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「ふう。お騒がせしました」


 正気を取り戻すのに数分かかり、その間ちょっと魔力が暴走してしまった感があるが、多分エドガー様にはバレていないだろう。


「毒でも盛られたのかと思って驚いた」

「ちょっと変なところにワインが入ってしまいまして」


 ホールの方から、ダンスの始まりの音楽が流れてきた。シャンデリアの下でくるくると回る男女を指を加えて眺める。……私たちは踊れないのだ。


「やっぱり練習したほうがよかったじゃないですかー!」

「いや、それは……」

「おーどーりーまーしょーうー」

「自分だって踊れないだろう!」


「二人では踊った事はありませんが、踊る事自体はなかなか飲み込みが早いんじゃないかと自分では思うんですよね!」


「私の記憶では、去年は振り付けを忘れていたように見えたが」

「うっ」


 エドガー様が言っているのは、前回の感謝祭での話だ。その時は聖女として市民の前に姿を現し、舞を披露するのだが、当日頭から振り付けがすっぽ抜けてしまい、適当に踊って誤魔化したのだった。


「指摘されなかったのでバレていないものだとばかり」

「誰も気が付かないし、不具合も起きなかったのでわざわざ言及する必要もないと考えた」


「そこは話しかけてくれてもよかったんですよ……」


 その日は秋にしてはとても寒い日で。薄い薄い絹でできたローブの裏側に、エドガー様が寒くないようとこっそりもう一枚仕込んでくれたのだった。


 その心遣いがあまりにも嬉しくて、ポーッとなって文字通り舞い上がってしまい、そのような結果につながった訳なのだが。


「顔が赤いが。飲み過ぎではないのか?」

「私、そんなにお酒に弱くありませんっ」


 エドガー様は何か言いかけて口をつぐんだ。あらやだ、私もしかして知らぬ間に酒癖がすごく悪かったり……?


「とにかく我々は踊らないのだから、このまま涼みながら待っていよう」


「エドガー様、先程の件ですが……」


 肩を寄せ、しなだれかかってみる。


「謁見の話か? それとも酒乱の?」


 エドガー様は、重々しい口調で返答した。違う、そうじゃない。私が美人の方です。


「そろそろ案内が来るはずだ」


 マクミラン卿、と声をかけてきたのは初老の紳士だった。『こちらに』と案内され、人気のない王宮の廊下を進んでいく。


「どうぞゆるりとお寛ぎを」


 二人は会話しないが、どことなく気安い雰囲気があった。知り合い同士なのかもしれない。ドアがパタリと閉まり、足音が遠ざかっていく。


「ここはいわゆる連れ込み部屋と言うやつですね……!?」


 お酒に酔ったいたいけな乙女を連れ込んであれやこれやする場所だ! 密会!一晩のあやまち! 陰謀が渦巻く隠し部屋!


「違う」


 この大きなソファーは具合が悪くなった貴婦人を休ませるためのもの──エドガー様はそう力説したけれど、絶対にそれ以外の用途もあると思うのだ。


 大きなソファーに腰掛ける。エドガー様は私の向かい側に座った。


「こっちに座ってください」

「別に密着する必要もないだろう」


「だってソファーが二つなのですから、後から来た国王とエドガー様が隣同士だったら変でしょう。私が一人じゃないですか」


「後で移動する」

「いいんですか? そんなことを言うと、グレてしまいますよ。いいんですか? 悪事をはたらきますよ?」


 靴を脱いでソファーに横になる。


「こら。行儀の悪いことはやめなさい。ドレスがシワになる」


 くっ、正論。しかし私は係の人から『お気に召したら買取もできますから』と事前に聞いているのだ!


「エドガー様が隣に来るならちゃんとしますよ」

「……」


 エドガー様は私の足を持ち上げて、ソファーにどかりと座った。追いやられた私はソファーの半分を占拠して丸まっている変な女になってしまったので、ノロノロと起き上がる。


 二人がやってくるのを待つ間、エドガー様は昔の話をしてくれた。


 エドガー様は留学してすぐに二人と仲良くなったのだそうだ。それはもちろん、学生時代は自由を尊重して、という建前があるにせよ他国の王族の庶子であるエドガー様の身分が取りまきとして都合が良かった事もあるそうだ。


「一緒にどんなことを?」

「国宝の魔道具を使ってウミガメの精霊を呼び出し、アーチーの教育係にしこたま怒られたりはしたな」


「そんな大事件を起こしていたんですか……」

「あの頃は若かったからな」


 先程案内してくれた男性はその『じい』なのだそうだ。逆算するとウミガメ事件を起こした頃の二人は今の私の年齢より上の計算になるのだが……まあ、学生時代ってそんなものなのかもしれない。わからないけれど。


「仲が良かったんですね。一緒にご飯を食べに行ったり、遊びに行ったり」

「君にもそう言った友人が見つかればいいのだがな」


「それって言ってることとやってることが逆じゃないですか? 他の人と会うのは良くないって……」


「他の男がいるところは嫌だと思うだけだ。女性なら構わない」


「へっ」


 私はエドガー様が他の女性と話していると気になる。彼はその逆で、私が知らないところで男性と話すのが嫌だと言うのだ。


「そこのところ詳しく語ってもらってよろしいでしょうか?」


 それはつまり。自分に当てはめて考えると……体を寄せると、エドガー様はソファーの端っこまで逃げていった。


「いや、もう人が来る」

「王様は忙しくて私たちの事なんて忘れたと思います」

「そんなバカなわけあるか。実際に迎えにきただろう」

「では手早くご説明をお願いします」


 エドガー様が立ち上がろうとしたので、素早くそれを抑え込む。


「や……やめなさい。膝に乗ろうとするんじゃない!」

「来るまで! 来るまででいいですから! あと早く今の発言について説明してください!」


 ごほん、と咳払いが聞こえ、ばっと振り向くと非常に気まずそうな顔のアーチボルド王が立っていた。


「すまん、実はもう居るんだ……」

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