お兄様は頑張りましたのよ。
わたくしの声にパトリシアが応えました。そしてお兄様を連れてきましたのよ。普段なら上手い手綱捌きなのですが、今日は不意をつかれたのか、些か無様ではありましたが。
ヒヒーン!離れた場所で嘶き声が響きました。パトリシアがそちらに耳を傾けます。あら……あの声は陛下のカイザーですわ。こちらに向かって来られますわ。わたくしが声を上げたからでしょうね、きっと。陛下の太く通る声が聞こえましてよ。
――、ドドド!ザザザ!どうした!我が妃よ!今行く!
「お父様がここに?」
キャロラインが少しばかり慌てておりますの。お兄様は慌ててパトリシアから降りられます。手綱を握りしめ、緊張気味でそちらに目をやられました。
「ああ、心配しないで、キャロライン。陛下はきっと、わたくしの声に驚かれたのかと思いましてよ、あら陛下、どうされましたの」
ドドド!ザッ!ヒヒヒーン!どうどう……。思った通り陛下がカイザーと共に来られましたの。降りられる陛下。
「ターワンの爺とそなたの父上と我とで、少しばかり話していたのだが、声が聞こえたのだ!何があったのかと急ぎ駆けつけた!」
「何もございませんわ。パトリシアを呼んだだけですの、ご心配をおかけして申し訳御座いません」
わたくしは笑顔でそう答えます。ホッとした様な陛下の元へ参りました。
「お兄様、キャロラインに帽子を、お届けに来られたのでございましょう?お渡しになられれば?」
陛下の登場によりすっかり緊張をしてしまった、二人の取り持ちをしなければなりません。
「あ、ああ。でも先ずは陛下に礼を……」
真面目なお兄様が口上を述べようとするのを、無礼講故受け取らぬと仰る陛下。
「それよりも我が娘に、早く被せてやっておくれ、今日は陽射しがきつい故」
「はい!かしこまりました。キャロライン、これを……」
落とさぬ様にと、片手で抱きかかえていたそれは、少しばかり形が崩れてます。差し出すお兄様に陛下のお言葉が。
「なぬ?手渡すのではなく、そこは被せるのだろう?」
は、はい……陛下の言われるままに、キャロラインの側近くに寄られます。身体を沈めて被せて貰うキャロライン。
「無言でか?」
「は?あ、ご機嫌麗しゅう、キャロライン」
「違う!そこは我が麗しの王女とか、なんとかではないのか?王妃よ……そなたの国の男は口下手なのか?」
お兄様に呆れたお声をかけられた陛下。わたくしは笑いながら答えます。
「わが祖国は、男は寡黙、そして力持ちが良いとされてますの。褒め称える事など、あまりありませんことよ」
「そうなのか」
「陛下とて最初は、わたくしを問答無用でお攫いになられましたわよ」
「アレは儀式故、致し方ない、この様な場合にはそれ相応の対応があるとは思うのだが……、あれこれと言われれば困ろう、王妃よ、しばし向こうの木陰で涼もう」
フフフンとぬるい笑い顔で、わたくしを誘います。マーヤとエレーヌにも少しばかり場を外す様に、命を出したあとで陛下と共にその場を離れましたの。とは言っても二人の行く末を見守る場所ですが。
☆☆☆☆☆
「うぬ、じれったい」
もじもじとしている二人を見ていて陛下のひと言。お兄様が気になられた事を、お話になられましたわ。
「あの、贈ったドレス……大きかったね、すまない」
「いえ……、大丈夫ですわ、その……似合ってますかしら?」
はにかみながらそう応えたキャロライン。まあ!キャロラインから動きましてよ!
「ああ、とっても可愛い、うん、よく似合っている。帽子が歪んでしまった。落とさぬ様に抱えてしまいすまない」
可愛いと言われ、嬉しそうなキャロラインを目にしているにも関わらず、生真面目な話ばかりのお兄様。
「うぬ!そう言う話では無いのだ!直ぐに攫え!問答無用だ、そこの馬に乗せろ!」
陛下ったら……、焦れて来ておられますわ。少しばかりせっかちですわよ。
「その……久しぶりに会って、驚いたのだ」
「……、だってお義母さまにお聞きしましたら、抱き上げて宣誓をなさるとか……その、わたくし、今もそれほどではございませんわ」
「そんな事は無い!この日の為に私は鍛えて来たのだ、日々『大樽』を持ち上げるべく」
禁句の言葉が出てきて、悲しそうにうつむくキャロライン。慌てるお兄様。
「わたくし……無理ですわ」
ああ!お兄様!どうされるのですか!わたくしはドキドキとしながら二人を眺めます。
「そ!そんな事はない!」
「その、パトリシア……に乗っても大丈夫なのでしょうか?それに、それに……もしも」
不安がキャロラインの中で、大きくなってますわ。わかりますわ。わたくしも陛下と初めてお会いした時は、どうなる事かと心配でしたもの。不言の誓いが有りましたから声に出せませんでしたけど。お国が違えば変わるものですわね。
「大丈夫、心配しなくてもいい、パトリシアはこう見えて頑丈なんだ」
「頑丈……やっぱりわたくしは無理かもしれません」
「そ!そんな事はない、無いから、私と共に来てくれないか?」
「そなたの兄が動いたぞ!しかし頑丈とはなんだ!そこだ!抱き上げろ!」
お兄様がキャロラインに近づきますわ。陛下が気合を送りましてよ。わたくしは神に祈りを捧げましたの。
「初めてお会いした時から……とても可愛いらしいと、私が不甲斐ないので良い返事が貰えなかった。だけどこうして迎えに来れた」
「いえ、わたくしがだめでしたの、だから……」
恥ずかしいのか、少しばかり後ずさりするキャロライン。
「行け!そこだ!今だ!」
陛下……、あまり大きなお声を出されると、二人がお可哀そうでしてよ。
「試してみる?」
「何をです?」
ああ!神さま……目を閉じて願いましたわ。ふん!やらホッ!やら言わないで下さいまし……。耳に届いたのは、キャッと可愛い声。それと……
「……!ほら……軽い、楽勝だ」
お兄様の嬉しそうなお声。恐る恐る目を開くと……
緑溢れる森の中で、王子様に抱き上げられている王女の光景が……あら、良いですわ。幸せそうに甘く見つめ合う二人。
「うーん、良い、よきかな……」
陛下の満足そうなお声が致しました、その後……、
「キャッ!何をされるのですの?お戯れはいけません事よ」
良いではないか、私も王妃をこう……抱き上げたくなったのだ!と不意打ちをくらわされましたの。困った陛下です事!
そのままでわたくしは二人がパトリシアと共に去るのを見送ったのでした。
「……、一息ついたな……、さて王妃よ……、」
二人が遠ざかると、陛下が耳元で甘く囁いて来られましたの。睦言では御座いませんわ。
ネズミのお話で御座いましたの。全く、色気も何もあったものではなくてよ!




