育つと言われています。

 アルスは卵に触れながら、ていねいに語りかけていきます。

 おだやかな時間が流れます。


 それから、(おさな)い竜たちのすむ小屋や放し飼いにしている敷地(しきち)に足を運びました。


 青い屋根の小屋の先には、このあたりの森林と同じような亜熱帯(あねったい)の植物が広がっています。

 背の高い樹木が木陰(こかげ)を作っています。緑豊かな葉が風に揺れていました。アダンの細長い葉のあいだから、大きな黄色の実が見えます。

 赤やピンク色の大輪のハイビスカスの花も咲いていました。


 その奥で、八匹の幼い竜たちが飛び交っていて、こちらはむしろ(さわ)がしいくらいです。

 空色や瑠璃(るり)色、群青(ぐんじょう)色などの幼竜たちが、思い思いに遊んでいます。ばたばたと飛びまわったり、くうくうと声を上げたりしています。

 アルスの姿を見つけると、竜たちは好奇心(こうきしん)いっぱいな目を向けてきました。


「くぅ」


 ひときわ小さな竜が飛んできて、アルスの左肩に止まります。


「ニム、上手に飛べるようになったね」


 それは、先日卵から(かえ)った青緑色の竜でした。


 アルスは小さな竜たちの相手をして、話しかけたり走りまわったりしました。

 しばらくして家に戻ろうとしたのですが、その前にもう一度卵たちを見に行くことにします。


 シロロはさっきは眠っていました。今なら起きていて、話ができるかもしれません。アルスは歩き出しました。


 卵の小屋の近くまでやって来て、アルスは入口の(とびら)が開いていることに気づきました。

 閉めたはずなのに、何か変です。


 男の人の大きな声がしました。


「何だこれは。どれだかさっぱり分からないじゃないか」


 入ってすぐのところに見知らぬ男性が二人います。どちらも大柄で、がっしりとした体つきをしていました。この辺に住んでいる人ではなさそうです。


「誰?」


 思わずアルスが声をかけると、二人は驚いたように振り返りました。赤毛の男の人が、急に作り声を出しました。


「坊主、お祭りの準備に行かないのかい?」

「ぼくはお留守番だよ。お父さんに卵や竜の世話を頼まれたんだ」


 アルスはそう返事をしました。


 本当は竜神様のお祭りの準備は大人だけ、と言うところですが、今回はお兄さんも手伝いに行っているからそうと言い切れません。何より、ここにいるのは子どもだから、ではなく留守番をしてほしいと言われたからなんだと、アルスは思っていました。


 似かよった七つの卵を目の前にして、男の人たちはとまどっているようです。


「ここに虹色竜の卵があるって聞いたんだけど、どれか知っているかい?」

 

 そのことなら、誰よりも自分が知っています。アルスは胸を張って答えました。


「ぼくがいつもお世話しているんだよ。こっちだよ」


 アルスは、シロロの卵のところへ行きます。


「シロロ、おじさんがきみに会いたいみたいだよ」


 アルスは卵の上のほうに手を置きます。がさごそと音がしました。シロロは起きているようです。


「これなのか」


 もうひとりの、背の高い茶髪の人が話しながら、卵の前へ来ます。


「くぅ」


 シロロはひと声上げて、すかさず穴を足でふさぎます。このままだとさらに足に力を加えて、転がしてしまうかもしれません。


「急に近づくと、シロロは話してくれないよ」


 アルスは伝えました。それでも、男の人たちは(かま)わずに卵に近づきます。


「これが虹色竜の卵なのか」

「普通の竜と何も変わらないな」


 二人ともシロロの卵を目の前でじろじろと眺めています。


「シロロがびっくりしているよ。もうちょっと離れてよ」


 アルスは少しむっとして男の人たちに言いたてました。


 すると突然、茶色い髪の人が卵のシロロを持ち上げました。灰色の目でアルスを見下ろして告げます。


「悪いな、坊主。おれたちは卵を(ぬす)みに来たんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] シロロがまだ出たくないよ、見ないで、と足でフタをするのがかわいいです。それを待っているアルスもかわいいです。(*´ω`*) [一言] あぁー!た、卵がぁ!Σ(゜д゜lll)
[良い点] ああっ……! アルス、悪い大人に胸を張ってシロロの卵のことを教えちゃ、ダメ~!! シロロはどうする?!どうなる?? シロロは何故、卵からなかなか出てこないんでしょうか? 色々気になりま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ