5-7. 恨み
ウエインが動かないでいると、ダルシアの方から打ち込んできた。
上段から振り下ろされた剣には充分に重さが乗っていて、ウエインは受け止めるのが精一杯だった。
その時、剣から手の平に、異様な感触が伝わってきた。
「あ……!」
ウエインは思わず声を上げた。
剣が折れたのだ。それも、ダルシアの剣が当たった部分ではなく、より根元に近い方からぽっきりと折れていた。
「父さんの剣が……」
(そうか、あの時――)
ウエインは、ジブレの家で、銃の弾を弾いた時の耳障りな音を思い出した。
おそらくあの時から、剣には罅が入るか何かしていたのだろう。
折れた剣を呆然と見つめるウエインの急所を、ダルシアは容赦なく蹴った。
「……っ!?」
驚きと痛みで声も出せずに蹲るウエインを、ダルシアは冷たく見下ろした。
「情けないわね」
(いや……、これは、反則……)
ウエインは咄嗟にそう思ったが、むろん、実戦ではそんな言い訳は通用しない。
もしこれで、相手がディパジットのときのように殺意を持った敵だったなら、ウエインは今頃死んでいるのだ。
ダルシアは、やれやれとでも言いたげに首を振ると、抜き身の剣をぶら下げたままウエインの部屋へ入っていった。
そこには今、モニムがいる。
「ま、待って」
痛む急所を押さえながら、ウエインはなんとか立ち上がり、母の後を追った。
「……あなたがイスティムを殺したんでしょう?」
部屋の入り口に着いた時、ダルシアはモニムの前に立ってそう問いかけていた。
まずい、とウエインは思う。
今表に出ているのがエルフューレの意識のままなら、またあっさり肯定してしまうかもしれない。そして、もしもモニムが起きていたら――
「……ごめんなさい」
泣きそうな顔でそう答えたのは、間違いなくモニムの方だった。
モニムは、イスティムの死に責任を感じ、ダルシアに謝らなければならないと考えたのだろう。
だが、あまりにもタイミングが悪い。
「……!」
ダルシアが剣を振りかぶった。
モニムの頭へ、力いっぱい振り下ろす。
ウエインが止める暇もなかった。
剣は、咄嗟に顔を庇ったモニムの腕に、勢い良く当たった。
顔の前で交差された腕のうち、右腕を完全に断ち切り、左腕の骨で止まる。
モニムは悲鳴を上げなかった。
さらに一撃加えようとしたのか、ダルシアが再び剣を振りかぶった時。
ぼてっ。
音がして、モニムの右手が床の上に落ち、ころころと転がった。
その断面は、二本の骨を取り囲む筋肉が妙に生々しいピンク色を見せていたが――、血は一滴も流れなかった。
ウエインもダルシアも、腕を斬られた当のモニムまでが絶句して、それを見つめた。
「……見なさい! そいつは人間じゃない!化け物なのよ!」
最初に我に返ったダルシアが、金切り声でモニムを罵った。
「イスティムはね、私の目の前で死んだのよ! 体中から滝のように汗を流して……、いえ、汗だと思えたのは一瞬だったわ。体中の水分を全部流し尽くして、あの人はどんどん干涸らびていった! 私の、目の前で!」
ダルシアは涙を流していた。
ウエインは、母が泣くところを初めて見た。
ジブレから聞いた話を思い出す。
イリケ族の大虐殺が始まった、そのきっかけ。
「あの人はね、生きながらミイラにされたのよ! とてもじゃないけどウエインに見せられる死に様じゃなかったわ! あんな真似が、イリケ族のあんた以外、誰にできるって言うのよ!? 私は知ってるのよ! イリケ族には水を操る能力があるって! 体中の水分を奪って人間を殺すこともできるって!」
罵られているモニムは、まだ呆然としていた。
その唇が動き、何かを呟く。
声は聞こえなかったが、何を言ったのかウエインには分かった。
「イスティムさん……」
ぐらっ。
モニムの身体が揺れた。
「モニム!?」
ウエインは咄嗟に駆け寄り、モニムの身体を支える。どうやら彼女は気を失ったらしい。
「モニム! しっかり!」
「ウエイン! そこを退いて! 今のうちにそいつを――」
「……ヤレヤレ」
ウエインの腕にかかるモニムの体重が、ふっと軽くなった。
その瞳に虹色の揺らめきがあるのを見て、ウエインは叫んだ。
「エル! やめろ!!」
その時ウエインの脳裡に浮かんでいたのは、心臓を貫かれたカイビの姿。
あの時と同じことが起こるとすれば、ダルシアの腕が切り落とされてしまう……!
「頼む! やめてくれ!! 母さんなんだ! 俺の、大切な人なんだ!!」
モニムを抱きしめる腕に力を入れ、ウエインは必死で叫んだ。
「モニムだって、そんなことは望まない! だから……」
「え……?」
ダルシアは、ウエインの言葉に目を瞬く。
「どういう意味……?」
「……ダルシア・サークレード」
口を開いたエルフューレの声は、落ち着いていた。安心しろとでも言うように、残った左手でウエインの背中をぽんぽんと叩く。
左腕の傷は、既に塞がっているようだった。
「先に言っておくが、ワタシはモニムじゃナイ。モニムの身体を借りてイルだけだ。だから、コノ身体を傷つけるコトに意味はナイ。なぜなら、コノ身体を傷つけてもワタシを殺すコトはできナイし、イスティム・サークレードを殺したのはモニムではなくワタシだからだ」
「……!!」
ダルシアはまた剣を振り上げかけ、その動きを途中で止めた。
モニムを庇うように背中を見せるウエインを、途方に暮れたような表情で見つめる。
だがすぐに、眉を吊り上げて怒りの表情を作った。
「あなたがやったというなら、姿を見せなさい!」
「ソレはできない」
「どうして!?」
「オマエではワタシを殺せないし、……ワタシはオマエを傷つけたくナイ。今、モニムの身体から出たら、ワタシはきっとオマエの手を切り落としてシマウ」
「…………」
「母さん、頼むから、剣をしまって。こいつは――」
「……みず」
「え?」
「声に、覚えが……。あのときの、『水』……なのね?」
ダルシアは目を見開いてエルフューレを凝視していた。
それからちらりとウエインの表情を見て、全てを悟ったように目を閉じた。
ウエインも、そしてダルシア自身も、かつてその『水』に――最も憎むべき存在に――命を救われているのだ……。
剣を持つ手がだらりと下がったのを見てウエインはホッと息を吐いたが、次の瞬間、母は再び剣を持ち上げ、自分の首に当てた。
「……! 待っ――」
ウエインが動くよりも早く、ダルシアは両手に力を込め――、
しかしそれよりもさらに早く、エルフューレがダルシアの手を摑んでいた。
いつの間に前へ出たのか、ウエインも気付かないほど素早い動きだった。
驚きで目を見開くダルシアの首から、エルフューレは剣を遠ざけた。
「ウエインが悲しむコトはするな」
そう言いながらも、エルフューレ自身が自分の行動に戸惑ったような顔をしていた。
「……あんたにだけは言われたくないわ」
憤然とエルフューレを睨みつけながらも、力のない声でダルシアは言い返し……、少し迷った後、意外とおとなしく剣を鞘に収めた。




