第18話 聞きたくないことは聞くな
旦那様は次のように語った。
裏魔法規則。それは、一般には知らされず、一部の魔法使いや、高位貴族のみで共有されている魔法の規則のこと。
その多くは国の仕組みの根幹に関わることであり、場合によっては、規則そのものが国家機密の存在を示唆してしまうという。
命の魔法の運用方法は、まさにこの規則の中に記載されているそうだ。
そして、命の魔法については、最重要の文言がある。
──命の魔法の対象者は、王の血筋に連なる者に限る。
「つまり元来、命の魔法による絶対的な治癒は王族に対してのみ使われるもので、使い手は王族の管理下に置かれるものだ。そして今も、我々のあずかり知らぬところで、そのような命の魔法の血脈が続いているらしい」
旦那様はそう言って、続ける。
「この規則は裏を返せば、こうして規制し、王家が独占したいほど、命の魔法が国にとって重要な魔法であるということだ」
王家。
国。
そんなことを並べられても、私にはとても実感なんて湧かない。
この力はせいぜい、私が母から受け継いだ、大切な素質くらいにしか思っていなかったのだ。
お父様からは何にも教えてもらえなかった。これはただ、口外すべきではない、私の唯一の取柄であると聞いただけだった。
「じゃ、じゃあ、わたくしが、旦那様に、命の魔法を使おうとしたのって……」
「裏魔法規則の罰則は明かされていないが、あの魔法が実行され、それが王家に露見していた場合、ロウデン家がどうなっていたかはわからんな」
血の気が引いた。
「そ、それならわたくしは、ここにいては、いけない、ような」
「……いや、また、誤解されるような言い方をした。そうじゃない。確かに裏魔法規則に違反するのは危険だが、命の魔法についてはもう少し別の意味合いもある」
「別の意味合い、ですか?」
「王家が保持している切り札を、その臣下である我ら貴族が持てる、ということそのものに意味がある。規則を用いて縛りたいほどの人材だからな。我らロウデン家がある程度の防衛能力を持っている前提になるが、命の魔法の使い手は、王家に対しての人質としての効力も発揮する。この魔法を秘密裏に一族で保持し、強力な保険としてもっておくべきか、そうすべきでないとするかは二つに一つ。そしてロウデン家は、保持するのも悪くないと考えた」
旦那様はあくまで中立に話すようだった。
私にはそれが、貴族社会の中で、真にどういう意味合いを持っているのかは測りかねた。
「ここまでは大きな話だ。だから、シーナ。ここから先はおまえの話をしたい。これはおまえの実母と、育ての──親とは言いたくないが、定義上はそうだ──ペンフィールド夫妻についてのことも含む。……聞きたくないなら、いい。だが、きっとおまえがずっと、知りたかったことだ」
旦那様はあくまで優しく尋ねてくれていたけれど、それに答えるには勇気が要った。
心臓が拍動する。今まで抑えてきた問いが、ぐるぐると吹き返すように浮かんでくる。
──私の本当のお母様は、なぜ死んだのか。
──どうして私は生まれたのか。
──私は、どういう理由で、あんな目に遭っていたのか。
──みんなは、私のことをどう思っていたのか。
きっと今、真実が目の前にある。
私はゆっくりと首を縦に振った。
それから旦那様は、中立な姿勢を保ったまま、淡々と話し始めた。
「シーナ。デンヴィア家、これは、おまえの実母の実家になるが、その話は聞いたことがあるか?」
「ない……です」
「だろうな。実はデンヴィア家はすでに、離散している」
調査の結果、実母の生家であるデンヴィアの縁者は見つからなかったそうだ。
それはもう、公式記録が改ざんされているのかと思うほど不自然なほどに。
そして、血縁によって継承される命の魔法の特性上、実母のさらに母親である人も、命の魔法の使い手だと思われる。
それらのことから考えるに、強く推定されるのは、デンヴィア家という一家は、命の魔法の使い手を収集、あるいは血縁として増やそうとしていたということだ。
しかし、騎士爵位程度では国家の根幹に関わる存在を保持できなかった。三十五年ほど前に、あいまいな公式記録の中で一家は取り潰され、爵位は取り上げられている。ここにはおそらく、王家が絡んでいると思われるらしい。
「しかし、生家の動乱の中で、おまえの実母であるリウェン=デンヴィアは生き残った。おそらくは命の魔法の発現が遅れたか、幼さゆえに見逃された形だろう」
リウェン。
母の名だ。
その名前を、初めてかと思うほど、久々に聞いた。
「一方でこの頃、ガーウィン=ペンフィールドと、おまえの継母に当たるロウェナ、旧姓グレイモンドは恋仲にあった。しかし、グレイモンド家はガーウィンとロウェナの婚姻を認めなかった。問題は金だった。当時は両家共に金に不自由していて、それなのにグレイモンドはロウェナの結婚に多額の見返りを求めたんだ。そして、その最中──」
旦那様は眉間に皺を寄せ、続けた。
「──リウェンが、ガーウィン=ペンフィールドの下に転がり込んでしまった」
そこから先の母の人生は、本人の気持ちを想像するだけでも悲惨な顛末だった。
母の視点では、父に拾われたとき、母は救われてしまった。それで父に、まるで運命の相手かのように強く惹かれて、結婚という道を選んでしまった。
でもそれは、父ガーウィンと、継母ロウェナの計画のうちだった。
父と母は子を設けた。それが私だ。
そして私は、父と継母が本性を見せたときに、母に対する人質になってしまった。
それで母は、一度きりの命の魔法の燃料として、“売り飛ばされた”。
売り飛ばされた先が継母の実家のグレイモンド家なのか、それともまったく別の高位貴族なのかまではわからないそうだ。金銭のやり取りがあったのか、有力者の傷病を治癒したのかも不明。
ただ、事実として、私の実母リウェンが公式に「死んだ」と見なされたときに、グレイモンド家の態度は軟化し、ガーウィンとロウェナの婚姻が成立している。
そして二人の間には、正真正銘の愛娘であるミラベルと、次なる命の魔法の燃料である、私が残った。
ここから先は、私の記憶にもあることだった。
「……命の魔法を運用するには、その使い手が主に従順であるよう育てる必要がある。でなければ、いざというときに命の魔法を行使させられないからだ」
苦々しい顔で、旦那様は言葉を紡ぐ。
「自分たちの恋路のために一人の無辜な人間を騙し、子を産ませた上で、金と引き換えに殺した。大義名分もなしにそんなことをした夫婦の心がどれほど歪むのかは想像に難くない。ましてやその者たちが、使い手を従順に育てようとしたときなどは──」
そして最後に、こう結んだ。
「──その悪辣さは、シーナが一番、知っていることだろう」




