姫様が変わられた〜 行けず後家にはなりませんことよ!オーホホホホ。
魂は永遠不滅と申します。人は生まれ変わるのですわ。わたくしは馬のおかげで、『私』の記憶が、チラリチラリとありますの。
そこは、言葉にならないほどの、地味で破廉恥極まりない国、しかも平民として、わたくしは生きていましたの、建物もねずみ色のカッチコチ、手狭な空間、しかも女性の足は丸出し、罪人のごとく短い髪!運動する時など湯浴み着よりも真っ裸ですわ!
そして……、親族でもない異性と同じ部屋で机を並べて……おまけに、キャァァァ!こ!これ以上は頭が痛くなりましてよ。とにかく破廉恥極まりない、とんでもない場所だったのは間違いございません。だけどそこで学んだ事は……役に立つ様な気が……ふと思いついたある日のこと。
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「姫様、少しばかりお話があるそうです」
わたくしがじいの給仕で朝食をとり終え、お茶を頂いていると、マーヤが例の侍女『アン』を連れて来ました。何かしら?と聞き返します。
「はい、ラクティール家の令嬢が、この度挙式されるとの事です」
まぁ……お目出度いお話ね、と言いつつしばらくは外に出ない様にしようかしらと、考えていると、アンがくれぐれもお気をつけ下さいませ、と言葉を述べます。
「ええ……ありがとう、下がっていいわ」
「はい、では失礼いたします」
アンは役目を終え、ホッとした様な笑顔を残すと部屋から下がりました。知らせをくれたのは、お姉さまのご機嫌が、素晴らしく悪くなるからですわ。まあ仕方がない事なのですけれど……、わたくし達姉妹は『行けず後家』の道を歩んでいるのですから。
あ、行けず後家というのは『私』の記憶からのこれ、『行かず後家』というお言葉のもじり。自ら行かない選択は、わたくし達にはありません。嫁ぐか嫁がないかのどちらか一つのみ!
そう、あちらの歴史とこちらも、何処か重なる様な気がいたします、王族貴族の婚姻については、似ている気がいたします。
――、諸侯の婚礼は王の許可を得る事、そして王族の婚礼は……政略をもってこれを執り行う。結婚とは家と家、国と国の為にするものであり、そこに個人の感情は含まれない。
わたくしが教えられた『婚礼』に対しての心得ですの、そこで『私』の記憶のあれこれを思い出し……、周囲の貴族や、周辺地図諸国の婚礼事情を考えてみますと、生まれた時からの約束、子供の時からの約束、というのが多いのです。中には、ほんの幼子で嫁に行っているのですか。
そう……、わたくしには、いえわたくし達姉妹には『婚約者』という存在が未だかつて無いのです!これは……ゆゆしきことやもしれません。このまま行けばどうなるのか!
過去の『私』が学んだ記憶では、寺院に行くのが王道、それか離れの建物で落ちぶれる、あるいは手柄を上げた家臣に下げ渡される、の何れか、そしてそれは、そっくりそのまま当てはまります。
「……、じい!聞きたいことがあります」
「は!姫様、なんの御用で御座いましょうか」
「わたくしに婚礼の話が来ないのはお姉さまが先、だから?しかし何故お姉さまもお話が無いのですか?決まってから沙汰が知らされる事は知っていますが、この年になる迄無いとはどういう事なのでしょうか、お姉さまは、見目だけは良いですわ、それに持参金とやらもそれなりに用意はできるでしょうに」
わたくしは真っ直ぐに聞きます。じいは答えます。
「姫様、王族の結婚とは何でしょうか」
「国益」
じいの問いかけに、わたくしはひと言で答えます。
「これはこれは……是非とも殿下にお聞きしてもらいたい、見事なお答えです。そうです。正にそのとおり……陛下は考えてらっしゃいます」
「お父様が?」
「はい、そのうちおわかりになられますが、どの国との婚姻による同盟強化が一番良いか、二姫様が産まれた時よりこの方、お話は持ち上がるのですが、いずれもあちらを立てればこちらが立たず、中には内乱が起き流れたお話も多数御座います」
まぁ……、内乱とは、表に詳しくないわたくしは、他国の話に胸がワクワクしてきましたの。
「そう……、しかし全く無いというのは、いささか怪しく思いましてよ、何かお父様のお考えがあるのではなくて?」
わたくしは少しばかり深く聞いてみます。
「……、二の妃様は聡いお方でございましたが、姫様はよう似ておられます。はい、じいは少しばかり知っております、陛下は隣国との婚姻を考えておられるのです」
じいの答えに少しばかり驚きましたわ、確かに隣国との繋がりが太くなればこれ程、国の為になる事はありませんが、確か王女様お一人しかおられなかったはず、ではお兄さまと?
「確か、数年前に隣国の王妃様は亡くなられて……王女様がお一人ですわね、ではお兄さまが娶るのですか?」
「実は内々で殿下とお話は進んでおりますが、その前に、我が国の姫のどちらかを後添にと、お考えなのですよ、姫様!じいは姫様が、隣国の王妃様になられる事を望んでいます」
「はい?わ、わたくしが?」
じいの突然の話に、思わず目を見開いてしまいました。
「そうです。姫様が隣国に嫁ぎ、王子をお産みあそばされる事が、この国の一番良い先かと……」
そ、それはそうですけれど……お父様はどういう意図があり、先を見据えているのかしら……、それに後妻に入った場合、めんどくさい事がありましてよ。
「じい、でも待ってくださいな、あちらのお国には、寵姫はいませんの?お母様みたいな女性は」
わたくしは不思議に思っていた事を、この際思い切って聞いてみました。じいは声を潜めて教えてくれます。
「……、以前は居られたのですが、王妃様が亡くなられた折に、全て廃妃とされたとか、そうでしょうなぁ……、本来なら王子も王女も育てば居られていたのですが……その、『女の戦い』により、お育ちにならなかったと伺っております」
……女の戦い、ああ……『私』の記憶がチラリと出てきましたわ、身籠った妾を階段から突き飛ばす正妃一派とか、薬を盛る妾一派とかのお話……、わたくし、どのような書物を読んでいたのやら……頭がクラクラしています。
「そ、そう……それで王女お一人しか、お育ちになられなかった」
「ま、どこでもあるお話で御座いますよ、この国でもかつて殿下の実の母御様も、そうでございましたから」
は?お兄さまの実の母御様ですって?どういう事なのでしょう、わたくしの知らない世界が、突然出てきましたわ!これは……知っておかなければなりません。クラクラしていたのが吹き飛びましたの。
お兄さまはお姉さまと違って、穏やかでお優しく、お顔は凛々しく、物知りで、しかし残念ながら頭の中はお花畑に、蝶々が飛んでるお方なのです。
「お兄さまのお母様は、お義母様ではないのですか!」
「はい、二の妃様が見初められる前に、いらしたお妃様のお子様なのですよ、男の子を産んだと言う事で、それはもう、王妃様から陛下の目を盗みアレコレと、お優しいお方でしたので、産後の肥立ちも悪く敢え無くポックリ、王妃様は、赤子だった殿下をまんまと手に入れられたのです」
……ああ、正に『事実は小説より奇なり』色々とまぜこぜになり、再びクラクラしてますの、何処か夢見ているお兄さま、知っておられるのかしら。
「お兄さまは知っておられるの?お手元でお育ちになられてましたから、わたくしはてっきりお義母さまが実母だと」
「一部の者は知っておりますよ、殿下がご存じなのかは知りませんが……」
よく礼拝堂で祈りを捧げている、穏やかでお優しいお兄さま、お顔立ちもよろしいのですけれど、ただ……ぼんやりされているというか、なんでしょう……子供のままで大きくなられた様な……、立太子は既に済ませてはいますが。
「まぁ……知っておられてもお兄さまは、きっと気にもなさらないでしょう、そう……わたくしが後添に……、じいはわたくしに務まると思って?」
わたくしはお兄さまの事はひとまず置いておいて、自身の問題に向き合います。ほぼこの住まいから出ることなく育ったわたくしが、隣国の王妃が務まるか……いささか不安になります。
「はい、じいは今の姫様こそが相応しいと、思っております」
じいは断言をくれました、今のわたくしが……、何か大きな波が押し寄せて来ました、わたくしが隣国の王妃に……、お姉さまを差し置いて……ふ、フフ、フフフフ………く、フフフフ、笑いが込み上げてきましたの。
わたくしが王妃に!もしそうなったら……見事王子を産んでみせますわ!オーホホホホ!




