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「精霊召喚……」


 船長さんが「精霊召喚ってなーに?」とでもいいたげな目で私を見てきた。使うのは私ではないです。


 精霊召喚、それは王家の秘伝。星の瞳を持つものだけが使うことのできる、精霊を呼び出し使役する技……しかし、呼び出せる精霊の格は元々の魔力量に左右される。


 普段は絶対に口にしないが、私はエドガー様の魔力というものに全く期待はしていない。彼の良さはそれ以外のところにあるので。


「使えるんですか?」

「それは……微妙……だが……」


 私の問いに、エドガー様はかなり曖昧に返してきた。自己申告で微妙となると、それすなわち本当に微妙と言うことだ。しかし、話合いでも遊ぶでもどちらでも構わないが、いないよりは頭数が多い方がマシではある。


「私も祈りを捧げてみますから、頑張りましょう」


 エドガー様は床にしゃがみ込み、ほそぼそとした魔力で魔法陣を描きはじめた。見ているこっちが不安になってしまう。いや、だめだ、私が信じてあげないと。


 聖女と同じく、王族の魔力も結界を離れると減退していくと聞く。国境を離れ、しかも海の上、非常時で精神は安定しない。並の術者ですら難しいだろう。


「……できた」


 エドガー様が魔力を込めると、魔法陣がぼんやり光った。お願いしますお願いしますお願いします。誰か呼びかけに答えてください。


「あ、できそうですね!?」


 魔法陣からぼんやりと光がたちのぼり、蛹のような形になっていく。そうして『ぱんっ』と魔力が弾ける音がして現れたのは、猫の姿をした精霊? だった。


 目の色がすごいとか、毛がふさふさで高級感があるとかそんな訳でもなく、どちらかというと港にいる三毛猫そっくりだ。


「ああ、だめだこれは」


 エドガー様は自分自身に失望した声を出した。


「駄目なのはお前の召喚術じゃボケ」


 猫さんは飛び上がり、エドガー様の頭に蹴りを入れる。


「痛っ!」


 ああ、少しエドガー様の素が出ている。「かわいそかわいい」とはまさにこのこと!


「猫さん、来てくださってありがとうございます。エドガー様、せっかく呼びかけに答えてくれたのに失礼ですよ」


「うんうん。フィオナはちゃんとしていて偉いね。身の程知らずのクソザコとは大違い」


 猫さんは私に対しては好意的な言動だった。後半は聞かなかった事にしておこう。


「お前一人じゃ答えるつもりもないが、聖女の祈りとくれば仕方がない。ったく、フィオナはこんな雑魚のどこがいいんだか」


「かわいいところ!!」


 隣で一部始終を見ている船長さんがエドガー様と私を交互に見て「ええ?」とつぶやいた。まあ、一般の方には少々難しい事かも分かりませんわね……。


「かわいくはねーな」


 猫さんもエドガー様から目を逸らしながらつぶやく。そんなことはない。何を言っているのだ。エドガー様はこんなに可愛いのに……。


「私が雑魚でも可愛くなくても構わないから、とにかくついてきてくれ」


 エドガー様は猫さんと共に交渉に向かうつもりのようだ。


「嫌だ。お前の言うことなんて聞いたら俺の格が落ちるだろ」


「そこをなんとか……」


「聖女の結界をこう、ちょいちょいとすれば救助が来るまで乗客を浮かせておくぐらいはできる」


 猫さんは、こともなげにそう言った。


「聖女の力が届くのは国境の範囲内だけだと習いました……」


 私の力は国境を離れるにつれ弱まっていくはず、だった。しかし確かに、そう言われてみると何かできそうな気がする。


「できる。あの竜ではフィオナの結界は破れない。だから、フィオナだけがいればいい。お前が色々しなくたって、フィオナがいれば世界は回るんだ。お前は必要ないんだよ」


 猫さんはエドガー様を見て、はっきりとそう告げた。


「求められるように努力はするつもりだ」


 そのまま、猫さんとエドガー様は睨み合った。どうして猫さんはこんなに厳しい事を言うのだろう。


「皆さん、それで、どうしましょうか。結局どなたが……」


 船長さんが間を取りなすように声を上げた。確かに、今は状況を改善できれば誰か何をしようともかまわないのだ。


 船が沈んだら新婚旅行どころではないし、そもそも、正体がバレたら帰らなくてはいけないのだが、説得に向かってくれないと言うなら仕方がない。


「私が今から……」

「命の保証があると言うのなら、なおさら説得に向かわなければならない」


「エドガー様……?」


 私がやればいい。謎の猫さんは間違いなく精霊の一種なのだから、彼ができると言えば、私にはこの状況を切り抜けられる力があるのだろう。


 しかしエドガー様は私を使わずに、あえて危険を犯すらしい。


「どのみち、船が運航しないとなると大勢に影響が出るし、私たちが無事でも次の船はどうする?」


「何より、ここで正体を明かしてみろ。新婚旅行どころか、新婚生活までなくなってしまう」


 それなら試しに対話を試みるぐらいはなんともない──エドガー様はそう言ってのけた。


「エドガー様……」


「よし、行ってくる。一応、準備はしておいてくれ」

「わ、私もご一緒しますぞ」


 船長さんとエドガー様が立ち上がろうとしたが、先に猫さんが立ち上がる。


「お前たちはついてこなくてイイよ」


 猫さんはひょこひょこと歩いてゆき、竜に話しかけた。さすがというか、何か思うところがあったのか、真紅の竜は小首を傾げ大人しく話を聞いているようだ。


 そして、一声鳴いたのち、竜はあっさりと飛び去っていった。羽ばたきの風がスカートを揺らす。


「一体何がどうなったんでしょう?」


 猫さんは得意げに戻ってきた。抱っこをせがむので持ち上げると、ざらざらとした舌で私をぺろりと舐めた。


「もう大丈夫。人間の船には手を出すなと言っておいた」


「他には何を?」

「教えねーよボケ」


 猫さんはエドガー様に暴言を吐き、消えていった。結局、彼? の正体はなんだったのだろう。国に帰ったら大元の精霊様に尋ねてみよう。

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