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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第五章 王都からの客人 

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5-5. すれ違い

 自分の部屋がそれほど汚れていないことに安堵しつつ、ウエインはモニムを招き入れた。

 一応、部屋のドアは開けておくことにする。

「……ねえ、ウエイン」

 モニムが、床にぺたんと座り込んで呟いた。

「あなたのお母様ということは、あの人はイスティムさんの奥さんよね?」

「そうだよ」

「わたし……、あなたに会ったときからずっと考えていたの。もしかして、イスティムさんが亡くなったのは、わたしのせいではないのかしらって。わたしが、あんな約束をしたから……」

「…………」

 それは事実だったので、ウエインは何も言えなかった。

 代わりに、ふと気になったことを訊いてみる。

「モニムは、約束を破った父さんのことを、恨んでる?」

「……いいえ」

 モニムは膝を抱え、そこに顔を伏せるようにして首を振った。

「わたしがいけないんだもの。わたしが、あの人の優しさにつけ込んで、あんな酷い約束をさせたんだわ。でも……、わたしは、嬉しかったのよ。たとえ嘘でも、彼が優しい言葉をかけてくれたのが。彼を待っている間、わたしは幸せだった」

「……嘘でも、良かった……?」

 ウエインは笑おうとして失敗した。

 それがモニムの本心なのだとしたら、父は、エルフューレは、何のために――

「ふざけるな!!」

 急に怒りが湧き上がってきて、ウエインは叫んだ。

 モニムがビクッとしてこちらを見上げる。

「約束をしたモニム自身が本当にそう思っていたなら、エルはどうして父さんを殺したんだ! 約束がそんなに大事なのか? 父さんの命よりも? モニムの気持ちよりも?」

「ご、ごめんなさいっ」

 モニムの怯えた顔を見て、ウエインは言葉を切った。

「……こっちこそごめん。モニムを怒ったつもりじゃなかった」

 額に手を当て、きつく目を瞑る。

 モニムにあたっても仕方ないと分かってはいても、気持ちの整理がつかない。

「でも……」

 モニムはさらに何かを言いかけたが、ウエインが必死に感情を抑えているのを感じたのか、口をつぐんだ。

 ウエインが呼吸を整えて目を開けた時、モニムは抱えた膝にまた顔を伏せていた。その横顔には、疲労の色が濃い。

 無理もない、とウエインは思った。

 今日だけでも、随分と色々なことがあった。

 ウエインだって、正直今は休みたい。

 モニムもこの様子では、今夜のうちに出発するのは無理かもしれない。

 だが、ディパジットの人間に、リューカ村にいるモニムの姿を見られてしまった。

 さっきはなぜかあっさり帰ってくれたが、もしかしたら今度はもっと大勢で攻めてくるかもしれない。

 それを考えれば、無理にでも早めに出発すべきだろうか、とウエインは悩んだ。

 と、その時。

 部屋の扉がコンコンとノックされ、シュタウヘンが開いている扉の陰から顔を覗かせた。

「ウエイン君、ちょっといいかい?」

「あ、はい、どうぞ」

 ウエインの返事を待って、シュタウヘンが部屋に入ってきた。

「母との話は終わったんですか?」

「うん。……いや、終わったというか、始まらなかったというかね……。まあ、仕方ないんだ。昔からずっとそうだったからね」

 シュタウヘンは照れくさそうに頭を搔いた後、急に真面目な顔になった。

「そんなことより、君に訊きたいことがあるんだ。ディパジットへ行ったと言ったね?」

「はい」

「町はどんな様子だった? その、つまり……」

 シュタウヘンが言葉を探すように口ごもるのを見て、ウエインはぴんと来た。

「国家反逆の動きがあるかどうか、ってことですか?」

「そう! まさにそうなんだ。我々がこの村に来たのは、『水の魔物』の件に対処するためと、もう一つ、それを秘密裡に調査するためでもあったんだよ」

「何か、そんな情報があったんですか?」

「噂のようなものだけどね。町を囲む高い壁を見たとか、町の人がディパジットのことを『国』と呼んでいるのを聞いたとか」

「あ、それなら俺も聞きましたし、見ました。壁は俺の身長の倍以上はあって、威圧感が凄かったです。それに、町には凄い武器があるって話で……、ああ、くそっ!」

「ど、どうしたの?」

 ウエインが急に大きな声を出したので、シュタウヘンは目を丸くした。

「いや、こんなことなら、ジブレさん達もこっちに連れてくれば良かったと思って……」

「ジブレさん?」

「その武器の原型を考えた人です。ディパジットが国からの独立を考えてるってことを知らせるために、王都へ向かいました。でもまさかこんな近くに、話を聞いてくれる人がいたなんて。俺なんかよりあの人と話した方が、ずっと詳しいことが分かるはずなのに」

 唇を噛むウエインの肩を、シュタウヘンが優しく叩いた。

「とりあえず、君が知っていることだけでも話してくれるかい?」

「はい」

 ウエインはシュタウヘンに、自分が知っている限りの情報を話した。

 時折シュタウヘンが質問を挟み、必要そうな情報をさらに引き出していく。

「……なるほど。大体は分かった。王都でも、似たような武器を考えた奴がいるよ。だが、射程と威力はどっちが上だ……?」

 顎に指を当て、独り言のようにシュタウヘンは呟いた。

 この場にジブレがいてくれたら、とウエインは切実に思う。

 その時。

「アイツらなら、マダ隣の村にイる。コッチへ呼ぶか?」

 部屋の隅で静かに座っていると思っていたモニムが――いや、正確には、その身体を借りたエルフューレが――言った。

「……いや、その人達が王都へ向かっているというなら、俺達が追いかけた方がいいだろう。彼らが今いるところを教えてくれる?」

 シュタウヘンが訊くと、エルフューレは西の村にある宿の名前を答えた。

「分かった。……ところで、君はモニムさんじゃないね? もしかして、君が噂の『水の魔物』? エルさん、だっけ」

「ああ、ソウだ。疲れたのだろう、モニムは眠ってしまった」

 ごく自然に自分と会話するシュタウヘンに、エルフューレはわずかに興味深そうな顔を見せた。

「ワタシの意識の約半分は、ジブレとフィニアと共に行った。オマエが到着するマデは、宿で待つヨウに伝えよう」

「ありがとう」

 シュタウヘンは微笑んだ。

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