茶番劇の用意ですのよ
ゴトゴトゴト、小石に跳ねることなく、幾分ゆるゆると進む馬車。城下に入った様ですわ。
「外は賑やかでしょうね、貴方の娘の婚礼が、今宵挙げられるのですから……アリアネッサ、次は貴方が答えなさい、かのネズミさんはお元気でしたの?」
「ええ、取り敢えず軽くお食事を取りました。そしてたいそう汚れてましたから、そのままでは誰だかわかりませんでしたの、ですからマーヤがサボンの実を集めて、小川にて沐浴をさせましたの。お着替えは汚れた時に用意されていた、お兄様のをお借りいたしましたの」
少しばかりお痩せですがお元気でしてよ、とお応えしましたわ。
「そう、手間をかけさせましたわね。それでこの後は?」
「そうですわね、取り敢えず馬車が城内に入った後、お身内に引き渡すそうですわよ、お姉さまは……どの様な先をお考えになられてましたの?誰も知らぬ場所で、二人で寄り添い生きていくのですか?それとも……」
そう、と黙り込まれたので、少しばかり踏み込んでお聞きしましたの。それに対してお姉さまは……お姉さまらしいお答えを下さいましたの。
「それとも、何?お父様やお兄様を弑して、この国で生きていくとでも?お母様の元で?フ……フフフ、オーホホホホホ!そんな愚かな事はしなくてよ!それはあの御方のお兄様が考えていらっしゃっる事。お母様が思ってらしてる事。わたくし達は違いましてよ!」
「そうでしたの?そうお聞きしておりましたが、ネズミさんのお話だけでは不安でしたの。そういう事ならば……茶番に乗りませんこと、お姉さま」
わたくしは、あの場で作られた脚本通りに事が進みそうなので、少しばかりホッとしましてよ。
「茶番に?どの様な……アリアネッサ。面白そうな事ならば考えましてよ」
「お姉さまならば簡単にこなされますわ。ネズミさんの魔法を解いて欲しいのです。恐らくグルトムの御方様は、この様な者は知らぬと仰られます故」
「そうでしょうね。クスクス、ネズミさんは誰に手引をしてもらったと言うのです?」
「フフフ、わかってらっしゃるでしょうに、お父様が……お義母様と言うようにと、教えておられましたの」
わたくしはあの時を思い出し話をしておりました。
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「グルトムの第二王子か……幽閉されてると聞いておったが、国を捨てて来たのか?答えよ」
ボロ切れを纏い、垢と芥にまみれて、それはもう……汚いの一言。わたくしはハンケチを握りしめて陛下の後ろに身を寄せておりましたの。
「それにしても、汚い、我が王妃が困り果てておるぞ、ご婦人の前で失礼だろう、取り敢えず先にそこの川で洗え」
「ええ、そうしてくださいまし、でも洗っただけでは匂いは取れそうもないですわ。幸いここは森の中、マーヤに命じてサボンの実を集めさせましょう、あれを使えば少しは汚れが取れましてよ。きっと」
わたくしの様子に苦笑される陛下。あまりにも臭うので、沐浴の後で話を聞くことになりましたの。お国を出奔されてからどの様に過ごしてらしたのかしら、鼻がもげそうですわ!わたくし初めてでしてよ。
早速密かにマーヤをお呼びになられた陛下。わかりましたと彼女は早速水辺に生えるという、薄紫のサボンの実を集めましたの。それはふにふにとした木の実で、きゅっと握るとプチンと弾けて、良い香りの泡立つ果汁が出てきますの。沐浴する時に、わたくし達が使う代物なのです。
それを五つも六つも使って、沐浴をされましたわ。お父様が汚れた時に用意していた、お兄様のお着替えをこちらも食べ物と共に密やかに運ばせました。
水から上がり着換えを終えた王子、マーヤが自身の髪を括っていた飾り紐を解くと、彼の黒髪を後ろでひとつにまとめます。後で彼女に新しい物を与えなければいけませんわね。心配りが出来るマーヤはわたくしの大切な側近なのです。
「して、何故に出奔したのじゃ?」
パンとチーズを食べ終え、葡萄酒で一息ついた彼に、ターワンのお方がニマニマしながら問いかけました。
「……それは!貴方様が……彼女を要らないと、輿入れ後は離宮に遇すると、知らせて来られたから!」
まくしたてる第二王子。その様子を楽しむように話されるお爺様。
「しかしのぉ、そなたに惚けているおなご等、来てもろうでも困るのじゃぞ、仮にも将来の王妃なのだからの」
「ほう、だから攫いに来られたのか……我が国では許されるだが、それは所詮国内の風習。他国ではいかんのではないのか?」
陛下が、ぬけぬけと話されます。
「ドローシアを……どうするつもりだ?そなたは、知っておるのか?答えよ、その内容によっては……、こちらも考えがある」
お父様が厳しくお聞きになられます。
「……、私は、いえ、私達は……聖地を目指したいので御座います」
きちんと跪き答える黒髪の王子。はい?聖地ですって?どういう事なのかしら?わたくしはきょとんといたしましたの。それは皆様も同じでしてよ。
「は?聖地とな……これはまた、王妃が見せた手紙にはそのような事は書いていなかった、どういう事か詳しく話せ、そしてグルトムの動きも知ってること全てだ」
お父様がお聞きになられましたわ。それに対して真摯に包み隠さずに話された王子様。まぁぁ!そのような……わたくしは陛下と共にお話をお聞きして、胸がドキドキ高まりました、そして不謹慎では御座いますがワクワクして参りましたのよ。
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「そう……お母様、クスクス、良いのではなくて?わたくし、今も後悔しておりますのよ。あの時……お母様に飲ませて、そしてお散歩にでも誘っておれば、貴方のお母様はご無事やったかもしれないと、まぁわたくしも人のことは言えませんわね。貴方に馬をけしかけましたもの」
「ええ、何故にとお聞きしてもわたくしが気に入らないとでも仰るのでしょうね。それともそこまでして、困った娘とお父様に思われ、城から出ようとお考えになられてましたの?」
わたくしの言葉にフフフと笑い答えられたお姉さま。そろそろ城につく頃ですわね。わたくしは、茶番に必要な品物を手に入れる事にしましたの。
「ひと芝居打って下さるのなら、その指輪を手渡して貰えませんこと?それとヴェールも」
指輪を?彼から贈られた物を?赤いそれに目を落とされます。
「ええ、わたくしと対に贈られた指輪ですわ。それはドローシア姫に贈られたのですから……そうで御座いましょう?」
「フフフ、そうね。ドローシア姫に贈られた代物。そうですわね」
未練無くそれを外されると、わたくしに差し出して来られましたの。受け取ると取り敢えず落とさぬ様に指にはめましたわ。それをご覧になられて、意地悪く話されて来られました。
「以前よりふくよかになられてますから、抜けなくなったらどうするおつもり?外す時は切って落としますの?指を、ホーホホホホ!」
まあ!お姉さまは……お姉さまでしてよ!




