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第19話 おまえたちが決めろ

 語られたすべてのことを、私は受け止めた。


 知りたかったことは知れたのだと思う。

 けれど何か、するべきことが見つかったわけでもない。あったのはただ、仄暗い過去と、私にはどうすることもできない、他人の思いだけ。


 少しだけ、気が楽になることもあった。


 ──ミラベルもお父様もお継母さまも、私の後ろにつく影を憎んでいただけで、私自身を憎んでなどいなかった。


 それは裏を返せば、私が家族に対して抱いていた愛情とか執着みたいなものを、自分で何も否定しなくて良いということ。


 私はそれだけで、今日、この話を聞けて良かったと思った。


 でも旦那様には、少し違った、何か決意のようなものが浮かんでいたように見えた。


「……父上。俺は母上の前でこそ、誓わねばなりません」


 旦那様は、侯爵様と、お母様の墓標、そして、私に向かって言った。



「俺は生涯、シーナに命の魔法を使わせない。利用するようなことも絶対にしない。たとえ王権が迫るときがあったとて、この家を、そして彼女を守り抜いて見せる」


 

 続けて侯爵様が、答えるように、ゆっくりと口を開いた。


「……今の私は、ロウデン家には間違いなくシーナ殿が必要だと考えている。それは一人の人間としてだ。命の魔法の使い手として売り渡すより、ずっとずっと大きな価値が、彼女にはある」


 旦那様が目で制する。それを侯爵様は正面から見返す。


「先のことはわからん。そして、二人の間に生まれてくる子の、命の魔法についても。そのときの当主はアルヴェンダール、おまえだ」


 侯爵様は優しい目をして、こう結んだ。


「だから未来は、おまえたち夫婦が決めるんだ」


 私と旦那様はそれに、ただ頷いて答えた。


 墓地を後にするとき、旦那様は私の肩を強く抱いてくれた。

 私はされるがままに身を寄せた。


 使用人さんたちは私たちを何も言わずに出迎えてくれた。

 それはまるで、私たちが何かの通過儀礼を終えたかのようで、実際に今日、この墓地で行われたのは、ロウデン家にとっても私にとっても最も大事な儀式だった。


 その夜には、夫婦の寝室で旦那様と共に眠ることになった。

 旦那様とはぽつり、ぽつりと話しただけだ。お母様の前であんなに堂々と宣言をして、きっと、何か気恥ずかしかったんだと思う。


 私も私で、すごく大事なことを知った一方で、旦那様と、一族の長である侯爵様がそれを正面から受け入れてくれたこと、そう意思表示をしてくれたことに、なんだかすごくふわふわした気持ちがしていた。


 ──こんなにも剥きだしに、すべてのことを受け入れてくれる人たちに、私は囲まれている。


 ちょっと前にペンフィールドで暮らしていたころと、何もかもが違った。

 幾星霜もの時が経ち、私はもう、救われてしまった気さえする。


 ただ、一つだけ。


 たった一つだけ、大きな不安が、今日、生まれてしまった。


 それは遥か遥か先の、未来の話。


 お義父様は、いつか生まれてくる子についてのことを言った。

 私のこの唯一の取柄は、母から受け継いだもので、そして子にも受け継がれるもの。アルヴェンダール様はきっと、それも含めて、全部を守ってくださるつもりでいる。


 生まれてくる子とアルヴェンダール様に、命の魔法を背負わせるのは、紛れもなく、この私なのだ。



***



 それからの冬ごもりに向けての日々は、本当に温かくて優しくて、今までの人生の辛いことが全部、緩やかに流されていくような、そんな日々だった。


 私、こんなに幸せでいいんだろうか、って、そう思うくらい。


 雪が降ったら外にはあまり出られなくなった。やることもないからすっかり暇になってしまったけれど、その分、みんなと話す時間も増えて、たまにやってきたお客さんをおもてなしして、ずっと一人だった私には、まるで毎日がお祭りのように楽しかった。


 新年が近づいたら、今度は逆に忙しくなった。なんと新年会は、ロウデンの本邸だけではなく、各地に散ったロウデン家の人々を一同に集めるらしい。


 つまりそこで行われるのは、私の、次期当主の妻としてのお披露目会。

 そんなことを想像したことなんてもちろんなかったから、私はもう緊張して緊張して、正直ちょっと情けないけれど、旦那様に何度も「シーナは綺麗だから」だなんて言ってもらって励ましてもらって、なんとか準備を進めていった。で、途中で、溜め込んだ食料のうちの、新年会で使う分だなんてものを見せられて、これって実質結婚式の披露宴なんじゃない? とか思い当たってしまったら、また緊張して。


 毎日毎日がドキドキだった。


 そして隣には旦那様と、周りには温かいロウデン家の人がいた。


 ……けれど、結局、新年会は行われることはなかった。


 戦争が始まって、旦那様に召集がかかったからだ。

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