そして……出奔いたしましてよ!
「な!その様な事は知らぬしらぬ!でまかせもいい加減にしろ!」
慌てて打ち消しておられますの。そうでしょうねぇ、宣戦布告とも取られるお話ですもの。
「兄上は……、私をここに送り込むつもりだったのだ。そして程よく時が過ぎれば……、乗り込んで来られるおつもりだったのだ!先ずは王妃を味方につけ、この国の皇太子を弑してから、国王を、それから……お二人の計画は読ませて頂いた!」
懐からもっともらしく、折り畳んだそれを取り出されましたわ。そういえばターワンのお爺様が変装をし、密使としてご活躍されてましたわね、流石に直ぐバレましたけれど……。ステファンとやり取りをされるのが目的でしたのね。
……、あの手紙らしきもの本物なのかしら?怪しいですわ。
「戦争をせずとも、手に入れる方法を見つけられたのだ!そうであろう兄上!兄上は父上と共にこの国を手に入れようと、仕掛ける段取りをされていたのだから、先ずはラジャを、それから……」
「ぐ……!そ!その様な事は……知らぬ!」
うふふ、順調に追い詰められておりますわ。お姉さまは彼の背中に寄り添っておりましてよ。わたくしと同じですわね。
「私は……戦争の駒にはならぬ!私は……心から愛するお人と生きていく」
本心かしら……それとも、取り敢えず愛の告白でしてよ。お二人の言葉のやり取りを、聞き逃すまいとするわたくし達。
「な!その方!国に妻と子供が居るだろうが!」
「確かに……、父上に言われて迎えた妻がいる、そう子供もいる。しかし……私は知っている。妻は兄上と通じているということを……彼女は気位が高い、庶腹の私より兄上の方が……いいのだから」
「ふん!な、何をたわけた事を……この!不届き者めが」
あら、何やら複雑なお話になってきましたわ。こうも全てを出されると少しばかりお気の毒ですわね。ご自分のお国ならば斬って捨て去ることもお出来になられますが、ここではそれは無理ですわ。
じりじりと膠着状態が続きましたの。少しずつお姉さまを庇いながら動かれるステファン。チラリとソレを見ますの。
ここにいる馬の中に、旅の荷物を拵えてある一頭がおりましてよ。目立たぬ様に今日の狩猟大会の荷物を、運んでいる風を装っておりますけれど。先程馬丁が連れてきてましたわ。
この場を冷静に見ておられて、馬の数を数えると、一頭多いのですが、事情を知らぬ皆様は気がついておりません。そもそもそのような下賤な事を、わざわざ気にかける御方等少ないと思いますの。
お二人の視線がぶつかっております。
無言で行われる、一進一退の攻防戦。ご自分のお国ならばとお顔に書いてありましてよ。さぁ誰が動かれるのかしら。
「……どうするおつもりじゃ!我が国でこのような無礼を働くとは……お国元に知らせを送ろうか!」
止まった事態を動かすお父様の一喝!はっとした兄上様。それは!と悲鳴に近いお声を上げられましたの、彼の視線がステファンから外された瞬間、お姉さまのお手をしっかりと握り、走る走る、走る……。その行き先には、
手綱を握りしめている馬丁の姿。打ち合わせ通りですわ、目印は馬丁ですもの。彼に近づくと携えていた剣を抜いたステファン。
「まあ!陛下、帯刀されてたのですか?」
わたくしの問いかけに答えられたのは、別の御方でしてよ。
「ああ。そちの馬車に忍び込ませて置いた……他国の城内で抜くとは、ククク面白い」
手持ち無沙汰になられたのか、いつの間にやらお爺様が近づいて来られていました。しれっとそう話されます。
「その者!そこをどけい!」
馬を奪われるステファン。ひ!は!ハハハイ!と少しばかり大袈裟に馬丁が声を上げて、手綱をパッと離すと逃げ出して行きます。ブルルルと鼻を鳴らす馬。手綱を拾い握るお姉さま。
そして羽織っていらした外套を、お姉さまに着せかけるステファン。あら、良い感じですわ。
その様子をご覧になられて、ちゃっかりわたくしを、ご自分の身のうちにお引き寄せになられた陛下。もう……こんな時に何をされるのですか。寄り添い眺めるわたくし達。
「甘い二人を見送るのだから、甘い二人でな……」
そうひそりと囁いてこられる陛下。陛下も他国で何をされるのですか!わたくしの事など置いておき事は先に進みます。
愛する人を馬にお乗せになられたステファン。そしてお姉さまの背後に、ヒラリと乗り込みます。動揺されておられるのか、動く事も声を上げることもない兄上様。詰めて見ている諸々のお方達。
「……、さらば!兄上!しかし!もう……そう呼ぶ事は無いでしょう!ハッ!」
ヒヒヒーン!嘶く声。そしてワッと側にいた者達が、蜘蛛の子を散らすように離れて行きましたの。お姉さまは……そのまま彼とお国を出奔されましたのよ!
「追え!衛兵!二人を追うのだ!」
お父様が形だけの命令を出されます。言い含められている彼等は、即座に動きましたわ。バタバタと慌ただしい時が過ぎ……ドキドキとした時が静まると……。
「……、それでグルトムのどう顛末をつける?」
ターワンのお爺様の威厳を持つお声が、彼に向けられましたの。さあ……!うふふふ、
お芝居で言うと、二幕目の始まりでしてよ。わたくしの出番もありますの。わくわくしてきましたわ!
オーホホホホホ!




