とろりとした闇夜の中で、お兄様、どうしてそうなるのですか!
暖かくとろける様な闇の中で、幸せ色で冷たい夢を見ましたの。途切れ途切れに出てきては消えていく光景。
わたくしは、お母さまと共に、お義母様のお茶会に行っていたのでしょうか。その様な気がします。お祖母様がわたくしを見目が良い、先が楽しみと褒めてくださいました。
「本当に、陛下と同じ瞳の色、よろしかったですわね、マリア」
お義母さまの声が聞こえましてよ。わたくしはつけつけと言われて居心地が悪くなり、賑やかな場を離れました。壁際に置かれているテーブルを囲み、お姉さまと取り巻き達がクスクスと笑っていました。そして、
お姉さまが手ずからお茶を運んでますの。それから……お母様の声が。
「わたくしが代わりに頂きましょう」
駄目だと……そう言いたいのにわたくしは、眺めているだけですの。
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――、どうした?優しく深い声で、目を覚ましましたの。寝台の帷が下りている、しっとりとした闇は見た夢の冷たさを消していきます。
「良くない夢を見ましたの」
案じる陛下にわたくしは正直に応えます。聞かれるままに取り留めのないそれを、ぽつぽつと話しました。話している内にわたくしの中で、欠けた部分が蘇り満ちて行きます。
「……、お母様がお倒れになる日の事やも知れません、思い出しても……どうにもならない事ですわ」
ズキズキ、ザワザワ、チクチクと身内がざわめきます。そう、お母様は庇われたのでしょうか。それとも偶然?それとも必然、加担……。この後帰る途中、馬場から逃げ出した馬を避けた拍子に転んで、病に伏されました。
どうしたのかしら、涙が出てきましたの。肝心な事は思い出せません。お姉さまにお聞きしないと無理でしょう。陛下が優しく抱き寄せてくださいます。
「もう、この国の王妃なのだから、祖国の昔は忘れなさい。明日は早い、離宮に行くのだから、その翌日は王女の良い日だ。大丈夫か?」
「……、ええ、そうです、大丈夫で御座いますわ。離宮、わたくし初めてでしてよ、キャロラインに聞けば、小さく可愛いお館と教えてくれましたのよ」
……、そう、わたくしはこの国の王妃なのです。明後日は王女の大切な日、そしてお姉さまの出立があり、先が長いのでこちらにお泊りになられます。ターワンのお爺様が王として、既に祖国に到着されております。グルトムの皇太子様も、ラジャからは今回は使者のお方が、遣わされたとか。
「そうか、そなたなら大丈夫だ。キャロラインを頼む」
「はい、任せてくださいませ。それと明後日は新しいアレをお披露目致しますの?わたくしの化粧料として、月々荷が届いていると、お聞きしてますの」
「ああ、何とか形にはなった、まだ量産は出来ないがな、しかし威嚇するには十分な量だ、見た目は全くわからんぞ!事が終われば、忙した職人達をねぎらってやらねばいかんと思っている」
満足そうに話される陛下。ジャックの石が『形』になったのですわ。戦いに通用する代物に……、
「そうですわね。ねぎらって下さいませ。そしてそれを上手くお使いになれば……戦争は回避出来ますの?」
「そうだな、抑止にはなる。あとは……ターワンの爺の思惑が上手く行けば……、大丈夫だが……、こちらとしても何か使える『駒』がもうひとつばかり欲しいな……」
「サーシェリーだけではなくて?」
ああ、と考える陛下。そしてわたくしに聞かれます。
「騒ぎを起こすのは……どうすればいいと思う?」
「騒ぎで御座いますか?して……、どの様な?」
わたくしはそのままに、問い返します。真面目に話すのに、少しばかり飽きて来られたのでしょうか?誰にも聞かれ無いというのに、ひそひそと耳元で話しかけてきましたの。悪戯っ子の様ですわ。
それがとってもくすぐったくって、わたくしはクスクスと笑いました。陛下も……悪巧みは上手いですわね。流石は祖先は盗賊でしてよ。
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「お義母さま!ほら見てくださいまし、うふふ、わたくし産まれ変わりましたの」
お兄様が贈られてこられたドレスを身に合うように、縫直しをしたソレを身に着け、嬉しそうに話すキャロライン。大樽から卒業出来ましてよ!
「よく似合ってよ、最近忙しくしてて、貴方のところに行けなかったのを許してね、ずっと窓拭きをなさってたの?」
「いいえ、お部屋の窓拭きばかりじゃ飽きてきましたの。なのでアイリスがそれ以上はだめですと、言われましたけれど、わたくし、お館中をお掃除しましたの、床もどこも、今ではとっても上手にお掃除出来ましてよ」
頑張りましたの、と得意げに話すキャロライン。お兄様も鍛えておられるので、何とか持ちあげられそうですわね。それにしても可愛らしい事。
「お義母さま、ドキドキしてますの。だって痩せてから初めて会うのです。その……綺麗って言って下さるかしら……小さい時にお嫁さんに来てねって、その……言われましたけれど、お忘れになってると思いますの」
まぁ……!お兄さまもすみに置けません。それで『大樽』を持ち上げるべく、努力を重ねてられたのですか。
「きっと、そう言って下さいますよ。大丈夫です」
と、わたくしはキャロラインにお話をしましたのに……お兄さまときたら。
「ご機嫌よう、キャロライン」
「ありがとうございます。殿下」
そう挨拶を交わされた迄はよろしかったのに……パン!わー!遠くで爆ぜる音と歓声が聴こえます。狩猟大会が執り行われている、祖国の森の中。
ジャックの石は小さな『鏃』に生まれ変わっておりますの。兵士の中でも弓矢に精通した者が、ソレを放ちますわ。獲物に命中すると……躰の中で小さく爆ぜるのです。
音が聴こえますわ、わたくしは始まって間も無くは、陛下のお側でそれを拝見致しましたの。用意された獲物に命中します。その時パン!と乾いた音が。
「そう、音が出るように混ぜ物を仕込んだと聞いた、音も重要だと言っていたが、大きさを変えれば、もっと大きなモノでも倒せる」
倒れる獲物を見るのは初めてでしてよ。わたくしはドキドキしましたの。
「か弱きそなたが見るのは辛かろう、天幕へ下がりその辺りで野遊びでもすればいい」
そう陛下のお言葉を頂いたので、天幕の下で待っているキャロラインの元へ向かいましたの。お兄さまがパトリシアを連れ、途中で待っておられましたわ。
「まあ!パティ……元気そうね。お兄さま、連れて来られましたの?大丈夫ですの?」
「大丈夫、馬丁がそう言ったから、そんなに年寄りじゃないよ、ねえパティ」
ブルルと首を振りますの。わたくしは少しばかり懐かしく、あれこれと話をしながら歩きましたの。
そして、キャロラインと出合い挨拶を交わしました。段取り通りだと彼女を褒め称え、結婚を申し込み、馬に乗せて去る……ですわね。確か物語の様にとお聞きしてますが。わたくしと違い随分お優しい扱いですわ。
ドキドキとしながら二人を見ておりましたら。
「キャロライン」
生真面目に名前を呼ぶお兄さま。
「はい!」
頬を染めて答える可愛いキャロライン。
「どうしたの!どこか悪いの?大丈夫?」
心配そうにそう言ったお兄さま。それを聞いたキャロラインは……。
「う、うう……ひどいのですの。どこも悪くないのですわー、うわぁぁん」
目に涙を浮かべると、ドレスの裾を翻してその場を去って仕舞いました。呆然と立ちすくむお兄さま。
フヒヒンと、パティが鼻を鳴らします。それは何言っているのと、言わんばかりに聞こえましてよ。
お兄さま!一体!どうされるのですか!




