6-2. エスリコの失踪
モニムが村長宅よりウエインの家に泊まることを希望したため、結局討伐隊の隊員達は全員がウエインの家へ荷物を持ってきた。
居間で仮眠を取りながら、交代で見張りをしてくれるらしい。
モニムはダルシアと一緒の部屋で寝ることになった。
「悪いけど、私はイスティムのベッドを譲る気はないから。モニムさんは私のを使ってよね」
そんな風に言いながらも枕元に剣を用意して寝たダルシアは、たぶん、何かあったときはそれでモニムを守るつもりだっただろう。
しかし、夜の間はこれといって何も起こらなかった。
そのまま平和な朝を迎えるかと思われたが、夜明け直前に玄関の呼び鈴が鳴った。
ビラードに呼ばれ、ウエインが眠い目をこすりながら出てみると、そこにいたのは刺客などではなく、全く予想外の人物だった。
エスリコの姉、ケイトである。
「朝早くにごめんなさい。あの、実は、エスリコが昨日から帰ってこないの。ねえウエイン、あなたのところへ来ていない?」
一晩中寝ずに待っていたのだろう。ケイトの顔は憔悴が激しく、声は不安に震えていた。
「いいえ。エスリコとは昨日会いましたけど……」
ウエインは昨日のエスリコの様子を思い返してみた。
彼は討伐隊のことを教えに来てくれて、そして――、
「行かなければいけないところがある、って言ってました」
そしてその腰には、たしかランプがぶら下がっていた。
「エスリコは、元から暗くなるまで帰らないつもりだったんじゃないんですか?」
「実は、こんな書き置きがあったの」
ケイトがポケットから取り出した紙には、短く「洞窟へ行ってくる」と書かれていた。
「この『洞窟』って、どこのことなのかしら。心当たりはない? 私、何も聞いてないの。あの子が何も言わずに一晩帰ってこないなんて、初めてなのよ」
「すみません、分かりません」
ウエインは、あの時エスリコにどこへ行くか聞かなかったことを悔やんだ。
『泉』のことで頭がいっぱいだったから、そもそも訊こうと思わなかったのだ。
「何かあったの?」
家の奥から、剣を片手にダルシアが出てきた。
ケイトの姿を見て、怪訝そうな顔をする。
「こんな時間にすみません。ダルシアさんは、エスリコがどこへ行ったのか知りませんか?書き置きに『洞窟』ってあるんですけど、どこのことかわかりますか?」
「洞窟?」
ダルシアは首を捻る。
「ソレなら、ワタシに一つだけ心当たりがアル」
いつの間にかダルシアの後ろに立っていたモニム――エルフューレが言った。
「本当ですか!?」
ケイトは一瞬だけ「誰だろう?」という顔をしたが、それよりも今は弟の安否が気になるようだった。
「ソコに書かれてイるのがワタシの知る洞窟かどうかは分からナイが、一応見に行ってミル。その間は他のトコロを捜してイてくれ」
エルフューレがやけに親切なことを言うので、言われたケイト以上にウエインが驚いた。
だがエルフューレは、そんなウエインをじろりと見て言った。
「当然、オマエは捜しに行くんダロウ? ならワタシもイく。オマエに心当たりがナイなら、ワタシにツいてコい」
「あ、そうか。ありがとう!」
エルフューレが自分のために言ってくれたのだと分かって、ウエインは嬉しくなった。
「我々はどうする?」
ビラードが険しい顔をして言った。元々ごつい顔なので、かなり迫力がある。
「隊長からは、モニムさんの護衛を頼まれているが」
「ソレよりも、今は人捜しを手伝ってやってホシイ。人手は多い方がいいダロウ」
「だが、その『心当たり』とやらにも人手は必要ではないのか?
「ハッキリ言って、数ダケ増えても意味がナイ。ワタシはウエイン以外を連れてイく気はない」
エルフューレとビラードは、ほんの数秒、睨み合ったが、すぐにビラードが折れた。
「そうかい。……まあ、あんたがそう言うなら、いいだろう。護衛は我々の本来の任務ではないしな」
その頃には、何か起きたことを察知し、討伐隊の皆が集まってきていた。
シュタウヘンのいない現在は、副隊長のビラードが指揮を執っている。
そのビラードの号令により、討伐隊メンバーは手分けして捜索にあたってくれることになった。
一人が村長の協力を求めるためにモイケの家へ向かい、残りのメンバーで、ダルシアが出してきた村の周辺地図を見ながら、ケイトの話を聞く。
ウエインは部屋へ駆け戻り、急いで着替えた。
だが、腰に剣を差そうとして、そういえば昨日折れてしまったのだと思い出した。
折れた剣先は、危ないからと言ってダルシアが捨ててしまった。刀身は半分しか残っていない。
どうしよう、と迷っていると、同じく着替えを済ませてきたエルフューレが、部屋の扉からひょいと顔を出して言った。
「一応、ソノ剣も持ってイけ」
「いや、でもこれ、折れてるし。母さんの剣を借りていった方がマシじゃないか?」
エルフューレは静かに首を振った。
「ドウセ普通の金属の剣では役に立たナイ。ワタシが行こうとシてイる場所には、竜がいるカラ」
「は!? 竜?」
それはこの世界で最も有名な魔物だ。巨大な爬虫類のような身体と、コウモリのような形の翼を持ち、北方の遠い雪山に棲むと伝えられている。
詳しい生態は謎に包まれているが、人を食べることもあるというから、もしもこの辺りまで南下してきたら大騒ぎになるだろう。
「どこまで行く気だ? 俺は雪山登山なんてしたことないぞ」
「森の中ダ」
「森? 森って、すぐそこの森か? そんなところに竜がいるわけないじゃないか」
そう言いながらも、ウエインは一応、言われたとおり剣を腰に差した。家を出ようとするエルフューレについていく。
「ウエイン、よろしくね。どうかエスリコを連れて帰ってね」
ケイトが玄関まで見送りに来て、心配そうな顔で言った。
そのケイトに、エルフューレは顔を向けた。
「エスリコから、竜に関する話を聞いたコトはナイか?」
「え?」
ケイトは首を捻った。
「……質問されたことなら、ずっと前にあったかもしれない。リューカ村に竜はいないの、って。何て答えたかは忘れたけど、いるわけないじゃないねえ」
「ソウ…か」
エルフューレはケイトに別れを告げ、森へ向けて歩き出した。ウエインが追いかけて横に並ぶと、難しい顔をしていた。
「……竜はイた。いたンだ。ソレなのに、どうして誰も知らナイ? 噂すら残ってイないなんて……」
「どういうことだ? まさか、本当に、そこの森に竜がいたのか?」
「ああ。モニムが泉に来たヨリ後のコトだぞ。ワタシを飲んだジル・キエコーンが竜と戦って、洞窟に封印した」
「竜と戦った!? 馬鹿言うな。だって、竜だろ? 勝てるわけがないじゃないか!」
ウエインは咄嗟にそう叫んだが、
「……あれ、『キエコーン』? どこかで聞いたことあるな……。たしか魔導士の一族とかいう?」
「ああ。ジルは、人間とシては破格に強い魔力をもってイた。だが代わりに身体が弱かったラシイ。激しい運動をスルと息苦しいと言ってイた。ヤツはワタシを飲んだが、ワタシは、ジルの身体だけは最初カラ少しも動かすコトができなかったナ。ワタシの意思を押さえツケて、力だけを使われタ」
エルフューレは少し悔しそうだった。
「へえ……。リューカにそんな凄い人がいたのか。しかも竜と戦って封印したって? それってつまり、勝ったってことじゃないか。それが本当なら、なんでそんな話が知られてないのか不思議だな」
「ジルは、竜とは戦ったが、別に敵対シていたワケじゃない。むしろ、仲良くナるためにケンカしようとシていた。ワタシにも分からナイが、ソレを面白く思わなかったヤツラが、話が広がるノを止めたのかもシれナイ」
「ふーん?」
よく分からない。
ふと、何かが心に引っかかった。
(キエコーン……? 魔導士の一族……。最後の魔導士の名は……、リーン・キエコーン。――リーン?)
「あ!」
ウエインは叫んだ。
「まさかリーンって、リーン・キエコーンの関係者? その竜とも何か関係があるのか」
「アノ時の金髪だろう? アレがオマエを連れてイこうとシた方向に、竜が封印サレた洞窟はある。ワタシが止めなけれバ、ドウなってイたと思う?」
エルフューレに言われて、ウエインは想像してみた。
エルフューレが来なければ、ウエインはあのままリーンについていき、そして何も知らないまま竜に遭遇しただろう。
「それは……、どうも、ありがとう。じゃ、まさかエスリコも、リーンに連れていかれたのか?」
「分からないが、可能性はあるダロウ? だから、今から確かめに行くンだ」
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