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第17話 母に会ってくれないか

 ロウデン領に来て七日目の朝食に、旦那様は言った。


「母に会ってくれないか」


 それで私は侯爵様と旦那様に連れられて(使用人さんも数名ついてきた)、ロウデン領の教会のそばにある墓地まできた。

 広大な墓地だった。秋の枯葉が風でところどころにまとまっていて、角では山のようになっている。


 先を行く侯爵様と旦那様についていくと、墓地の中央で二人は止まった。ひときわ目立って大きな墓標がある。たぶん、先代の侯爵様と、ご先祖様のものだろう。


 二人は一族の区画全体に儀礼的な祈りを捧げたあと、私を手前にあった墓標の前に連れてきてくれた。


 書かれている文字を読む。

 イゾルデ=ロウデン、と書いてある。


 奥様は、旦那様が十歳のころ、亡くなったそうだ。

 死因は病死、ということになっているけれど、マイラさんは言葉を濁していて、何か毒を盛られたとかそのような余地があるらしい。


 だけど、屋敷では誰からも好かれていて、ロウデン家の中でも一目置かれていたような、そんな人だったそうだ。


 侯爵様は墓標の前で跪いて、呟いた。


「イゾルデ。あのアルヴェンダールが、本当に嫁を連れて帰ってきたよ」


 それから、旦那様に振り向いて言う。


「今度はちゃんと、妻として迎えるそうだ」


 旦那様は恥じらったのか、少し苦い顔でほほ笑む。

 侯爵様は向き直って続ける。


「たいへん、良いお嫁さんだ。屋敷の使用人たちもすっかり明るくなった。おまえとやり方はずいぶん違うそうだが、本当に、家が昔に戻ったかのような気がしている」


 今度は私が恥じ入る番だった。

 侯爵様が本当にそう思ってくださるのなら、それ以上に嬉しいことはない。


「……俺の記憶の中の母は」


 侯爵様が目を瞑って祈る間に、旦那様が静かに、私に呟いた。


「活発な人だった。自ら狩りにも出たし、最初に俺に武芸の稽古をつけたのも母だ。非常に大らかな人でもあって、まあ、同時にけっこう荒っぽいというか、偉そうなところもあって、メイド使いも荒かったんだが」


 旦那様は微笑んで続ける。


「後で聞いた話、よく、地下の使用人室に、酒瓶を片手に飲みにいっていたそうだ」

「言われてるぞ、イゾルデ」


 楽しそうに侯爵様は墓標に話しかける。


 それを見て私は、侯爵様が奥様のことをどれだけ愛していたのか、その死にどれだけ心を痛めているのか、自分の心も痛くなるくらいわかった。


 そして奥様の想いを受け継ぐことが、どれほど重いのかも。


 私にそんな大役が務まるようには思えない。

 ただ、旦那様と、そのお父様と、奥様が愛した人々に許してもらえるように、少なくとも精一杯、暮らしていくことができれば、と思う。



 私と旦那様の番が来て、そういう思いを込めて墓標に跪き、祈りを捧げた。



 祈りが終わったころに、機を見たように、侯爵様は人払いをした。

 残されたのは私と旦那様だけ。遠巻きに見守ってくれる使用人さんたちにも、ここからでは声が届かない。


 まるで盗み聞きすら警戒したかのような、距離だった。


 侯爵様はそれでゆっくりと、奥様まで会話の輪に交えるようにして、切り出した。


「シーナ殿は、命の魔法を使えるんだな?」



***



「当初は妹君のミラベル殿に、アルヴェンダールの縁談を申し込んだ、というのは、シーナ殿の知るところだろう。しかし、ほどなくして、ペンフィールド伯爵から“燃え尽きの書面”で、次のように送られてきた」


 ──ミラベルではなく、命の魔法を持つ娘をやろうと思うのですが、どうですか。


 私の父、ガーウィン=ペンフィールドはそう記していたそうだ。


「私としては──いや、正直に言おう。ある種類の戦力として、シーナ殿を迎えることは悪くないと考えていた。命の魔法の使い手は、それだけ貴族社会でも貴重なものだ。ましてやアルヴェンダールは騎士団の師団長。命の危機などいくらでもある」


 その言葉を聞いて、隣のアルヴェンダール様が怖い顔をした。


「怒ってくれるな、アルヴェンダール。以前のおまえなら、賛成してくれたことのはずだ」

「否定は、できませんがっ」

「だから、シーナ殿。最初に謝罪から始めさせてくれ。私はシーナ殿を、ある意味で物のように扱って、その意図で当家に迎え入れようとした。そしてその意味合いを真に変えられたか否かは、今に至ってもまったく保証できん」


 侯爵様はなんと、急に私に向かって頭を下げた。

 私は呆気にとられてしまった。


「え、えっと、わたくし、ごめんなさい。なんとお返しして、いいか。本当に何も、存じ上げないのです」

「……でしょうな。それは、残酷ですが当然のことなのです。古いやり方では、命の魔法の使い手は、そういう扱いに都合の良いように育てられる」


 ──命の魔法の使い手。


 ──そう育てられる。


 聞こえてきた言葉は、私がずっとずっと、知りたかったけれど、心の奥底で知ることを諦めていたことだった。


「……シーナ。実は、おまえの知らないことも含めて、ずっと調査をしてきたんだ。未だに欠落している情報は多々あるが、それでも、通り一遍の推測が立つくらいには情報が集まった」


 旦那様は頭を下げる侯爵様の言葉を引き取って、次のように続けた。


「まず、裏魔法規則、のことから教えよう」


 私と、私の魔法についてのことが、今、語られようとしていた。

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