姫様が変わられた〜ほんのご挨拶ですわ ホーホホホホ。
むかしむかし、一人の美しいお姫様がいました。お姫様はある日のこと、意地悪な継母に命じられ、森にイチゴを摘みにやられました。
薄暗い森の中をイチゴを探して歩くお姫様、しかし今はイチゴの季節ではありません、なのでどの繁みにも姿を見つけることが出来ませんでした。
茨の尖いトゲがお姫様の手を斬ります、ドレスの裾を破ります。悲しくて辛くて、寂しくて……紛らわす為に歌をうたいました。切なく流れる美しい声、
森に住むというニンフ達も、うっとりと聞き惚れていた時、白馬に乗った王子様がそこを通りかかりました。
〜 美しき森の姫君より抜粋
――、子供の頃、お兄様と読んだお伽噺、最後は幸せになるお姫様は、わたくしの心の支えでしたわ、勿論、今は違います。
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明け方の雨は緑を豊かにしている様子、わたくしは日差しを避けるために花を飾った帽子を被ってます。日除けの紗のヴェールが邪魔に思いますが仕方ありません。
そしてマーヤを先達に、新しく引き入れた侍女に、レースの日傘をさされながら馬場へと向かっていました。道中で、あら……と声が上がります。お姉さまの取り巻きのご令嬢達ですわ、慌てて道を開け形式的に頭を下げてきます。
以前のわたくしなら、声をかけますが今は黙殺。そのままに通り過ぎました。するとヒソヒソと声高くわたくしに聞こえるような声が……生意気とか聞こえた後に、お姉さまに知らせなければと声も上がっていましたの。懲りない面々ですわ!
面と向かって言ってくだされば『褒美』を与えましたのに!でも……、心当たりはありますわ、お姉さま、残念ながら床上げをしてからお目にかかっておりませんが、もし!出会えましたら……しっかり、ご挨拶させて頂きますわ、オーホホホホ。
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「よしよし、ロクサーヌ、酷い目にあったわね、可哀想に……これからはわたくしがかわいがってあげますからね、仲良くしてて?パティ?ほらお前もお食べ……マーヤ」
シャクシャクと美味しそうに食べる雌馬、かわいいですわ、澄んだ瞳は無垢そのもの、温かい首筋を撫でてやります。隣にはわたくしの愛馬のパトリシア、おばあちゃんです。お義母様ったら、馬まで取り上げてしまいましたの、残されたのはお母様のパトリシアだけ、でも賢い彼女とわたくしは仲良しですのよ。
「はい、御用は?」
何時も離れずのマーヤに、わたくしは耳打ちをします。本当は直接話すのが手っ取り早いのですが、立場上そうはいきませんもの。マーヤが頷き私の言葉を馬丁に伝えます。
「傷は癒えたのかと姫様のお言葉です」
床上げをしてから、私は時間を見つけて馬場に来ています。ひれ伏す一人の馬丁、ロクサーヌのお世話をする一人ですわ。そして新しい侍女、どちらもお姉さまが要らないと棄てられたのを、お父様の許可を得て拾いましたの。わたくしが『ムチ打ち』に処した二人ですけれど。
「姫様、も、申し訳ありませんでした!それにき、聞きましたで、『ムチ打ち』の刑罰は、上の服脱いでするんだと……革衣なぁんか、着込む事などないのだと……姫様の温情だと、おかげさまで死なずに済んだのです。それにおん出されるところを、拾って貰って……、姫様には感謝してもしきれねぇです、ろ、ロクサーヌもまだオラのことを許しちゃくれてませぇんが……、すまないロクサーヌ」
ブヒヒン!と震えるとそっぽを向く凛々しく賢い貴馬、珍しくパトリシアもカッカと前足を音立ててますわ。
あら、温情などかけた記憶は無いのですが、じいの仕業ですわね、刑罰は知ってはいますが、詳しくはありません……まぁ……裸でムチ打たれるのですか?詳しく聞きたくなりました。
餌を入れた籠を持ち控えている侍女に目をやりますと、青くなり、ふるふると小刻みに動いてます。二人の様子を見て、わたくしは何やらゾクリといたしましたの、それは不快とか恐怖ではなくて……喜び?
あら、いけませんわ、はしたないことを考えてしまいました。オホホホホ。マーヤに再び耳打ちをいたしました。
「……ロクサーヌとパトリシアに許して貰えるよう、精進なさい、とのお言葉です」
は、はいかしこまりましたでごぜいます。とひれ伏した馬丁、そのままでモゴモゴと、そしてそろそろ馬場に連れていく時間で、と話すので、わたくしたちは厩舎から外に出ました。広い馬場の周囲は花園ですのよ。今はまだ硬い蕾の瑠瑠華、我が国の花もここで満開になりますの。
放たれて嬉しそうに走るニ頭を眺めるのは、気持ちの良い光景、若いロクサーヌのおかげでパティも若返った様子です。明け方の雨は草原を濡らし、今涼しい風が吹き抜けています。柵のそばの黒い土は少しばかり窪んで、ぬかるみになり水が溜まっている様子、
ロクサーヌ達がここに来る前に避けなくてはね、と気分良く眺めてましたのに、水をさされました。
あら、姫様あちらをとマーヤの小声。ヴェールを少しばかり上げて見てみましたら、お姉さま達の姿が……。
花を眺める様子でもなく、ご自分の厩舎に向かう訳でもなく……真っ直ぐこちらに向かってきます。ドキドキしますが、そのドキドキは前とは違うもの。不敵に笑みを浮かべそうになるのを押し殺します。お姉さまの方が御位が上なので、わたくし達は頭を下げ迎えました。
「ご機嫌よう、あら……手下が少ないので拾い物をされたのですか?妹といえ惨めなものね、ホホホホホ」
しゃなりしゃなりと近づき、ピタ!とわたくしの前で止まります。お声が掛かったので顔を上げて対する事ができますわ!わたくしは意気揚々なお姉さまに、さらりと答えます。
「ご機嫌麗しゅうございます、お姉さま、拾い物とは?ああ……こちらの者は、マーヤのいとこで御座いますの、田舎から出て来てましたから、マーヤが面倒を見ていましたのよ、最近ようようこうして表に出る事が、できるだけになりましたのよ」
わたくしの側で傘を掲げている侍女を紹介します。名前を変えてマーヤの身内の養女となり、わたくしの側で使うことにしましたの。じいの入れ知恵ですけれど……
――、「僭越ながら姫様においては、表に少々疎うございます、良いですか、敵の敵は味方、そして……、良く見極め、棄てられた者に温情をおかけなさいまし、お力になると思います」
そう教えて頂きました。確かにわたくしはひっこんでますので、宮廷取引きについて知らぬ事が沢山あります、じいが来てから少しずつお勉強している最中なのですわ。
「……何処かで見た様な顔をしているのですけど?では……あちらの馬丁と馬は?あちらもいとこ?わたくしの駄馬に似ているのですが……名前も」
「他人の空似ですわお姉さま、ああ……、あちらはじいの馬と馬丁ですの、わたくし、お綺麗なお姉さまの、素敵なロクサーヌが大好きでしたの、居なくなったのが寂しくて……お名前だけお借りしましたの、御断りせずに勝手にすみません」
フフフ、抜かりなくこちらも既に籍は移してありますわ、じいが言うには『書面上の形式』が全てになる、と言ってましたから……後で表に調べに出してもお父様の名のもとにきちんと認められていたら、たとえ王妃様であられるお義母さまでも文句は言えませんの。
「……、後で調べてやるから覚えてらっしゃい!」
「何を?で御座いましょう、お姉さま。それではわたくしたちは、これにて下がらせて頂きますわ、お姉さま、あまり柵の側に近寄りますとドレスが汚れましてよ、失礼いたしますわ」
「ふん!お前なんかに心配されなくても、よろしくて、それにもういいお日和で、すっかり乾いてましてよ!」
馬場を背にしていたわたくしはその場を離れます。わたくしの一言で、わたくしの言葉に天邪鬼なお姉さまは、自ら柵へと近づきましたわ。しばらく歩くと、傘を掲げている侍女がクスクス笑います。
「わたし……ちょっとばかりやってきました、今朝早く馬丁と……こんなに早く機会がくるとは……」
「まあ、あのぬかるみはあなたが?誰にも見られなくて?」
「大丈夫ですわ、抜かりはありません、何しろ、いちの姫様の元で鍛えられておりましたから……、その折はすみません」
彼女はしおらしく話します。わたくしは生まれ変わったのだから昔は忘れなさい、と話します。先を歩くマーヤの肩が小刻みに動いてます。笑いを堪えているとは……いけない側仕えだこと。
ドドド!ザザザ!とロクサーヌとパティが駆ける音、それがこちらに近づいてきました。柵の前にはお姉さま御一行、色とりどりのドレスを着た取り巻きのご令嬢達も一緒です。
そして……ズチャッ!!バッジャバッ!キャァァァ!な!どうしてですのおぉ!
「泥が!泥が……ああ……いやぁぁ!わたくしに泥がァァ!」
「お、お姫様!そういえば今朝雨が……思ったより降ったのですわ……ぬかるみが!キャァ、何これ!く、臭いのです!」
「ああ……ば、馬糞が!泣きたいですわ、顔も何もかも、お姫様、お姫様……ああ……」
慌てふためいて、騒いでいる様子が背後で手に取るようにわかります。うふふ、何時もより多めの泥飛沫と仕込まれていたモノが跳ね上がった様子、
わたくし以前、小さい時に同じ事をお姉さまにやられましたの、その事を、マーヤを通じて侍女と馬丁にそれとなく話してました。
そしてその時、お姉さまにも馬丁にも、側仕えにも、馬にも誰にも、お咎めはなかったのです。
なので今回も無いのですわ、わたくしは空を見上げました。ヴェール越しで眺めます。明け方降った雨が嘘の様に、清々しく晴れ上がってる青空を。
馬に感謝いたしましたわ!ウフフ、良いお日和だこと!オーホホホホ。




