舞踏会の夜に、事は進みましたの。オーホホホホホ!
「そなたの段取り通りに進みそうだな」
陛下は銀杯を重ねつつ、機嫌良く話されて来られますの。ターワンのお爺様が丨お姉さま《マーヤ》に、少しばかり華と戯れて良いかと許しを得ると、踊りの輪の中に入られました。
「同じお相手と続けて踊るのは、決まりに反する事を、ご覧になって、陛下。シャルルはパトリシアから離れませんわね」
そしてお爺様はサーシェリーの元へと……。音楽に乗り優雅に踊られますわ。何やら楽しくお言葉を交わしている様子……。そして二人はさり気なくシャルル達に近づいて行かれますの。
「茶番が始まるな。それにしても……あのお方も喰えない、ククク」
「流石は年の功ですわね。ホホホホ、わたくしは……陛下の弟君の奥方には、色々とお世話になりましてよ」
そう、下らぬヒソヒソ話を流される奥方様ですわ。今も何処かで話されている事でしょうけど、気にもしないわたくし、褒美が貰いたく無いのか、取り敢えず耳に届くところでは、紅のお口をつぐんでおられますの。
「ククク、ほれ見てみなさい、王妃……ダンスにかこつけて、若い二人の手助けをするとか言ってらしたが……、ククク、何を言うと聞いておる?」
陛下の問いかけに、うふふ、ほんとに茶番ですのよと、わたくしは笑いながら答えたのでした。
「ダンスに誘い、二人に聞こえるように、お爺様が、そなたを攫いたい、だめ、攫いたい、離れたくない等と、繰り返すそうですわ」
ニタリと人の悪い笑みを浮かべたお方を思い出しましてよ。そして……事はわたくし達の思った通りに動きましたのよ。
オーホホホホホ!舞踏会が終わりを迎えようとした時……シャルルを探す王弟夫婦。パトリシアのご両親も娘を探しておりますわ。そして、衛兵が駆け込んで来ました。
「陛下!御前を失礼致します。只今、城門を抜け出そうとした、不埒者を捉えております」
ザワッと不穏な空気が生まれ広がります。お姉さまが、それらしく不愉快そうに手にした扇を打ち鳴らしました。
「……なんと、祝宴に水を差すとは何たる無礼、ワシもなめられた者だの!その不埒者とは誰ぞ!」
しれっとターワンのお方が忌々しさを装い、言葉を吐かれます。陛下が怒りを含んだ声音を創り上げ、衛兵に連れてくる様、命を出されます。どなたも役者ですわ。
「シャルル!何という事を……!家名に泥を塗る気か!」
「パトリシア!何故に!せっかくお目をかけて頂いたというのに、この親不孝者めが!」
二人はうなだれ連れてこられました。ご両親達の悲鳴が上がりましたわ。娘を誑した、そうではない息子は騙されていると堂々巡りが始まりましてよ。列席されている方々のヒソヒソ話が始まります。
それを収めるべく陛下が先ずは舞踏会の終わりを告げられました、一斉に礼を取られる貴族の方々。そして……、
シャルル達とパトリシアのご両親を別室に、御身内の弟夫妻は陛下のお部屋へと来る様に指示が出されましたの。もちろん、サーシェリーも呼ばれてましてよ。
彼女は……、困った風を装ってはおりますが、目にはキラキラとしたモノを宿しておりますの。おつむりの中には、きらびやかな宝飾品の数々が、うごめいている様ですわね。
☆☆☆☆☆
「さて、どう責任を取るつもりだ、王族諸侯は、王の許しが無ければ、婚姻の儀式は出来ない決まりだと思っておったがな……いつから私は居ない存在になったのか?」
陛下の重いお言葉が茶番劇の開始ですわ。ターワンのお爺様は、しかめっ面を創っておられますの。
「……シャルルは、誑かされたと思うのだ」
「ふっ!うら若き淑女に責を取らさせるとは……、そなたはそれでもこの国の男なのか?」
兄弟のお話が続きましてよ。しばらくは、知らぬ存ぜぬを繰り返しておりましたの。青ざめる奥方は、きゅっと唇を閉じておられます。
「そうか。知らぬのか……、それでは不敬罪でそなたの息子を刑に処するか、連れの令嬢は出家させて事を収める」
厳しいお沙汰が出ましてよ。ヒッ!兄上!そればかりは……と応えた弟君。
「なんだ?息子の命乞いか?それならば、こういう話を耳にしたのだが、私を弑して王妃にそなたの息子を娶らせるという……噂話だがな、ただの噂だ、そなたが息子の代わりになるか?それとも」
じわじわと追い詰める陛下。な!何を兄上、ただの噂で御座います!と慌てて打ち消された弟君。
「それとも……、何でございましょう」
悲壮なお声が致します。
「なに……、少しばかり役に立って貰いたいのだ、嫌とは言えまい」
口角を上げ人の悪い笑みを浮かべると、陛下が話されます。どの様なと返されました。それに率直にお返事なさった陛下。
「なに……サーシェリーを欲しいのだ」
「は?我が娘を?そ、それは……側室でしょうか?しかし叔父、姪の間柄、些か難しいかと……」
「イヤイヤ!異国の美女を、欲しているのは我が国じゃ!」
ターワンのお方が話に入られます。わたくしに目配せをして来られました。決められた通りに事を運びましてよ。
「ええ、王妃としてお迎えになりたい、しかしそれは……わたくしのお姉さまであって、サーシェリーでは無い、そしてお姉さまは……、実はここにはおりませんの。狩猟大会の時に折り悪くおケガをなされたのです」
「は?王妃様、で、ではこちらにおられるお方様は……どなた様なのです?わたくしがお世話を命じられているお方様は……」
サーシェリーの母親が素っ頓狂な声で、問いかけて来られましたの。それを聞いたお姉さまが、被っているヴェールを、引っ掛けぬようゆっくりと外しましたの。
「そ!そなたは!王妃様のお側使えではないのか!」
「ええ……、お国元のお姉さまはお顔にお怪我をされ……、目にできぬ風貌に、代わってしまわれましたの。生き恥を晒すぐらいならば出家なさると、しかしこの婚礼は、平和の為には、執り行わなくてはいけない事。なので一計を図ったのです」
しかしマーヤがいかに真似が上手くとも、学がありません。大急ぎでお妃教育を施したとしても、一国の王妃はムリ。わたくしは噛んで含む様に話ましたわ。
……しかし。身代わりとは…、と、不服そうな弟君様に、サーシェリーの声が向かいます。
「お父様!お母様!わたくしはターワンへと、ドローシア様になり嫁ぎとう御座います」
焦れたサーシェリーが話に加わりました。
「そんな!何も身代わりにならずとも、婚姻の資格はある。そして異国の王室に嫁ぎたいのならば、、サーシェリーのままで、側室になれば良いのではないか?」
「いいえ!王族というだけのわたくしより、一国の姫として嫁ぎとう御座います」
おお!我が愛しの姫よ……とサーシェリーに寄り添うターワンのお方。それに気が付き、しかと手を取るサーシェリー。握りしめながらお互い視線を、甘く絡ませております。
「陛下、わたくしは……ターワンの王妃として相応しゅう御座います?」
「美しい姫よ、そなた程美しく、相応しい存在はこの世に居ない」
孫子程も違うお二方ですが、波長が合うらしく意気投合されておりますわね。わたくしはマーヤからヴェールを手渡されました。それをサーシェリーに渡しましたの。受け取るとそれを広げてから、被りましてよ。
「うぬ、背丈も丁度良い」
神のお導きだと陛下のお声。まだ諦め切れぬのか、しのごの言う弟様に手招きをなされました。近づかれた後……、何やらヒソヒソと耳打ちをされた陛下。さっと顔を青ざめる弟様。
「……わかりました。兄上のよろしい様に……」
「あなた!」
肩を落とされ話された彼に、無言を貫いておられたご婦人が声を上げられましたの。慌ててお傍に寄られましてよ。何を話されたのか……、わたくしは気になりましたが、今ここで聞くわけにも、一件落着をした空気が広がっておりますもの……。
「では……愛しの我が姫よ、部屋へと送ろう」
ターワンのお方がお姉さまの手を取られましたの。
「そうか……、ゆるりとお休みになられよ。明日の出立は早い故……、では我らはシャルルとパトリシアの所へ向かおう、ああ、これより先は私に任せてくれないか?」
陛下はお疲れなど微塵も見せずに、力を落とされているお身内に、静かなお声をかけられました。フフフフ、上手く運びましたわ。
マーヤ、ご苦労様。オーホホホホホ!




