馬車にて秘密のお話ですの。
土ネズミが花の根元に穴を掘り住んでいました。そこはお城の庭。そこで彼は、花びらを齧ったり、花の蜜を飲んだり、草や木の実を齧ったりして暮らしていました。穴を掘るため彼の毛皮は、泥にまみれて汚れています。
お姫様が花を眺めて歩いていました。赤に黄色、白に桃、色とりどりの花が咲いています。いい香りに顔を近づけるお姫様。胸に甘い香りを吸い込みます。ネズミは下からじっと彼女を見上げています。
「きゃっ!いけない、どういたしましょう」
お姫様は髪を結い上げ飾っていたリボンを、花の繁みに引っ掛けてしまいました。動こうとすれば、ビッ……ピリピリと裂けて行きそうです。
「亡くなったお母様の形見ですのに……破れてしまったらどうしましょう」
ぽろぽろと真珠の涙を流すお姫様に、土ネズミが言いました。僕が助けて上げましょう。なので願いを聞いてください。
「ネズミさんのお願いを?わかったわ、助けて下さいな」
お姫様は泥だらけの土ネズミと約束をしました。彼はチョロチョロと枝をよじ登ると、カリカリ、パサリ、引っ掛かっていた葉を齧り落としました。
「ありがとう、ネズミさん、お礼は何がいいのかしら?」
「美しいお姫様、お礼は僕を手に乗せ、キスをしてください」
あら、そんなことでいいの?お姫様は泥だらけのネズミを白い手のひらに乗せ、キスをひとつ。土ネズミにかけられていた黒の魔法が解けました。
目元涼やかな王子がお姫様の前に立っています……。
〜土ネズミと花とお姫様より抜粋
このお話は全くの御伽でございましてよ。泥だらけ土ネズミなど、触りたくもございませんもの。庭師の娘とかでしたら百歩譲ってありえると思いますの。
☆☆☆☆☆
生まれて初めての経験ですわ。お姉さまと二人切りの空間とは……。わたくしはこの後に控えている、お兄様の婚礼の為に、生まれ育ったお城へと向かっている真っ最中。合理的なお父様らしく、この日に内々で執り行う、お式の準備を整えておられたのですわ。
「……、貴方の馬車はどうしたのかしら、アリアネッサ」
「ネズミを運んでおりますのよ。お姉さま」
ガタガタと轍の音が聴こえる中で、聞かれましたので答えました。
「間抜けなネズミですこと……、呆れて物が言えませんわね、それで貴方はネズミをご覧になって?」
「ええ、間抜けのネズミ様は、薄汚れてみっとものう御座いましたわ」
わたくしは陛下と共に、目にした彼を思い出しハンケチを取り出すと鼻に当てましたわ。泥芥にまみれて、最初は誰だかわかりませんでしたの。
「そう……、まぁ良しと致しましょう。貴方とは一度こうしてお話をしたかったの、どうかしら?後妻のお味は美味しくて?」
フフフンと、せせら微笑う様に聞いて来られましたの。わたくしは、にっこりと笑むと受けて立ちましたわ。
「ええ、甘露にてございましてよ。ホホホホ、お姉さまもお聞きしたところによると、日がな一日、お部屋にて佗しくお過ごしだとか」
「フン!独りで結構、静かに過ごすのも良くてよ!」
お姉さま、衰えておられるかと思いきやわたくしを迎え撃つ気満々ですわ。
「ところで何故にお部屋で過ごす羽目に陥ったのです?お姉さまにしては、不手際ですわね」
「ふう、全く……お母様にしてやられましたの。迂闊でしたわ!忌々しいったらありゃしない、ネズミ様はわたくしにかこつけて、お母様にも手紙をしたためておりましたの、それをお父様に見つかりそうになり……娘を売ったのですわ」
まあ!母娘で何をされておられたのかしら、お母様にはどういうご用件でしたのかしら……わたくしはこの際なので聞いて見ることにいたします。
「お義母さまに?一体どんなお話なのでしょうか?」
わたくしの問いかけを鼻で嘲笑われたお姉さま。しばらく無言で、何かを考え込んでおりました。窓には日よけが下ろされているので外の風景も眺められません。仕方が無いので黙って口を開かれるのを待っておりました。
「……、フッ、どうしようもない話ですわ。アリアネッサ、わたくしは貴方もお兄様も何方も大嫌いでしてよ……ただ……貴方のお母様には悔やむ気持ちはありますの」
いきなり核心をついてきた事に、わたくしは些か動揺を致しました。怯んではいけませんわ!小さく息を飲み込みます。目に力を入れました。
「それ飲ませる為では無かったのは……どの様な?お聞きしてもよろしくて?」
「まさかお母様が馬をけしかけるとは、思っても見なかったの。貴方は……『リズの実』を知っていて?」
「ええ……我が国では御禁制ですけれど、この国にもありましたの?」
「お母様の祖国は何処だと思って?簡単に手に入りましてよ。わたくし……『あの日』それを少しばかりお茶に入れましたの、でも誓って、貴方のお母様に飲ませる為ではなかったの、無理だと思うけれど信じて下さらない?」
ドクンと胸が大きく鳴りましたわ。ハンケチを握りしめる手に熱が籠もりましてよ。ここで信じないと言えば……お姉さまは、口を閉ざしてしまわれるでしょう。そして……、もうお母様はこの世にはいらっしゃいません。
わたくしは返事を待つお姉さまのお顔を、じっと見つめます。後ろめたい事があれば目を背けるのが人。と、王妃になり多くの人々と接して学んだ事ですの。お姉さまは薄い笑顔で、わたくしの視線を受けます。それには動じる気配はありません。
「……、ええ、信じましょう。その代わり……全てお話願いますかしら?お姉さま」
ガタン!小石に乗り上げたのか、大きく揺れましたわ。お姉さまのお話が始まりましたの。




