5.ひとりで留守番
七日たちました。
「今日は出てこない?」
アルスはカイと一緒に、卵のシロロに尋ねました。
「まだだよ」
シロロは答えました。
ごそごそする音はとても大きくなっています。なかはきっとせまいに違いないのです。それでも、出てくるとは言いません。
カイがつい、穴のなかをのぞこうとしました。途端にシロロは足で穴をふさいで押します。
卵は穴を下にして、ころりと横に転がりました。
「本当にはずかしがりなんだね」
お兄さんの言葉に、アルスはちょっとだけ考え込みました。
これまで一緒にいて、シロロが本当にはずかしがりとは思えなかったからです。外の世界へ出ることもアルスや家族に会うことも、シロロは楽しみにしているように感じていました。
それでも、安心させたくて、アルスはシロロを励ましました。
「大丈夫だよ。明日でもあさってでも、好きなときに出てくればいいよ。みんなで待っているからね」
そこで、カイがはっとします。
「明日は、お昼からお父さんもお母さんもいないじゃないか」
「あっ、そうだ」
アルスも思い出しました。
明日はお休みの日ですが、午後からは両親とも出かけることになっています。島の多くの大人が集まって、年末のお祭りの準備をする予定でした。竜神様にお供えものを用意したり、藁の竜の飾りを作ったりするそうです。
シロロがようやく機嫌を直して、もとのように卵をころっと回転させると、アルスは笑って声をかけます。
「明日は出てこなくていいよ。ゆっくり卵のなかにいなよ」
「そうだね」
カイもにこにこして賛成しました。
アルスはその夜も卵と一緒に眠りました。
シロロの卵がすぐそばにあるのは、何だか居心地がよく、時々もぞもぞ動くのもすてきなリズムに感じました。
南の星座の広がる夜空から、流れ星がすうっとこぼれ落ちていきます。
「出てきたら……一緒に遊ぼう……」
寝言でもそんなことをつぶやきながら、アルスはぐっすり眠って夜明けを迎えました。
翌朝、いつもどおり卵たちに話しかけていると、お父さんとカイがやってきました。
「アルス、実は今日はひとりで留守番を頼みたいんだ」
「えっ、お兄ちゃんと一緒だったよね?」
アルスは思ってもみない話に、不思議そうな顔で問いかけました。
「実はとなりのクレドおじさんが足をくじいて、行けなくなってしまったんだ。代わりにカイが出られないかって話になってね」
お父さんの話に、アルスは思わずカイの方を向きます。
「ええっ、お兄ちゃん、いいなあ」
大人の仲間入りができるなんて。
アルスは、とてもうらやましくなりました。
「ぼくは手伝いなんだ。遊びに行くんじゃないぞ」
カイは、みんなに頼まれて出かけることになり、どこか得意そうに見えます。
お父さんが改まって告げました。
「留守番は、アルスにしか頼めないんだよ」
アルスを見つめながら、お父さんは続けます。
「クレドおじさんの代わりに手伝いをするのも大事だけど、うちの留守番をするのもとても大事なことなんだ。アルス、お願いできるかい?」
アルスは、自分も頼りにされているんだと強く感じました。
「うん、ぼくに任せて。ちゃんと留守番してるから。その間に卵や竜の世話もできることはやっておくよ」
大切な役割をしっかりやりたいという気持ちになったのです。
両親とお兄さんが出かけてしまうと、家のなかはしんと静かになりました。
ひとりでの初めての留守番。
アルスは急にそのことを実感しました。
昨年もおととしも、この時期はお祭りの準備で留守番をしています。どちらもお兄さんと一緒に家にいました。
アルスはさびしくなりそうな気分を変えようと、家の外へ出ます。
まばゆい青空に、雲の群れが流れていきます。日差しが明るくアルスの顔を照らし出しました。空気は暖かくて、蒸し暑く感じます。
近くの樹木から小鳥のさえずりが聞こえてきました。
赤い屋根の卵の小屋に入ると、いつものようにひとつひとつに話しかけます。
「元気かい。大きくなるんだよ。出てくるのを楽しみにしているからね」
卵はやさしい言葉やきれいな言葉、明るい言葉をかけた方がすくすく育つと言われています。
アルスは卵に触れながら、ていねいに語りかけていきます。
おだやかな時間が流れます。
それから、幼い竜たちのすむ小屋や放し飼いにしている敷地に足を運びました。
青い屋根の小屋の先には、このあたりの森林と同じような亜熱帯の植物が広がっています。
背の高い樹木が木陰を作っています。緑豊かな葉が風に揺れていました。アダンの細長い葉のあいだから、大きな黄色の実が見えます。
赤やピンク色の大輪のハイビスカスの花も咲いていました。
その奥で、八匹の幼い竜たちが飛び交っていて、こちらはむしろ騒がしいくらいです。
空色や瑠璃色、群青色などの幼竜たちが、思い思いに遊んでいます。ばたばたと飛びまわったり、くうくうと声を上げたりしています。
アルスの姿を見つけると、竜たちは好奇心いっぱいな目を向けてきました。
「くぅ」
ひときわ小さな竜が飛んできて、アルスの左肩に止まります。
「ニム、上手に飛べるようになったね」
それは、先日卵から孵った青緑色の竜でした。
アルスは小さな竜たちの相手をして、話しかけたり走りまわったりしました。
しばらくして家に戻ろうとしたのですが、その前にもう一度卵たちを見に行くことにします。
シロロはさっきは眠っていました。今なら起きていて、話ができるかもしれません。アルスは歩き出しました。
卵の小屋の近くまでやって来て、アルスは入口の扉が開いていることに気づきました。
閉めたはずなのに、何か変です。
男の人の大きな声がしました。
「何だこれは。どれだかさっぱり分からないじゃないか」
入ってすぐのところに見知らぬ男性が二人います。どちらも大柄で、がっしりとした体つきをしていました。この辺に住んでいる人ではなさそうです。
「誰?」
思わずアルスが声をかけると、二人は驚いたように振り返りました。赤毛の男の人が、急に作り声を出しました。
「坊主、お祭りの準備に行かないのかい?」
「ぼくはお留守番だよ。お父さんに卵や竜の世話を頼まれたんだ」
アルスはそう返事をしました。
本当は竜神様のお祭りの準備は大人だけ、と言うところですが、今回はお兄さんも手伝いに行っているからそうと言い切れません。何より、ここにいるのは子どもだから、ではなく留守番をしてほしいと言われたからなんだと、アルスは思っていました。
似かよった七つの卵を目の前にして、男の人たちはとまどっているようです。
「ここに虹色竜の卵があるって聞いたんだけど、どれか知っているかい?」
そのことなら、誰よりも自分が知っています。アルスは胸を張って答えました。
「ぼくがいつもお世話しているんだよ。こっちだよ」
アルスは、シロロの卵のところへ行きます。
「シロロ、おじさんがきみに会いたいみたいだよ」
アルスは卵の上のほうに手を置きます。がさごそと音がしました。シロロは起きているようです。
「これなのか」
もうひとりの、背の高い茶髪の人が話しながら、卵の前へ来ます。
「くぅ」
シロロはひと声上げて、すかさず穴を足でふさぎます。このままだとさらに足に力を加えて、転がしてしまうかもしれません。
「急に近づくと、シロロは話してくれないよ」
アルスは伝えました。それでも、男の人たちは構わずに卵に近づきます。
「これが虹色竜の卵なのか」
「普通の竜と何も変わらないな」
二人ともシロロの卵を目の前でじろじろと眺めています。
「シロロがびっくりしているよ。もうちょっと離れてよ」
アルスは少しむっとして男の人たちに言いたてました。
すると突然、茶色い髪の人が卵のシロロを持ち上げました。灰色の目でアルスを見下ろして告げます。
「悪いな、坊主。おれたちは卵を盗みに来たんだ」




