【二周目-06】
※三十行の空行ののち本文。一周目の方は本話スキップ推奨
【ミラベル=ペンフィールドの供述②】
──私、本当に、エルリック様のことが好きだったの。
──でもあの結婚式で全部ぐちゃぐちゃになった。私の意地の悪さをエルリック様に知られてしまって、それどころじゃなくて、エルリック様の本心すらすべてさらけ出されてしまった。
──エルリック様が私と結婚したのはね。私がロウデン卿の妻の、妹だったからみたい。
──つまり、最初からエルリック様は私なんか眼中になかったのよ。あの方はずっとロウデン卿に勝ちたくて執着してて、当てつけみたいにロウデン卿に関するものを奪ったり、なんとかして優位を取ろうとしてた。
──男の嫉妬だとか、意地、ってやつなのかな。ロウデン卿とエルリック様は本当に親友みたいだったけど、何かそういう、ドロドロしたものがあったんだと思う。
──逆に私、それで納得しちゃったくらいでね。私って顔だけは美人だけれど、さすがにレイヴンシェイド家とペンフィールド家じゃ釣り合わないから。多少の結納金があったって、エルリック様が私を選んでくれた本当の意味はちゃんとわかってなかったのよ。
──ええ。泣いたわよ。最低な私は、私なんかどうでもいい理由で選ばれてたわけだから。結局は全部自分に返ってきただけねって。
──けど、エルリック様は本当に、素敵な方だった。
──雨降って地固まる……という言い方であってるかしら? 私が過去にお姉様にしていたことがわかってしまったときには、本当にもう屋敷の中は最悪の雰囲気だったんだけど。
──エルリック様は、それでもいい、って言ってくれた。僕もクソみたいな人間だから、お互い様だねって。
──私、本当にそれで、救われた気持ちだった。結婚式であんなことを言ってしまった私を、お姉様が許すなんて思えないけれど、エルリック様だけは許してくれた。
──「いつか一緒に謝りに行こう。僕もアルヴェンダールには迷惑かけててね」だなんて。
──そこから私たちは、ちゃんと夫婦ってものを始めたの。お互いの本性がちゃんとわかっていたから、結婚式の前よりはよっぽど本音で話せた。エルリック様は屋敷の人たちにも改めて、隠し事なく私を紹介してくれて、一から女主人として頑張る機会をくれた。何かある度にちゃんと、僕の妻だからって、こんな私を庇ってもくれた。
──ああ、この人を選んだのは間違いじゃなかったって、私、本当に幸せだった。
──エルリック様と一緒なら私は大丈夫って思えた。お姉様にもちゃんと謝りに行こう。自分の意地の悪さをちゃんと矯正して、許してもらえるまで、いえ、許してもらえなくても、誠心誠意謝り続けようって。
──あの戦争まではね。
──油断があった、とは聞いてるわ。エルリック様はロウデン卿の戦果を聞いて焦ったのかもしれない。エルリック様の師団は壊滅して、魔獣にも敵兵にも嬲られてしまった。
──生きて帰ってきてくれたときには、涙が出るほど嬉しかったわ。泣いたもん。もう戦争なんて行かなくてよくて、とにかくエルリック様が生きているだけですべてがどうでも良かった。
──でも、肝心のエルリック様本人が、絶望してたの。
──もう二度と剣が握れないって。あんなに執着してたロウデン卿に並ぼうとしてこのザマで、生きてても仕方ないって。
──私の存在はなんの慰めにもならなかった。エルリック様はこれ以上生きる気もないようだった。次第に意識が途切れる時間も長くなっていって、一命は取り留めたはずなのに、本当に死んでしまうんじゃないかって思った。
──そんなとき、お姉様の命の魔法が、頭に過った。
──やっぱり私は最低な人間なのよ。結局お姉様を虐待した過去と発想が変わってないの。でも私にはそれしか残されてなかった。
──舞踏会に行ったのは、お姉様に「お願い」するためよ。これは本当。攫うための男手は連れて行ったし、きっと従ってくれる確信はあったけれど、私はあくまで、エルリック様を助けたい一心で、お姉様にただ縋ろうと思ってた。そのためには今までのことを全部謝るつもりだったし、お姉様の気持ちが済むならなんでもする覚悟を決めてた。
──だからあの瞬間は、本当に自分でも、意味がわからなかった。
──ただ目の前にお姉様がいるだけで、憎しみが湧き上がったの。そんな立場も道理もないのに、ただお姉様を害したくなって、お姉様に関係のない八つ当たりだとか、すべての不満が溢れてしまった。
──それで、私は、心にもない悪意を、口走ってた。
──夫を取り換えろ、って、何? 私がロウデン卿に嫁に行き直すってどういうこと?
──私の夫はエルリック様一人なの。ロウデン卿に嫁に行きたいだなんて考えたこともない。ただ私は、エルリック様が生き残って、もう一度剣を握れるようになって、一緒に暮らしたかっただけ。
──いいえ。それもね、お姉様に死ねって言ってるから、意地が悪いわ。
──でも、本当に、これだけは信じて。
──あのときの私は、お姉様に再会するまで、これっぽっちもお姉様を憎んでなんかいなかったの。憎むわけもないじゃない。何もされてないんだから。
──けど。
──けど、やっぱり、お姉様を前にすると、私の中の悪意が膨らむの。
──どんなおかしな理屈を組み立てても、暴力を振ってさえも、お姉様の下につくことが許せなくて、お姉様を服従させたくなるの。
──それから先はあんまり、覚えてないわ。
──ただ、信じられないような仕打ちを、私という人間がやったことだけは、わかってる。




