舞踏会の夜に、思い出しましたのよ。オーホホホホホ!
「踊らなくていいのでしょうか、無理ですけれど」
ヴェールで覆い隠したマーヤが不安そうに話してきました。そうですわね、顔に気が付かれでもしたら、終わりになりますもの。わたくしの側近として、ここでは知れ渡っている彼女は、不安そうに扇を広げその陰から囁いてきました。
「椅子の華になってなさい。お姉さまらしくね」
仲良く姉妹が話している風を装い、応えましたの。それに対して、思いっきり!上から目線を作り、頷き返事をするマーヤ。
まぁ……流石ですわね。お姉さまはわたくしを見るときはこの様に、虫ケラを見るように、ご覧になられていた事を思い出してよ。マーヤに至っては、路傍の石、視線すら送られませんでした。
「そう、そうしてなさい。ターワンのお方は……お好きになさるから……」
音楽が流れてます、淡いとりどりの蓄光石を集めて作られたシャンデリアの光が降り降りる大広間。紳士に淑女、祖国と違い賑やかに笑いさざめき時が過ぎておりますの。
……、く、クスクス、不意に思い出し笑いが出てきましたわ。おそらくサーシェリー達を、一段高い場から見下ろしているからですわね。キャロラインのお披露目のあの夜。わたくしは、目がおかしくなったかと思いましたもの。それか流行病でも?若い娘に広がっているのかしらと陛下に囁やきましたもの。
何故なら、久しぶりに見るお姉さまのあわよくば……取り巻きご令嬢達は……誰も彼もお顔はパンパンに丸く、コロンコロンとしている身体……。どういたしましたの、右を見ても樽、左を見ても樽ばかり……。
「まぁ……どうされたのかしら、クロシェはご存知?」
わたくし達の世話をする為、側近くに控えていた彼女に聞きましたの。
「はい、それは……キャロライン様がふくよかなお方と、噂が流れて来ました。そして王子様はそういうお身体がお好みだと、パァッと広がりこの様な事に……どうされるのでしょうか、彼女達は妙齢を迎えております。このままでは婚期を逃すかと……」
眉をひそめて教えてくれましたの。そうですわね、お兄様のような殿方を見つければ良いのですか、あいにくそういうお方は少ないかと……。
その中でお兄様とキャロラインは、軽やかにファーストダンスを踊られましたの。ヒソヒソと声が聞こえてきましてよ。
「ああん、誰よ!皇太子妃様になられるお姫様は太っているって言ったのは。そして殿下はそういうのがお好みって言ったのは!全然違うのですわ!」
「ほんとに、わたくし殿下のお目につくようにと、一生懸命食べて食べて……どうしたらいいの?痩せなければいけませんわ、このままでは……持ち上げられないって言われてしまいましたの」
「痩せるってどうすればよろしいの?」
オーホホホホホ!樽!樽!樽!わたくしは陛下に許しを得ると、一曲終わったときを見計らい、広間へと向かいます。キャロラインが礼を取り終えると、わたくしの側に来ましてよ。
「お母さま」
「おめでとうございます、キャロライン、綺麗でしてよ」
頬を染めている彼女は可愛らしく、絹の手袋をはめた手を取るお兄様はうっとりとされております。さあ……ご令嬢達、来なさい!とちらちらと彼女達を見ておりましたら……、抜け目なくこちらに挨拶を取りに参りましたわ。
「おめでとうございます。キャロライン様」
「おめでとうございます、殿下」
言祝ぎと共にわたくしにも挨拶をされてくる、樽達。頭を深く下げたまま、ちらちらとキャロラインのくびれや豊かな胸元を眺めます。さあ……わたくしは置土産をしなくてはね。
「お久しぶりね、皆様……。お元気そうでなりより、顔を上げなさい、今宵は無礼講ですし、親しくお話をいたしましょう」
わたくしはニッコリと微笑むと、誘いの水を差し向けます。しばしの沈黙の後……、はい、と返事があり、頭を上げる皆様。間近で見ると……お顔もお身体もパンパン!ですわ。よくそこまでお肉を蓄えましたこと。
「お心遣い、ありがとうございますをお久しぶりでご、御座います。王妃様におかれてはご機嫌麗しゅう御座います、無礼講とお聞きして、失礼ながら、ひとつお聞きしたい事があるのですが、よろしゅうございますか?」
「ええ、良くてよ、貴方方とは、ここにおります頃には、これと言ってお話等した事はございませんでしたけれど、わたくしで良ければ教えて差し上げますわ」
召使いごっこを思い出しましてよ!この取り巻きの樽令嬢達は、お姉さまが閉じ込められてからは、ご機嫌伺いすら行かなかったという、忠心の欠片も無い方々。
何かしらと広げていた扇をパタンと畳みます。
「……、あの、お話によるとキャロライン様は……そのどうやって、お痩せになられましたの?」
泣きそうなほど細い声で話して来られましたわ。樽!
「オーホホホホホ、どうやって?キャロライン、教えて差し上げなさい、これからは、貴方がこの者達の上に立つのですから……」
「はいお母さま、皆様、ご機嫌よう、仲良くしてくださいましね。ええ、わたくしは国元にいる頃は、皆様の様に太ってましたわ」
素直に話を始めるキャロライン。わたくしはうきうきしながら眺めております。
「ご機嫌よう、キャロライン様。してどうやって?」
それに対して、恥ずかしそうに笑む彼女。わたくしに視線を送ってきましたの。承りましょう、キャロライン。
「それはどうやって?わたくしが代わって、お教えしてあげましょう。それは……」
「それは……どの様な?お薬がお有りになりますの?」
樽令嬢の一人がおずおずと聞いてまいりました。パン!と畳んだ扇手に打ち付けます。お薬ですって?何を寝ぼけた事を……。
「はっ!お薬!そんな物有るはずこざいません。先ずはお食事をお減らしになられるのです!キャロライン、そうでしたわね」
「はい、うさぎの餌みたいなお献立ですの。蜜菓子も厳禁でしたわ!」
お食事を!甘い物も駄目なんて!と悲鳴が上がりましてよ。まだまだですわよ!これからが真骨頂。
「そして……、そのだらけきったお身体を動かすのです!」
「動かすとは?ダンスの練習かしら……」
顔を見合わせる樽、樽、樽!フッ!その様な事で済むとでも?わたくしはキャロラインの側近くに寄り添います。女の戦如き空気に耐えきれなられたお兄様が、側から離れて行かれましたわ。
「キャロライン!貴方が、教えて差し上げなさい!」
「はい。お母さま、皆様、それは……」
「それは……?」
息を飲み聞く樽令嬢達。
にこりと微笑むキャロライン。
「窓ふきですわ、わたくしは痩せると心に決めた日より、一日足りとも欠かさずにそれを行っておりますの。皆様、貴方方も明日から、ご一緒致しません事?」
「は?ま、窓ふき?!」
「ええ!窓ふきでしてよ、皆様。キャロラインについて、しっかりとなさいませ!キャロライン、貴方の心配りを無にされる事があれば……『褒美』をお与えあそばせ」
顔を見渡しながら、わたくしはそう話を致しました。はい、わかりましたわお母さま。素直なキャロラインはそう答えます。
「褒美を与えればよろしいのですね。お母さまみたいに……、最初、その意味を知りませんでしたが、ここに来るにあたり、色々とお勉強して参りました。わたくし頑張りますわ、皆様、よろしくね」
わたくしの褒美の意味を知っているご令嬢達は、ヒッと息を飲み、キャロラインによろしくお願い致します。と頭を下げました。
それをにこやかに眺めるキャロライン。明日からが楽しみですわね。
オーホホホホホ!樽!お痩せなさいませ。
後2話で終わる予定です。




