【二周目-02】
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【ロウデン別邸前の目撃証言】
報告者:王宮特査局 第08班 一等補佐官 ■■■■・■■■■■■
提出先:オズバーン生態管理局
機密区分:局内限閲
文書番号:特査08-680-R2k71
1.概要
王歴六七七年三月四日朝から同六日未明にかけて、ロウデン別邸前において、同家の新夫人とされるシーナ=ロウデンが約二日間にわたり軒先で立ち続けていたとの情報が確認された。本件について、関係者および周辺住民への聞き取り調査を実施し、当該事象の事実関係を確認した。
2.関係者証言
2-1.ロウデン家の使用人マイラ=ソルミアの証言
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──シーナ様が二日間軒先に立ち続けた話、ですか?
──本当かって、本当ですとも。私はこの目で見届けましたよ。シーナ様は座りも眠りもせず、ずっと坊ちゃまの帰りを待ち続けました。
──トイレって、あなた! そんな野暮なこと言うものじゃありません! どこかでさっと行ったとかそういう感じでしょうよ。……見たかって? まあ見てはいませんけども。
──食事と水、ですか。それは持っていきましたけども。え、足りてたか? いえ、シーナ様はあまり口になさらなかったから、とても足りなかったと思います。だから坊ちゃまが来たときにはもう、すぐに倒れられてねぇ。私はもう心配で心配で。
──だからあなた、そんな野暮なことばかり聞いてなにがしたいんです? そりゃあさっと用を足しにも行ったでしょうし、多少脚を曲げたりもしたでしょう。ズルくもなんともないですよそんなことは。生理的な欲求なんですから。そういうの全部含めて、二日耐えきるのは並みじゃありません!
──……いやその、脚を曲げたりトイレに行く様子を私が見たかっていうと、見てませんが。私がいつ見てもシーナ様は、なんにもお変わりなく軒先で旦那様を待っておられました。とんでもないことです。愛の力です。
──言葉の綾ですよ。会って二日でも、お二人の相性はきっと良かったんです。シーナ様は……きっとご実家の環境がそうでしたから、そんなすぐに愛ゆえと言うとまあ、確かに、メイドの贔屓目ですけども。それでも坊ちゃまはシーナ様を、シーナ様は坊ちゃまを初めから気に入っていた節がありましたし。
──だ! か! ら! 野暮で細かい勘繰りをするもんじゃありません。愛の力でシーナ様は耐え続けて、坊ちゃまの心を動かした、それでいいじゃありませんか。なんにも変なことなんてないんですよ。
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2-2.近隣住民ダレン=コーヴァンの証言
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──いやぁ、不気味でしたよあれは。最初はあの銀狼卿に、ずいぶん健気な嫁が来たなって思っていたものでしたけども、まさか夜通しずっと立ってるなんてねぇ。
──あの奥さん、本当に微動だにしないんですもん。途中であれは人形なんじゃないかって思いましたもん。
──子供たちがからかいに行ったりもしたんですよ、けど本当に無反応だったみたいで。
──僕ももう逆に人間だとわかるために見続けまして、要はなんとしてもちょっとくらいは動いてるところを見てやるって思ったんですけど。じゃないと見張られてるみたいで寝れませんもん。
──でも結局、一時間半で根負けしました。
──どのくらい動いてなかったかって?
──座りもしなければ、伸びもしてないですよ。本当にずっと、同じ姿勢。瞬きも、見えなかったですね。
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3.目撃証言の総合判断
上記のほか、複数の近隣住民が同様の目撃証言を寄せており、総合すると、次の点が事実として高い確度で認められる。
・該当期間中、シーナ=ロウデンと思われる女性がロウデン別邸軒先に立ち続けていた。
・方向は常に北側(アルヴェンダール=ロウデンの帰路方向)を向いていた。
・排泄、飲食、姿勢調整等の生理的・回復的行動は、一切の目撃がない。
4.人間の立位維持可能時間に関する参考記録
立位維持能力については、塹壕戦を想定した中央軍の実験記録[1]に、二十歳から六十歳の兵士四百名を対象とした以下のデータが存在する。
4-1.実験記録
完全静止立位(補助具なし、水分・回復運動なし)
・平均:2時間56分
・最長:6時間1分
・離脱率:2時間時点 25%、六時間時点 99%
杖等補助具あり、水分補給あり、回復運動あり(15分に一度)立位
・平均:5時間35分
・最長:19時間7分
・離脱率:5時間時点 17%、16時間時点 95%
長時間の立位には、下半身鬱血による失神、脱水、循環不全、血栓症等の重大な健康リスクを伴う。特に十八時間以上の連続立位では、睡眠剝奪による混乱・幻覚・転倒の危険性が顕著となる。
民間記録として、王歴612年6月6日の『王都日報』[2]には大道芸人が三十時間の立位を達成したとの記事があるが、真偽は不明である。
4-2.一般的推定
・完全静止での立位維持限界:約3時間前後
・軽度の動作・水分補給を伴う立位:6〜12時間、18時間程度が上限
これらの値を踏まえると、シーナ=ロウデンに関して報告されている二日間以上の連続立位は、通常の人間にとって著しく困難であり、極めて異例の事象である。
5.結論
本調査により、複数の信頼性の高い目撃証言が一致しており、シーナ=ロウデンが王歴677年3月4日朝〜6日未明にかけて二日間以上ほぼ動くことなく立ち続けていたという事象は概ね事実と認められる。その行動の動機については、一部証言に「愛情」によるものとの解釈が見られるが、本報告では主観的評価を控え、事実関係の確認に留める。
[1]中央軍科学室実験記録 第47-β号(王国中央軍研究局、王歴608年度)、pp.12–18.
[2]『王都日報』第20112号(王都日報社、王歴612年6月6日)、p.7.




