お姉さまのお話でしてよ。
「アリアネッサ、貴方は恋をしたことがあって?」
大きく馬車が揺れた後、唐突に聞いてこられたお姉さま。お城に到着する迄の限られた時を、無駄に使いたくないようですわね。踏み込んで来られましたわ。
「恋……」
そう言葉を出すと陛下のお顔を思い出し、恥ずかしくなりましてよ。頬が朱に染まる様ですわ。そんなわたくしを前にし、忌々しく吐いてくるお姉さま。
「はあ……これだから貴方もお兄様も嫌い。所詮わたくしは『紛い物』って思ってしまうのよ!お祖母様に可愛がられていたのは、貴方達。だから苛めてやったのに……」
「は?今なんと?お姉さま」
わたくしはとんでもない言葉を聞きましてよ。『紛い物』とはどういう事なのでしょう!
「忌々しい目の色だこと。お父様と同じ、それが何なのです!たかがソレのみで疑われ、純血を信じて貰えぬわたくし、お母様もお母様ですわ!疑われる行動をお取りになられたから……何時までもお暇な皆の噂として残りますのよ!あの時……、お母様を困らせてやろうとしましたの。貴方のお母様には、悪い事をしたと思っていてよ」
少しもそう思っていない口調で、つけつけと話されます。
「では……お茶にお入れになったのは、本当でしたのね」
うろ覚えなその光景。目を閉じれば浮かび上がりそうです。真実を本人から聞けば……、怒りが湧いてくるかと思っておりましたが、そうでない事に些か驚いております。冷たいモノは確かに、頭にも胸の内にも広がり固まっておりますが、それよりも、真相を知りたいわたくしなのです。
「本当に。今まで過ごして来て、あの事だけ、悪い事をしたと思っていますの、お祖母様に差し出したのに……、お母様が持たれていた『リズの実』、持ち出したのはわたくし。知らずに香料と間違えて入れてしまった事にして、お母様を困らせてやろうとしただけですのよ、まさかお母様も索を企んでおられたとは……馬の事は知りませんでした」
昔を思い出し、ふうん、と息をおつきになられるお姉さま。チクチクと胸が痛みます。お母様の事を思うと涙が出てきそうですわ。喜怒哀楽を抑える事を学んで大きくなりました。こみ上げるものを堪えます。
そしてわたくしは、息を飲み込み心を落ち着けると、気になっていた事を合わせて問いかけました。
「何故ですの?それに……先程のお話で御座いますが、幾つか気になる事が。失礼ですが『紛い物』とは?それに……お義母さまがお姉さまをお売りになったとは?どういう事なのでしょうか」
「ああ、それはわたくしはお父様の血を受け継いでいないと言う事よ。わたくしとお兄様とは、腹違いなのを御存知でしょう、城内の噂話に疎い貴方でも」
「産まれて間もなく病についたとか、少しばかりお聞きした事がありますわ」
「流石にわたくしも、真相は存じ上げません、ただお兄様がお産まれになられた時、寿ぎの為にこの城に訪れたグルトムの使者が、どうやらお母様の別れた恋人だったとか違うとか……。そしてお兄様のお母様は、二人の禁じられた逢瀬を見たとか見なかったとか、そう話がありますのよ」
あっけらかんと話されたお姉さま。わたくしは少しばかり混乱をいたしております。これは……ゆるりと考えたいところで御座いましてよ。しかし時が御座いません。話を先に進めます。
「では……お姉さまのお父様とは……」
「それはわかりませんわ、一夜の逢瀬の子かもしれませんし、お父様との子かもしれません。わたくしの目の色はお母様と同じですからね、そして……お父様も知らぬ顔をされてましてよ。聞きたい事はまだあって?」
そろそろ喋る事に飽きて来られたのか、鬱陶しそうにされて来られます。わたくしは別の話に切り替えました。
「では……お姉さまを売ったとは?」
「お母様は……これ幸いと、離れて行方が知れない恋人の消息を、彼に探させたのですわ……フッ、男とは……己の為に夢を追う、そして女とは、己と寄り添う夢を見る生き物ですわ、そう思わない事?アリアネッサ、そのやり取りをしていた手紙を……、お父様がお気づきになられたの、なのでお母様はわたくしが不義の恋にハマっていると、先手を打ったまでの事」
わたくしとしたことが抜かりましたわ、と苦々しく話されます。ガタンゴトン、轍の音が響いてきましたわ。黙り込んだお姉さま。
「……、グルトムのネズミさんは……何を望んでおられましたの?そしてお姉さまはどうされるおつもり?」
わたくしは、今聞いた話を、頭の中で整理しながらお聞きします。かつてわたくしを『偽物』扱いされていたお姉さまが、まさかの不義の恋の果ての存在とは……、あまりの事にクラクラしてきましたわ。
「……、フフン、そうね。わたくしはお母様にあれはいけない、これはだめと人形の様に扱われて来ましたわ。お父様は知らぬ顔。お祖母様においては、汚らしい物の様に扱われて……、外に出たいとずっと、思ってましたの。彼と出逢った時、こんな素敵な殿方に攫って頂きたいと……、思いましたのよ」
あら、恋に落ちていたのは……事実でしたのね。
「彼はわたくしの気持ちに応えてくれましたの。手紙を出しましたわ、心を込めてしたためました。そして……受け取る手紙に、そうお言葉が書かれてましたの。愛していると、そう書いてありましたのよ」
「でも、お姉さまは既に、他国の皇太子妃ですわ。お式はまだですが、お父様は、各国に婚礼の知らせを正式に出されてますし、わたくし達の婚姻に、自由などありません。そうではなくて?お姉さま」
うっとりとそれを思い出されているお姉さまに、わたくしは目を覚ますよう話をしてみます。
「……、ええ、そうねアリアネッサ。自由などありません。わたくしはターワンに嫁ぐ身ですもの、貴方と違って遠いお国に、追いやられるのですわ!貴方、ターワンの爺を知っておりますわね?」
キッと睨んで来られたお姉さま。ターワンの……わたくしは、陛下とターワンのお方と父上と、こ汚いネズミに話を聞いた時を思い出しておりましたの。
……、役者がもうそろそろ、揃いそうですわね。お姉さまから知らされなくても、わたくしはちゃーんと知ってましてよ。そしてこのあとどうなるのかを。オーホホホホホ!




